第三話 【描け】


 day.4/5 [第一言の葉学園:校庭東通路]


 昼休みもほどほどに過ぎ去り、午後へと突入する。とはいえ、入学初日となる今日は、午後に授業の時間はない。

 午前だけでは足りなかった分の学園案内が、午後を使って消化されていった。


 そして放課後。学園案内がすべて終わり、俺たちは寮へと移動している途中だ。


「これから寮の案内だったな」

「そうだな。しかし、寮も敷地内なんだから、本当に広い学園だよな」


 寮に関するプリントを眺めながら、俺と向井木は話す。


 この学園には寮が存在しており、基本的に学園に通う生徒は入寮することが推奨されている。もちろん男子寮と女子寮は分かれており、百人以上の生徒が寮で共同生活を送るのだ。

 朝晩の食事は保証されており、学費の内に入っている。


 そんな寮の説明は、これから行われる。荷物は既に寮に運ばれているはずだから、俺が気にするようなことは、部屋割りがどうなるかと飯がうまいかぐらいかな。


「そういやよ、ジン」

「なんだね、向井木」


 話題を変えるように、唐突に向井木が俺に訊ねてくる。


「なんでこの学園を選んだんだ?」

「なんでってお前なぁ……」


 かなり唐突な質問だなおい。


「そういうお前はなんでだよ」

「俺か? 俺は青春をするためだよ! ただ、普通の青春じゃない。誰も味わったことのない、俺だけの青春をな! だからこそ、『言霊』なんて特別なモノのあるこの学園を受験したんだ」


 そういいながら、呆れる俺に向かってカメラを向け、シャッターを下ろす。パシャリと焚かれていないフラッシュの音が聞こえたかと思えば、今取ったであろう写真を俺に見せながら、向井木は自分の夢を語る。


「いい友達。いい彼女。いい先輩。いい後輩。そんな人たちと過ごす青春を、俺はこのカメラに収めて一生の宝にしたいんだ。いいだろ」


 にこりと快活に笑う向井木。そんな向井木に対して、唐突にカメラを向けるなとも文句を言えなかった。ただ、流石に突然カメラを向けられるのはびっくりするので、撮るときは忠告しろと一言だけ添えておく。


「ほら、俺の来た理由を言ったんだから、お前は何でここを選んだんだよ」


 俺のこの学園に来た理由か。


「俺の親が通っていたからだな」

「まさかの二代目!?」


 俺の父さんと母さんがこの学園に通っていたらしい。

 『らしい』というのは、俺自体その話を両親から直接聞いたことがないからだ。なにしろ――


「俺の親は二人とももう死んでる。だけど、気になるんだよ、俺の親が何考えてどんな人だったか。だから、親が通ってたって言うこの学園に来た。そんなところだ」


 少しばかりの身の内話をすると、申し訳なさそうな向井木の顔が、俺のド近距離まで近づいてきた。とても暑苦しいのだが、何の拷問だろうか。


「申し訳ねぇ! そういう事情があったなんて知らなかったんだ」


 しかし、即座に手を合わせて頭を下げてきた。これは、身内が死んでいる話題をしてしまったからだろうか。

 それならば、俺からも申し訳ないと謝るべきだな。


「いや、気にしないでくれ。ってか、謝る必要なんてないよ。何分、俺は両親の顔も知らないからな。そういう存在が戸籍上いるってことしか、俺と親のつながりはないんだ」


 だから、俺は気になったのだ。遺影すら拝んだことのない両親が、この学園でどう出会い、どう成長していったのか。だからこそ、この学園に入り、この学園で学び、この学園で成長したいと思ったんだ。

 俺が両親に対して抱くのは、親愛ではなく興味だ。だからこそ、俺は向井木を謝らせてしまったことに申し訳なくなってしまう。わざわざ気を使わせてしまったのだから。


「まあ、いろんなやつがいるってことか。人生の経験として、少しばかり話を聞きたいもんだ」

「話っつったって特別なことはないぞ。生まれてすぐ母親が死んで、親戚に預けられた。別に親戚にいじめられてたとかもなかったしな」

「物語とかだと親戚の家を転々とするとかあるよな」

「イヤ全然そんなことなかったな」


 赤子の頃に俺を預かってくれた親戚の夫婦は、子供がおらず、俺のことを養子として引き受けてくれた。だからこそ、俺はこの年齢まで何不自由なく育つことができた。義父さんと義母さんには感謝しかない。


 そんな風に過去を懐かしみ、義理の親の顔を思い出していると――――遠くに少しばかり妙な集団を見つけた。


「――ん? なぁ、あれ」

「どうした、ジン」

「あそこにいるあいつって、確か俺たちのクラスの奴だったよな」


 俺の指さす先には、クラスメイトの男子生徒が見覚えのない男子生徒に囲まれていた。それも、少し薄暗い、いうならば人が寄り付かないような校舎の陰でだ。


 あの生徒……確か名前は――払田ほった 勇気ゆうきだったか。午前のガイダンス中に自己紹介があった時に聞いたはずだ。勇気という名前に反して、気弱なイメージがぬぐい切れない男子生徒というギャップの印象が強くて、少し覚えている。

 

 そして、その払田を囲む面々は楽しげに笑っているのに対して、払田一人だけがおどおどと周囲を落ち着かない様子で見ている。


 明らかに様子がおかしい。そのことに向井木も気づいたのか怪訝な表情で一行を観察していた。


「あれ、どう思う。向井木」

「穏やかじゃないのは確かだな。少なくとも、全員知り合いです、仲良しですって風には見えないぜ」


 向井木のいうことに俺は同意する。間違いなく、平穏な日常の一コマではないことは明らかな光景だ。さて、そんな光景を目の当たりにしてしまった俺達はどうするべきだろう。


「おい、動いたぞ」


 俺たちが行動に悩んでいると、彼らはより人気のない――校舎の裏手。確実に人目の付かない方へと歩いていくのが見えた。


「ちょっと行ってくる。流石に、見てられん」

「行ってくるってどうするつもりだよ」

「あいつの知り合い装ってやり過ごす。それに、俺たちはみんなこんなもん手に入れちまったんだ。何が起きたっておかしくないだろ」


 こんなもん。俺は、そんなことを言いながら、俺のなにも刻まれていない指輪を向井木に見せる。


 俺は少し事情が違うが、ここの生徒たちは、何かしらの期待をしてこの学園に来た人間たちだ。そして、その期待に応えるように、俺たちは『言霊』という超常の力を手に入れた。


 いかに校則があろうと、先輩方がいようと、こんな初日から間違いを起こすやつが絶対に居ないとは言えないし、居たとしても即座に対応することは難しいだろう。


 だからこそ、俺たちだって意識するべきだ。先輩方だけに頼らず、誰かを助けるという意思を。


「辞めといたほうがいいんじゃないか?」


 最後の通告とばかりに向井木は、俺に声を掛ける。ただ、忠告ありがとな、という意味を込めて俺は手を振った。


 ごめんな。俺、ああいうのを見過ごすことができないんだ。



 ただ、見過ごせないと言っても、過剰な自警は犯罪者と何ら変わりない。だからこそ、俺は問い詰める、責め立てるという手段ではなく、愛衣の言霊のように俺は彼の友人をことにする。


「おーい、! ここにいたのかよ」


 払田の下の名前で、親しい友人であることを演出する。次に、探していたというていで手を振りながら、友好的に俺は件の集団へと近づいていった。


 俺の存在に気づいた彼ら。払田を取り囲むように、ガラの悪い男子三人という編成で、俺へと相対する。

 彼らは、楽しみに水を差されたような顔で俺の方へ向き直る。ただ、するりと彼らの間を通り抜けて、俺は親しみを込めて払田の肩に手を回した。


「行こうぜ」


 そう言った後、俺は耳元で囁くように問いかける。


(ここから逃げたいんなら俺の言葉に従ってくれ。違うんなら、手を振り払ってくれ)


 もしかしたら、俺の勘違いかもしれない現場だ。


 堀田と不良三人は実は仲良しで、話の成り行きで校舎の裏で遊ぶこととなった、何てことも考えられる。


 だからこそ、俺は困惑する払田にそう問いかけた。俺の言葉を聞いた堀田は、刻々と小さくうなづくと、手を振り払うわけでもなく、かといって何か俺に対して相槌をするわけでもなくこちらの反応を待っているような目をして見てくる。


 これは、おそらく逃げたいってことでいいんだろうな。


 堀田の反応をそう解釈し、俺はこの場から離脱しようと口を開いた。


「わり、俺の友人が迷惑かけたみたいだな。寮の部屋割り楽しみにしてただろお前、さっさと行こうぜ」


 俺がそうやって離れようとすると、待てという言葉が後ろから聞こえた。


「なぁー。お前。ちょっといいか?」


 三人のうち一人が、俺へと声をかけてくる。

 

 ってかクッソでかいなこいつ。俺が百六十と少し程度しかないのに、既に目の前のガラの悪いこの男子生徒は190㎝は超えているであろう背丈で、俺を見下ろしてきた。


「なん――ッ!?」


 目の前にたって威圧してくる一人の不良にたいして俺が「なんのようか?」と言葉にしようとしたその瞬間、予想外が俺を襲ってきた。


 衝撃が全身に走る。何が起きたのかと思い後ろに下がろうとして、先ほどまで何もなかったはずの背後に壁があることに気づいた。

 そして、その壁が地面であることを自覚するころに、どこからかくつくつと笑い声が聞こえてくる。


「バカだなぁ……須黒君の楽しみを邪魔するからこうなるんだよ!」

「おとなしく見てるだけだったらこうはならなかっただろうになぁ!」


 そして、笑い声とは別に俺を蔑み笑う言葉が聞こえてくる。


 突然のことに動揺した頭が、その言葉を聞いて認識し、ようやく冷静になってきたころで頬に走る痛みに気づいた。


 遅すぎる知覚ではあるが、どうやら俺は殴り飛ばされたらしい。


「ひぃ~……いい殴りごごちだなぁ、おい」


 そして、俺を殴り飛ばした張本人はとろりと恍惚とした表情で、自らの拳を見つめていた。


 奥歯が痛い。頬がほんのりと腫れてきたのがわかる。そして、ひっそりとした恐怖心が、どこからか顔をのぞかせてきた。


「だ、だいじょ……!?」


 おどおどとした様子で俺に駆け寄ろうとする払田だが、俺はそれを手で制す。大丈夫だとサムズアップして、ゆっくりと立ち上がる俺をみる暴力生徒は、至極楽しそうにぶんぶんと腕を振り回している。


「はっは~、この須黒すぐろ まさる様に逆らうからこうなるんだぜ脳タリンがよ~。のこの俺は、無敵なんだ。だから、お前らは地に伏して媚びるべきなんじゃないのかッ!?」


 そして、怒りをまき散らす様に奴は土を蹴って俺に浴びせてきた。途端のことに俺は土が目に入らない様に目を瞑って手を前に出して防御すると、背後から払田が「危ない」という声が聞こえた気がした。


「【爆】ァ!!!!」


 だが、その声は届かない。


 俺の腹部に、奴の渾身のストレートがさく裂する。それは、『言霊』の詠唱と共に俺を襲い、そして【爆】という文字通りに、さく裂した。


 さっきの比にならない衝撃が全身を襲う。激しく後方へ吹き飛ばされ、校舎の壁へと打ち付けられて、俺の体は地面へと転がった。


 多くのはてなが薄れる意識の中、理知外の状況を理解しようと飛び交った。


 俺は殴られた。そして、あいつは俺を殴りつつ容赦なく『言霊』を使いやがった。死んでてもおかしくない威力だ。意識を保つことだってぎりぎり。


「あー……どうしてこうなった」

「ふぅぅぅ!!!」

「流石です須黒君!」

「無敵! 最強! かっこいい!」


 勝ち誇る須黒と、その取り巻きのおだてる声が耳障りに響く。


 そして、かすれる視界の中、とどめを刺すのか須黒が俺に近づいてきた。


「いいか。よく覚えとけ。俺はワードマスターの須黒様だ。最強で、無敵で、かっこいい! 須黒様だ! お前なんかが逆立ちしたって絶対に勝てない、そういう存在なんだよ。わかったか!」


 怒声を耳元で垂れ流す。非常に迷惑だ。


 ああ、どうしたらいいのだろうか。須黒の野郎が拳を振り上げているのが見える。おそらく、奴の装具であろうメリケンサックが太陽光を反射して俺へとその脅威をわかりやすく伝えてくる。


 痛いのは嫌だ。それも、死ぬかもしれないような痛いのは嫌だ。ってか、なんで俺は学園に入学しただけでこんな仕打ちを受けてるんだよ。

 わけわかんねぇよ。


「ゆっくり寝て、反省しろ脳タリン」


「ばーか。暴力ゴリラの攻撃なんて蚊が止まったみてーなもんだ」


 ただ、言われっぱなしは癪だった。だからこそ、震える手で中指を立てて俺は啖呵を吐く。

 しかし、幼稚な罵倒だ。そんなことを思ったのだが、目の前の暴力ゴリラ君は顔を真っ赤にして怒り散らしていた。


 だからこそ、何の慈悲もなくその拳は振り下ろされた。


 死を悟る一瞬。金属の光沢が、俺の頭めがけて振り下ろされる一瞬の中で、俺は早くも人生の岐路に立っていた。


 走馬灯だ。


 物心ついたころから俺を育ててくれた老夫婦。そして、その老夫婦が俺の実の両親について話した時の顔。我ながらイベントの少ない人生ではあるが、それでも振り返るべき俺の人生だ。少しばかり、映画館にいる気分で楽しませてもらう。


 ただ、現実に戻ったら死を悟るような攻撃が俺に向いているのが問題だが。


「描いて」


 ――ん?


「描くのよ、ジン


 ――誰だ?


「ほら、人差し指を上げて」


 突如、走馬灯中から女の声が聞こえてきた。それが誰なのか、俺はまったくわからない。ただ、このまま須黒にやられっぱなしなのは嫌な俺は、一縷の望みを託して、人差し指を須黒に向かって差し出した。


「さあ、なぞるのよ。文字を――――『


 そして言われるがままに、俺の指は一つの文字を描いた。


――【木】


 今日の昼。いやというほど見たこの文字。その効果は、もちろん知っている。ただ、いうべき言葉は少し違う。


「【    】」


 何を言ったのか、俺は理解できなかった。自分の吐いた言葉なのに、意味を理解できるはずなのに、その言葉を文字として頭に思い浮かべることができない。


 それはなぜなのか。一切わからない。


 ただ、使い方だけはなんとなくわかる。


 【木】と宙に文字を描いたまま、俺は地面を指さした。


「【  】」


 またも、空虚な言葉が吐き出される。自分のものとは思えない言葉とともに、それは発現する。


「な、なんだぁぁああ!!!???」


 地面を割って、大木が出現する。それは、俺の指さした須黒の足元から急速に成長し、須黒を高く持ち上げた。枝葉を使い、器用に須黒を拘束するように成長する樹木に須黒は動きを制限され、身動きが取れなくなった。


「ひ、ひぃいいいい! なんすかこれ」

「だ、大丈夫ですか須黒君!」

「何しやがったこのくそ野郎! 早くはなしやがれ、俺は無敵の須黒様だぞ! ワードマスターの須黒様だぞ!」


 突如の思いもよらない反撃に驚いている取り巻き。そして、木の成長に阻まれて、身動きが取れないまま、無様に喚くことしかできない須黒。


 いや、ほんといい気味だ。何がワードマスターだ。意味わからないこと言いやがって。


 ああ、くそ。痛みで意識が遠のいてきた。頭に食らったのが響いてきてる。少しづつ、意識が閉じていく。



「おい! これは何の騒ぎだ!」


 最後に、騒ぎの音を聞いて駆けつけてきた先輩方の声を聴いて、俺の意識は途切れてしまうのだった。


 

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