第一篇【白紙能力者の切望】
第一話 【今日からすべてが始まった】
day.4/5 [第一言ノ葉学園:第一体育館]
季節は春。日向に立てば、ほんのりと温かい芽吹きの季節。
やわらかい日差しがうっすらと差し込む体育館の中、俺――
今日、この高校には俺を含めて九十六人の生徒が入学する。整列した白を基調にした制服の隊列は、真っ白なキャンバスのようで。それは俺たちのまだわからない明日を、未来を見ているように、入学式が行われる体育館の中心を陣取っている。
そして、壇上では学園の長である重川学園長が演説が行われている。
「皆さん知っての通り、この学校はとある特別な事情のもと設立されています」
重川学園長が言う通り、この学園は他の学校よりも特殊な事情を抱えている。新入生には、事前に通知されているからある程度は知っているが、改めて学園長はその事情を言葉にした。
「この世には、『言霊』と呼ばれる力があります。それは、言葉の力。言葉には力があり、それは無限にも等しい可能性を持っています。古くから伝えられるこの『言霊』と呼ばれる力は、まことしやかにその存在を囁かれ続けられていました。西洋の魔術師が魔法を唱える時に唱える詠唱、あるいは、東洋の呪いが待つ呪言の災い。世界各地には、様々な言葉の力が歴史として残されています。そして、この学園は、その言葉の力を研究し、社会に活用する。そしてその力を――『言霊』を御しきることのできる人材を生み出すことを目的とした学園となっています」
学園長の演説に入り混じる『言霊』というワード。それこそが、この学園が設立された理由だ。
故に、この学園は『言霊』を中心に運営される。
「だからこそ、あなた方には入学時にそれぞれ『言霊』が与えられます。それを育み、使いこなしていただきたい。それこそが、私が伝えるこの学校唯一の目的です。そのためにあなたたちには――」
――――全力で、青春を送ってもらいたい。
それは、俺たち新入生を迎える歓迎の言葉だった。
入学式も終わり、それぞれの教室へと戻る時間。教室まで続く長い廊下にて、俺は幼馴染の
「やっとおわったぁー……」
「そこまで長い話はなかっただろ」
「いやいや、ああいう緊張する場にいるだけで私のSAN値は正気を保てなくなっていくのだよワトソン君」
「なーにが正気度じゃ、ただめんどくさいだけだろ」
「えへー、ばれたー?」
この女……と俺はため息を一つ吐き出す。
このアマ――いや、愛衣は、もう一度言うが俺の幼馴染だ。小学生の頃からの付き合いで、小中と同じ学校で時を過ごし、偶然にもこの高校でも同じクラスとなった。
そして、今日もいつも通りのやり取りを繰り返す。愛衣が馬鹿なことを言って、俺がそれに突っ込むという、今となってはおなじみのこのパターンは、新入生としての緊張を和らげてくれるから、これはこれで助かってはいるんだけどな。
「それよりも。楽しみだよね、言霊!」
「ああ、そうだな」
期待と興奮から、愛衣の顔は少しばかり紅潮している。わくわくという効果音と共に膨れ上がるそれは、これから行われるであろう事柄についてのもの。
そう、先ほど重川学園長が言っていた、『言霊』に関係するものだった。
「まあ、今日行われるかはまだわからないんだ。気軽に行こう」
「やーだー! 私は今日がいいー!」
「あのなぁ……」
この幼馴染は、精神年齢が幼稚園で止まっているのではないかと錯覚してしまう。こうなってくると、愛衣はめんどくさいからスルーするに限る。
そうして歩いていると、俺たちは目的地である教室へとたどり着いた。
新入生として入学するのは、全員で九十六人。一クラス十六人に振り分けられ、合計で六クラス存在する。
クラス分けの明記はアルファベット順にAから始まり、俺たちが所属するのは、五番目となる一年E組だ。
来るであろう新入生のために既に開かれている扉に、E組の生徒と思われる生徒たちが次々と入っていく。その列の後ろに、俺たちも追従した。
席には自分たちの名前が書いてあり、おそらく五十音順で並べられている四×四の十六席の内、俺は自分の名前が書いてあった最後列の窓側から二列目の席に着いた。すると、隣にいた男子生徒が陽気に話しかけてくる。
「やぁ、愛すべき隣人君。俺は
短く切った髪に、少しだけ日に焼けた肌のこの健康的男児の名は、向井木 亨というらしい。冗談交じりに自己紹介してきた彼に対して、俺も友好的な態度で返事をする。
「俺は矢冨ジンだ。よろしくな」
「いいね。やっぱり青春はこうでなくちゃ! あ、写真撮っていい?」
俺との交流に喜びを感じているのか、雄たけびを上げるように手を挙げて喜びを体で表す向井木。そして、彼は聞いてきたにもかかわらず、俺の返答を待たずしてどこからか取り出していたカメラを使って写真を一枚取った。
「というわけで、友好の証としてこの写真は保存させてもらうぜ!」
「……変なことには使うなよ」
「気にすんな。俺の青春の思い出にするだけだぜ、ほら笑って笑ってー(パシャリ)」
そういいながら、向井木は今度は俺を背景に自撮りをする。どうやら、彼は自分の思い出をはっきりとした記録に残したい人種らしく、ことあるごとにこうやってカメラで撮影しているようだ。
そのあとの会話の間で、過去に撮影した写真もいくつか見せてもらった。
そうして隣人と交流をしていると、教室に教師が入室してくる。
ぼさぼさの髪を後ろで雑に縛り、神経質そうな目を眼鏡で覆った男性教師が、教卓に立つ。
その教師は、自分に注目を集めるように手を叩いて生徒たちの視線を一身に集めると、全員に聞こえるほどの声量で話し始めた。
「まず、俺の自己紹介から。俺は、この一年E組の担当になった
野極先生は、そこまで話すと黒板に大きく自分の名前を書きこんだ。そして、次に懐から一冊の手帳を取り出した。
その手帳は、手のひらサイズのもの。スマホよりも少しだけ大きく、表紙にはダイヤの形に加工された白色の宝石のようなものがはめられている。
宝石のはめられている表紙の反対には、『第一言ノ葉高校』のシンボルマークである葉っぱに『言』と書かれた校章があしらわれた革の手帳だ。
野極先生は、その手帳をひらひらと振ってアピールしながら、話しを続けた。
「これが、この学校での学生手帳になる。そして、この手帳は今それぞれの机に一つずつ入っていると思うから、各自確認してくれ。なかったら手を挙げろよー」
野極先生に言われるがまま、俺は机の中に無造作に手を突っ込んで探ってみる。すると、四角い箱が一つ机の中に入っていた。皆も同じものを見つけたようで、それぞれが机の上にその箱を出しては、中身を確認するために開封していた。
箱の中身には、野極先生が言った通り、ダイヤの形にカットされた何らかの白色の宝石がはめ込まれた手帳が入っていた。
俺はすぐに手帳を手に取って、中を確認する。中には、俺の顔写真と身体データ、そして評価ポイントなる項目や、規則など様々なことが描かれてる。
最後に何ページか白紙のページが入っており、そこには何も書きこまれていない。
そんな手帳を各々が確認していると、またも野極先生の手拍子で視線が教卓へと集められ、説明は続く。
「基本的な校則や時間割なんかはこの手帳に書かれているから、各自しっかり読んでおけよ。それと、こっからが重要だ。お前らが期待しているであろう、『言霊』についてだ。よく聞いてくれ」
野極先生の話から、『言霊』という言葉が出てきた瞬間に、教室の空気が様変わりする。
好奇心に満ちた興味と興奮の色。それは、俺たち新入生がこの学園に期待してきたことだ。
隣の向井木も、「待ってました」と囃し立てている。
「何度も説明されただろうが、この学園は『言霊』を使いこなす人材を育成するために作られた場所だ。その言霊とは、人間の言葉の力そのものだ。――その力は、本来存在する物理事象すら覆す代物。故に、使うためには数年にわたる深い経験が必要だ。だからこそ、国がこの学園を建て、そしてお前たちには『言霊』の力が今から与えられる」
バンっと強く教卓の上へと手帳を放る野極先生。そして、手帳の宝石へと手をかざし、一言だけつぶやくように言い放った。
「――【招来】」
その言葉と同時に、淡く宝石が光り輝く。その光は、野極先生の手にまとわりつくようにして徐々にその形を変えていき、その光がなくなったと思えば、野極先生の手には【極】という文字が刻印された温度計が握られていた。
「見た通り、手帳の裏面にある宝石に手をかざして、『招来』と声にだして唱えることで、『言霊』の力を持ったアイテム――――装具を手に入れることができる。さあ、やってみろ」
やってみろと言い放つ野極先生。だが、俺はそのあまりの簡単さに驚いて、目の前の光景を信じられずにいた。
言霊。それが、この第一言ノ葉高校の持つ特色だ。それこそが、俺たち新入生が期待していた特別なもの。その特別が、こんなにも簡単でいいものかと。
だが、その考えはすぐに明後日の方へと飛んで行ってしまった。
「……【招来】」
最前列に座る女子生徒が、真っ先に試していた。
そして、先ほどのように手帳が光り輝くと、その女子生徒の手元には【赤】と刻まれた真っ赤なスカーフがおさまっていた。
教室中の生徒が、その光景を見ていた。そして、続くように招来の言葉が教室中で唱えられる。次々に光は上がり、彼らは自らの言霊が刻まれた装具を手に入れていった。
「おー!」
そして、隣の席の向井木からも光が上がり、彼の手にはスコップが握られていた。
「おー、見ろよジン! すげー、これが言霊か!」
喜びと共に話しかけてくる向井木。その手にもたれているスコップの背面には、でかでかと【木】と刻まれている。
これが、『言霊』が刻まれた装具か。
「――【招来】」
俺も欲しい。そんな感情が俺の中に淡く灯った次の瞬間には、俺は手帳に手をかざしてその言葉を唱えていた。
淡く手帳の宝石が光り輝く。ほんのりとした光が、ゆっくりと俺の手へと移動して、かざされた手の人差し指に集まった。
徐々に輝きを失い、小さくなっていく光。そして、その人差し指には、一つの指輪が嵌められていた。
銀色のリングに、手帳と同じ白色の宝石が一つだけ嵌め込まれた簡素な指輪だ。
「……指輪か」
俺の装具は、どうやら指輪らしい。教室中を見てみれば、様々な形をした装具が生徒たちの手に握られている。
スプレー缶。ナイフ。釣り竿。お、愛衣は腕輪みたいだな。
ただ、そんなクラスの中、俺は少しだけ焦っていた。そう、見渡している中で、彼らと自分の違いを見てしまい、すぐに俺は自分の装具であるこの指輪を指から外してくまなく観察した。
回して、光に透かして、暗闇に持って行って、いろんな方法で見てみるが、一向に俺はあるべきはずのそれを見ることができなかった。
「お、おい向井木!」
「どうした、ジン」
「装具に刻まれている言霊って、必ず装具の表面にわかる形で刻まれているんだよな」
「……生徒手帳にはそう書いてあるな。まさか……」
まさか、と声を上げる向井木の隣で、俺はついにソレを見つけることができなかった。
俺の、指輪に刻まれているであろう言霊を。
本来ならば、一文字から始まる漢字の文字。それこそが、超常的な力を行使することのできる『言霊』であり、生徒手帳には、それぞれの装具には、刻まれた言霊を示す印が付いていると書かれている。
だが、俺の指輪のどこにも、その文字は存在しなかった。
こうして、俺の物語の幕は上がった。
『無形の言霊使い』そう呼ばれる男が誕生し、そして次へと伝えるための物語が。
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