2話 ローグイラの街へ
伯爵家を追放されてしまった俺は、とりあえず別の領の街に向かうことにした。
もちろん、まだ貴族の身分にしがみつきたい気持ちはあったが……。
あの街にいると、父上やエドガーの不興を買って命の危険すらある。
命の危険との比較の前では、貴族の身分は諦めざるを得ない。
俺は、乗り合いの馬車で隣領の街に向かっているところだ。
「お兄さん、いいところの生まれかい? なかなかの装備だね」
隣に座る男がそう声を掛けてくる。
「ええ、まあ……。装備だけですがね」
俺はそう答える。
伯爵家を追放される際、ある程度の装備やアイテムの持ち出しは認めてもらうことができた。
父上にしても、あまり俺を追い詰め過ぎて強盗などされては困るといったところだろう。
遠い街で人知れず細々と過ごすことを求められているように感じる。
俺はおとなしくその意向に従うつもりはない。
しかし、今の俺には力が不足している。
テイマーとしての素質がない以上、何か別の長所を伸ばしていかなければならないが……。
剣術はまだまだ初級だしなあ。
魔法も使えるが、こちらもまだ練習中。
前途多難だ。
「今向かっているのは、冒険者の街”ローグイラ”だ。お兄さんも、そこで一旗上げようって意気だろ?」
「そうですね。うまくいくかは不安ですが……」
その言葉通り、俺は不安な思いを抱きつつ馬車に揺られていった。
--------------------------------------------------
無事にローグイラの街に着いた。
今日はもう遅い。
まずは宿屋に泊まって、一晩を明かそう。
本格的な活動は明日以降だ。
とある宿屋を見つけ、中に入る。
「こんばんは。一部屋借りられますか?」
「あいにくだけど、今日はもう満室だね。他をあたってくんな」
宿屋の女性がそう言う。
満室か。
もう遅いし、あちこち回って泊まれる場所を探すのも大変そうだが。
俺が少し困っていると、女性の後ろから少女が歩いてきた。
「お母さん。あの部屋が空いているじゃない」
少女がそう言う。
「あの部屋かい。でもなあ。あの部屋はなあ……」
女性がそう渋る。
空き部屋はあるが、何らかの事情によりあまり人に勧められない部屋だといったところか。
「空き部屋があるのですか? 今から他の空いている宿屋を探すのも大変ですし、よければその部屋に泊めさせていただきたいです」
俺はそう言う。
「うーん……。まあ、最近はあの部屋に泊めていなかったからねえ。知らない間に、薄まっている可能性もあるか……」
女性がそうつぶやき、何やら考え込む。
彼女がこちらを向き、言葉を続ける。
「いいよ、お客さん。泊まっていってくれ。お代は……とりあえず1泊分だ。素泊まりで、銀貨1枚でいいぞ」
「銀貨1枚ですか? ずいぶんと安いですね」
俺は伯爵家の生まれではあるが、もちろん市井の相場もある程度は知っている。
一般的な宿屋の宿泊料金は、飯付きで銀貨5枚から7枚といったところだ。
銀貨10枚……つまり金貨1枚以上かかる宿屋もあるが、それはなかなかの高級宿である。
飯無しの素泊まりとはいえ、銀貨1枚は破格の安さだ。
「まあ、最初のサービスだと思ってくれ。(……1週間後も無事だったなら、少し値上げするか……)」
女性が意味深な表情でそう言う。
最後のほうに何やらボソッとつぶやいていたが、よく聞き取れなかった。
「お客さん。ファイト!」
少女が俺の背中をポンと叩く。
「え? あ、ああ。ではそれで泊めさせてもらいます」
何がファイトなのだろうか?
なんとなく嫌な予感がする。
しかし、今から他の宿屋を探すのも面倒だ。
俺は女性に銀貨1枚を渡す。
「はいよ、確かに。じゃあ、このお客さんを部屋まで案内しておやり」
「かしこまりー」
女性の指示を受けて、少女がそう言う。
たぶん、この2人は親子なのだろう。
仕事としての上下関係はありつつも、仲のいい親子としての関係性も感じる。
「こっちだよ。付いてきて」
少女の案内に従い、俺は宿屋の2階に上がる。
廊下を歩いていく。
2階の奥まで進んでいく。
「お客さんの部屋はここだよ。じゃあ、ごゆっくり~」
少女はそう言って、去っていった。
俺はさっそく部屋の中に入る。
ごく普通の部屋である。
それなりに掃除もされているようだ。
この部屋で銀貨1枚は安い。
しかし、なんとなく嫌な気配のする部屋だ。
ぶるっ。
突然、何やら寒気を感じた。
「風邪か……? 馬車の長旅で疲れているのかな。今日はゆっくりと休もう」
俺は部屋のベッドに横になる。
そして、ほどなくして眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます