第24話 たぶん今の俺は、ぶっ壊れてるんだと思う

 たぶん今の俺は、ぶっ壊れてるんだと思う。

 前にもこんなことが何度かあったことは覚えてる。



 あれは、まだアルブスに入隊する前だった。ノエルが自分をエサにして、俺の不当に巻き上げられた給料を取り返した時だ。


 俺の給料を巻き上げた男子好きの変態貴族に、買い取られるって聞いてこんな風になったんだ。もしノエルが買い取られたら、どんな目に遭うかなんて簡単に想像できた。

 あの変態、金髪で碧眼の男子が特別好きだったから、一目見たときから狙ってたのかもしれない。


 なんの力もないガキが、手っ取り早く強くなる方法なんて、他にはなかった。ノエルを助けたい一心で、天使の加護を受けられる『フェリガの泉』に行ったんだ。


 そこで何とか強い天使の加護を受けられたから、その足でノエルを助けに行ったんだよな。聖神力の使い方は、使いながらその場で覚えていった。最終的には屋敷を壊滅して、そのクソ貴族をブチのめしたんだ。


 久しぶりにブチ切れて、思わず昔を思い出してしまったな。


 だけど契約解除してくれたのは、本当にラッキーだった。

 ただ、ベリアルを泣かせた奴を消すことしか頭になくて、どうしようかと考えていたんだ。


 ベリアルに取り憑いて、やりたくもない事やらせて、あんなに泣かせたんだ。絶対に俺の手で消し去ってやる。

 ああ、ダメだな。殺気が抑えられない。ベリアルが怖がってるから、早々にケリつけるか。


 さっきから、レビなんとかって奴は影の中を移動しまくってるらしい。あちこちに気配が飛んでる。

 ベリアルから離れた後は、気配察知が簡単にできる。きっと隠れるところがないから、ダダ漏れなんだろうな。


「ちょこまか逃げるな」


 行き先を予測して、紫雷を打ち込む。バリバリと大きな音を立てて、レビヤタンが逃げ込もうとしていた影に直撃した。


「ひぃっ!!」


 一瞬姿を現したけど、またすぐに影に逃げ込んだ。少しずつ城門の方に近づいて行ってる。思い通りにさせるつもりはないので、城門に近づけないように、紫雷を放ちまくった。

 バチッ、バチッとあたり一面に、雷が落ちて地面を焦がしていく。


「うわっ! こっちも!? くそっ!!」


 なんか一人でジタバタしている。結局元の場所に戻ってきた。逃すわけないだろ、バカか。


 俺にしがみついてるベリアルが、さらにキツく抱きついてくる。カタカタ震えてるから、俺の殺気が怖いんだろうな。

 そうだ、早く終わらせないと。



 そうだな、もう面倒だから、どこに逃げても紫雷を喰らうように攻撃しよう。

 俺は右手を空に向けてかかげた。



天空神ディアウスの怒り」



 巨大な魔術陣が空に浮かび上がり、紫雷が走り抜ける。魔術陣を中心に分厚い雲があつまり、辺りを暗くした。


 やがてポツポツと雨が降り始め、ほんの数十秒後にはスコールのような土砂降りになっていた。あたり一面は雨に激しく打たれて、どこもかしこも濡れている。


「なぁ、水で濡れている所に、雷を落としたらどうなると思う?」


 聞こえているはずなのに、返事がない。わかってないのか? 前に使った時は、一瞬で悪魔族たちは灰になってから、教えてやろうと思ったのにな。

 ベリアルに防御結界を張って、仕上げにかかった。



断罪エクテレス



 空が、雲が、淡い紫の光を放つ。次の瞬間、轟音ごうおんとともに紫雷が地面にふりそそいだ。木々は燃え上がり、黒い消し炭になっていく。草原は灰になって、地面に染み込んでいった。


 逃げ場をなくしたレビヤタンは、紫雷をまともに喰らったようだ。衝撃で影に潜むことができなくなったのか、城門の十メートル前で、痺れて動けなくなっている。

 灰にならなかったのか、さすが上位悪魔だ。


 ああ、また荒野に戻っちゃったな……仕方ないか。

 それよりも、奴の処分が終わっていない。


 俺はレビヤタンにゆっくりと近づいていく。雨は小降りになって、もうすぐ止みそうだ。


 レビヤタンの首をギリギリと掴んで持ち上げた。息ができないのか、恐怖からか、やたらもがいている。奴の足と地面が離れたら、少しおとなしくなった。



「俺のベリアルを泣かせたな? お前は絶対に許さない————消え失せろ」



 レビヤタンの首を掴んでいる手に、聖神力を集中させる。そして、一気に解き放った。



放雷インパルス



「ギャ……アァアァァ……ァ…………」


 放たれた聖神力はレビヤタンの身体を駆け巡り、その身体を灰へと変えていった。最後には灰すらも吹き飛んで、消えていった。


 ようやく殺気がおさまって、深いため息をつく。ふと、腕の中にいたベリアルを見ると、真っ赤になって震えていた。

 あれ、まだ怖い!? ヤバい、本気出しすぎたかも!?



「あの、ベリアル?」


「レオン様……『俺のベリアル』って言ったよね?」


「え! 言ったっけ……? 正直ブチ切れてて、何やったか覚えてな——」


「言った! 間違いなく言った! それに、キ、キ、キスも……した」


 真っ赤になってた理由はこれか——!! いやね、あれはね、聖神力を体内に送り込むためなんだって!!


「待った、アレは、レビなんとかを追い出すのに、手がふさがってたから、口から聖神力を送り込んだんだよ!」


「でも、キス……には違いないもん」



 くっ! 恥ずかしすぎて、これ以上反論できない……!

 たしかに一瞬ベリアルがいなくなるなら、一緒に燃えちゃってもいいかとか思ったし、いくらあんな状況とはいえ、口で聖神力送り込まなくてもとか、今なら思うよ、今なら!!

 でもな、あの時は冷静じゃなかったんだよ!!



 その時、城に張ってあった結界がバリンバリンと砕けて消えていった。そしてすぐに、グレシルの元気な声が聞こえてくる。




「ベリアルさま——! レオンさま——!!」


 助かった——! サラッと話題を変えよう! ごく自然に! スマートに!!


「グレシ」


「ちょっと! 何でベリアルさまとレオンさまがキスしてたんですか!? ズルイです! 私にもキスしてください!!」


 おおい! 食い気味の上に、思いっきり地雷踏んでくるな!! しかも『私にもしてください』じゃないから!!


「だから、あれは聖神力を送り込んで、取り憑いてた奴を追い出すために、仕方なく」


「仕方なく……? もしかして、レオン様……嫌だった……の?」


 夕日色の瞳がうるうるしている。今にも泣きそうだ。

 待って待って待って、泣かせたいわけじゃないんだ。


「いや、嫌じゃなかった」


「ええええ!! 何それ! レオンさま、今のどういうことですか!?」


「グレシル、諦めて。そういうことよ」


 勝ち誇ったベリアルが、グレシルをあおりまくってる。ちょっと現実逃避したくなって、雲の隙間からのぞく月がキレイだなんて考えてた。


「はあああ!? ベリアルさま、ちょっとマジで勝負して下さい! 賞品はレオンさまです!!」


「え、いやなんで俺」


「私に勝てる気でいるの?」


「待って、勝手に人を賞」


「あったり前じゃないですか! ベリアルさまなら、余裕です!!」


「なぁ……聞い」


「はっ! 私に勝ったことないくせに、よく言うわ!」




 ………………まったく話を聞いてもらえない。

 そっと隣にノエルが降り立った。疲れてる様子なんて微塵みじんもない。さすがアルブスの総帥だ。

 けど、そのニヤニヤしたイケすかない顔はやめてくれ。


「レオン、大人気だね」


「楽しんでないで、助け……あぁ!」



 そして、今気がついた。

 一週間ぶりの俺の休み……どこに行った————!!


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