第20話 突然の訪問者
俺が大魔王になってから、一週間が過ぎた。
大魔王レオンと呼ばれるのだけはイヤだったので、みんなに相談したら、大魔王ルシフェルと呼ぶことでなんとか納得してもらえた。交わした契約書もちゃんと訂正済みだ。
ふー、大魔王レオンで認知されたら、立ち直れないところだった。できれば本名は晒したくない。
ベルゼブブが俺の城で働いてくれる事になったので、人事も一部変更した。
城の管理や執務の補佐はベルゼブブ。
販売や商品開発はアスモデウス。
採用や新人教育はベリアル。
菜園の管理と緑化計画はグレシル。
その他に、情報収集担当としてルディたち兄弟が動くことになった。
俺の壮大なルージュ・デザライトの開拓計画が、本格的に動き出す。
意外とやる事があるので、忙しい毎日を過ごしていた。三日前も菜園で働く者たちでケンカになって、収穫間近の野菜をダメにしたとかで、グレシルが涙目になってた。もちろん、俺からきっちりお仕置きしておいた。
昨日はベリアルが他の悪魔族から言い寄られて、困っていると悩んでいた。一日中俺の側にいれば解決するというので、そんな事ならと付き合った。
今日は一週間ぶりの休みで、のんびりしている。
かぽ————んと、桶の音が心地よく響き渡る。
朝風呂だ! うはぁ、最高に気持ちいいなーー! 今日は贅沢に全種類の湯船を用意してもらったんだ。これで一週間分の疲れをゆっくり癒そう。
薬草が入ってる広い湯船につかって、腹の底からはぁぁぁぁと息を吐く。
天井から落ちてくる太陽の光が、幾重にも重なって白亜の湯殿を幻想的に見せていた。
「レオン様、背中流しに…来たんだけど」
湯気の向こうにベリアルの影がユラリと映る。いつもより体のラインがハッキリしていて、スラリと伸びた脚がこちらに向かって来ていた。
レオンは湯船の奥まで一気に後ずさる。
「は!? ちょ! ま! い、いいから! 自分でできるから!! てか、お風呂の手伝い禁止にしたろ!?」
「遠慮しなくていいのに……私じゃ、イヤなの?」
ベリアルはコテンと頭をかしげる。湯気では隠れないほどの距離まで近づいていて、薄手のバスタオルを巻いてるだけの格好だった。
なんていうか、俺が大魔王になったあたりから、やけにグイグイ来るんだが、どうしたんだ!?
「そうじゃない! 嫌だとかそうじゃなくて! いや、よくもないけど! 風呂は一人で入るから!!」
そこへ土のついた野菜を手にしたグレシルと、ガサガサと資料を持ったアスモデウスが湯殿に乱入してきた。
「ちょっとベリアルさま! 抜けがけズルイ!」
「もう、当番表を作ったでしょう? 今日はベルゼブブの当番なんだからズルしてはダメよ」
いつのまにかベルゼブブまで湯殿に入ってきていた。そっと腕輪に手をかけている。紅い眼が怪しく光った。
ベルゼブブがマズい! 俺的にもいろいろヤバい! 今日の湯の色は色付きだけど透明だ!!
「お前らよく聞け! 俺の世話はいいから、自分達の仕事を片付けろ! それから、ベルゼブブ、腕輪は外すな! それが俺の『願い』だ!!」
「「「「……はい、わかりました」」」」
風呂から上がった俺はグッタリしてベッドに横になった。懐かれすぎてて、少し困ったことになっている。
大魔王になってから忙しくて、ベリアルとあまりゆっくり話ができていない。今日に限らず、最近のベリアルの様子がちょっとおかしいんだよな。
今夜にでも時間つくってもらって、話してみよう。
不毛の大地だった大陸は、着々と住みよい場所に改良されていた。
草一つ生えなかった荒野が、今では穏やかな風に野花が揺れている。暗く淀んでいた湖は、深く澄んで動物たちの憩いの場になった。
そろそろ森を作る予定で、どこがいいか悩んでいるところだ。
俺が住んでいる城の隣には菜園を作って、野菜を育てていた。魔力で育成時間を短縮しているので、欲しい野菜が次々と収穫できる。
収穫した野菜とパワードリンクを販売して、利益を城の運営に当てていた。契約していない悪魔族には、そこから給金を支払っている。
働く必要のない悪魔族だったが、ベルゼブブやアスモデウスたちが働く様子をみて、真似しているようだ。
なかなか素直な種族だと思う。給金の制度もわりと好評で、契約しなくてもいいのが気楽だと言ってた。
そうだよな、契約交わすのちょっとビビるもんな。
最近気づいたんだけど、ヴェルメリオにいた時よりも、断然、居心地がいいんだよなぁ。まぁ、大魔王やってるうちは戻らないからいいけど。コイツら置いていけないしな。
ただ、シュナイクたちをぶっ飛ばせないのが心残りだ。
「レオン様!!」
ノックもなしにバンっと扉を開けたのは、ルディだった。いつも礼儀正しいのにめずらしい。魔力の扱い方を覚えたからなのか、また背が伸びたみたいだ。今では十四歳くらいに見える。
「そんなに慌てて、どうした?」
「何かが! ものすごい勢いで何かが飛んできてます!!」
その言葉に気配を探る。懐かしいなじみのある気配に、顔がほころんでしまった。多分、アイツも俺の気配を頼りに、真っ直ぐに飛んできてるんだろうな。
「大丈夫だ、ルディ。敵じゃないよ。……多分」
あれ、ちょっと待って。俺、いま大魔王だけど、まさか俺を討伐しにきた訳じゃないよな? と一瞬不安になる。
「あぁ、もう着いたみたいだな」
この部屋からなら、飛んでいった方が早いか。律儀に城門の前で待っていてくれてるみたいだ。
俺は漆黒の翼を広げて、窓から飛び立った。
「ノエル!!」
「レオン、久しぶり。ずいぶんいい家に住んでるね」
「いや、気づいたらこうなってて、俺もよくわかんない」
正直な気持ちを吐き出した。ノエルは相変わらず、キラキラした金髪に碧眼で天使みたいだ。かたや悪魔族の大魔王なんだから、世のなか不思議なことだらけだ。
「ふふ、元気そうでよかったよ。あまり心配してなかったけど」
「まぁ、なんとかやってるよ。……で、その荷物は?」
ノエルの足元には大きな麻袋が転がっていた。さっき感じた、もう一つの気配はコレだな。まさか、ここで会えるとは思わなかったけど。
「あぁ、お土産だよ」
ノエルがそう言って麻袋を開けると、中からグッタリしたシュナイクが出てきた。気持ち悪いのか、何も話せないようだ。
「てことは、全部片付いたんだな。じゃぁ、コイツぶっ飛ばしてもいいか?」
ゆらりと黒髪が揺れて、紫の瞳が光り始める。ジワリと聖神力を解放した。
せっかく巡ってきたチャンスは、逃さない。
「レオン、ちょっと待って。僕の話を聞いた上で、
「いや、俺、
「シュナイクは牢屋にでも入れてくれればいいから。牢屋くらいあるよね?」
ニッコリと
結局言う通りにしてるとかのツッコミはしないでもらいたい。
ノエルを城に招き入れると、当然ながら下僕たちは恐怖に
「みなさん初めまして。僕はノエル・ミラージュ。アルブスの総帥で、レオンの双子の弟です」
応接室でノエルに続いてベルゼブブから順番に挨拶を交わしていく。こんな時も悪魔族は強者からと明確なルールがあるらしい。ひと通り紹介がすむと、お茶やお菓子が並んだテーブルについた。
「怖がらせちゃって悪いね。用が済んだら、すぐに帰るから」
まったく悪いと思ってない笑顔だったけど、敵意がないことを伝えたいみたいだ。
「それで、話って何だよ?」
「うん、まずは……レオン、迎えに来るのが遅くなってごめん。 シュナイクの処理が済んだら、一緒に帰ろう!」
ピシリと空気が固まった。ベリアルたちはすでに殺気を放っている。あれ? さっきまでの平和的な空気は!?
話って、こういう話だったの!?
ノエルは余裕げな微笑みを崩さない。ベリアルたちは臨戦状態だ。
————何この面倒くさい状況。とりあえずケンカはやめてくれ。城が消し飛ぶから。
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