第12話 そこ、俺のベッドなんですけど?


「こんにちは。貴方がレオン?」




 多分、今まで生きてきた中で、一番の衝撃的な瞬間だった。目の前の光景が理解できず、頭が真っ白になる。思考も身体も固まったままだ。



 何故かって、昼食を食べて部屋に戻ったら、俺の部屋のベッドで見知らぬ悪魔族がくつろいでいたのだ。



 待っている間は退屈だったのか、本まで持ち込んでいる。

 アイスブルーの艶髪をゆるく三つ編みにして、左肩から前に下ろしていた。見た目は二五歳くらいに見える。ゆったりとした黒のローブのようなものを着ていた。少し濃いめの空色の瞳はジッと俺を見つめている。


 今までの悪魔族と違っていきなり襲ってこない、怒ってない、困ってない————が、目的がまったくわからない。



「……お前は誰だ?」



 俺の張っている結界は敵意を持っていれば、必ず感知するはずだ。ということは敵ではないのか? でも、わざわざ部屋で待ってるなんて、普通じゃない。警戒を解くことはできない。


「私? 私はアスモデウス。そうねぇ……悪魔族の中ではかなり知られてるんじゃないかな?」


 つまりは、悪魔族の有名人が訪ねてきたわけだ。いや、全然知らないし、嬉しくも何ともないんだけど。


「ふふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。悪さはしないから。ただね、ちょっとお願いがあるの」


「お願い?」


「うん、ちょっと私の実験に付き合ってもらえない?」


 そういい終わると同時に、アスモデウスから黒に近い緑色の霧が拡散された。


 これは————毒霧か!?


 前に毒霧を使う悪魔族を倒したことがあった。あの時は毒を思いっきり喰らって、フィルレスに治療してもらったのだ。そういえば、周りの悪魔族も巻き添え食っていた。


 この部屋だけに結界を張らないと、ベリアルとグレシルが毒霧を喰らってしまう……!

 瞬時に聖神力を解放して一ミリも毒霧を漏らさないように、部屋の中に強めの結界を張った。


 何だコイツ! 危なすぎるわ!! いきなり毒霧ぶちかます奴と、お近づきになりたくないんだけど!?


「はぁ……いいわねぇ、黒髪にアメジストの瞳が光って美しいなぁ。しかも結界張るまでの時間がほんの一瞬なんて、やるじゃない」

 

 うっとりしながら訳のわからんことを言うな! こっちはすっっごい迷惑だ!! ……コイツ頭のネジが五、六本ぶっ飛んでるんじゃないか?


「で、この毒霧で俺を殺す気か?」


「だから言ったでしょう? 実験よ。殲滅せんめつ祓魔師エクソシストに毒霧がどれくらい効果的なのか知りたいの。だって貴方に効けば、他の人族にも効果覿面こうかてきめんでしょう?」


「ろくでもない実験だな」


「うふふ、それにね、私、貴方に興味があるの」


 いや、本当にお願いだから、興味なんて持たずにそっとしておいて欲しいんだけど……! てか、コイツいつまで人のベッドで寝っ転がってんだ!!


「俺は興味ない」


 一言だけで返して、アスモデウスをベッドから避けるべく、刀を素早く突きだした。


「あぁ、そんな冷たい態度もステキね。ベリアルとグレシルの気持ちが少しだけわかるなぁ」


 俺の突きを軽々よけて、ベッドの後ろにふわりと降り立つ。

 コイツ、今までの悪魔族より断然強い。格が違う。こんな奴がいたのか……今後のためにも灰にしておくか。

 強烈な殺気を放ち、黒い刀に紫雷をまとわせる。


「……っ! すごい殺気ね。ちょっとゾクゾクしちゃうなぁ。でも、いつまでかな?」


 部屋の中は毒霧で充満している。延々と放出されているから、かなりの濃度だ。息を止めない限り、毒も一緒に吸い込んでしまう。


「ちなみに、この毒は肌からも浸透するタイプだから。ふふふ、そろそろ効果出てきたんじゃない?」


 アスモデウスは嬉しそうに瞳を輝かせ、俺の様子をうかがってくる。だんだんと苦しくなってきて、カーペットに膝をついてしまった。




「レオン様? レオン様! 何かあったの? ちょ、この結界なんなの!? ねぇ、私じゃ結界これ破れないから! 開けて!!」


 その時、扉をドンドンと叩きながら、焦った様子のベリアルの声が聞こえてくる。

 クソっ、なるべく遠ざけていたかったんだけどな……殺気を感知してきたのか。


「っ! ベリアル来るな! 毒霧だ、下がってろ!!」


「毒……霧? まさ、か」


「グレシルも連れて城から出ろ! それが、今の俺の『願い』だ!!」


 扉の向こうで小さく「わかった」と呟き、ベリアルの気配が消えた。これで少しは無茶しても、あの二人に被害は及ばないはずだ。


「さすが殲滅せんめつ祓魔師エクソシストは紳士ねぇ。でも、そろそろ意識が混濁してくる頃かしら?」


 アスモデウスはニタリと笑いながら、優雅な足取りで膝をついている俺の目の前にやってくる。


 クソッ! 毒霧吸い込まないようにしてたのに、大声出したから思いっきり、肺まで入ってきた! うあぁぁ、やっちまった……!!


「ふーん、貴方すごいわねぇ。私の毒を喰らっても身体が腐らないんだ……ちょっと調べたいから腕一本いただくわ」


 そうしてゆっくりと手を伸ばしてくる。

 俺はその腕をガツッと掴んだ。そしてギリギリと力を込める。ベリアルとグレシルの気配も遠くまで行ったし、もう大丈夫だな。


「えっ……! なに!? いっ、痛っ!! きゃぁぁ!!」


 アスモデウスの腕を離し、俺は聖神力を全方向に解放する。バリンッと結界が破れたのと同時に、紫雷が四方八方に走っていった。壁や扉、窓は吹っ飛び、部屋にこもっていた毒霧はきれいに霧散してゆく。


 至近距離で聖神力を喰らったアスモデウスは、肩で息をしながら掴まれていた腕に手を添えていた。加減しなかったから、もしかしたら折れているかもしれない。

 でも、それよりも、何よりも————

 


 もう限界だ、今すぐ空気を入れ替えたい! 新鮮でキレイな空気を俺にくださいっっ!!




「————っは! ぷはぁぁぁっ! は——、ようやく息できる!!」


「なっ、なに? 毒……え? 効いて……ない?」


「お前な! 他の奴がいるのに毒霧使ったらダメだろ!!」


 アスモデウスは空色の瞳を大きく見開いて、ワナワナと唇をふるわせている。どうも俺の言葉は届いていないようだ。

 本当にコイツは迷惑すぎるうえに、人の話も聞かないのか!?


「ウソだわっ! なぜ毒霧が効いてないの!?」


「あぁ、俺に毒は効かないんだよ。前に毒喰らったからオート回復するように聖神力使ってんの」


 それ以外にも麻痺や暗闇なんかの、ひとりで戦う際に危険なデバフにもオート回復するようにしてるけど……そこまでは言わなくていいよな?


「そん、な……こと人族ができるわけ……ない」


「いやいや、他のやつは知らないけど、実際に俺ができてるから」


「たけどっ! 少しは効いているのでしょう!? さっきは膝をついていたじゃない!!」


「あれは! なるべく毒霧を吸わないように、息を止めつつ動いてたから、ちょっと酸素足りなくてクラッとしたんだよ! だってさ、毒全般キライなんだ!! あんな後味の悪いもん吸い込みたくなくて、息止めてたんだよ!!!!」


「後味!? 息……止め……?」


 毒は喰らっても即回復するのでダメージは受けないけど、後味がめちゃくちゃ悪いんだ。ビリビリするし、苦くてエグ味があって、しばらくは飯もまずくなる。


「さて、ベリアルもグレシルも避難したから、まだやる気があるなら付き合うぞ?」


 バサリと六枚の黒い翼をはためかせる。まだ口の中がおかしい……今日の晩飯までに回復するだろうか?


「後味…なんて、初めて言われた……考えたこともなかったなぁ。……ふふ」


「一回味見してみた方がいいぞ。マジでヤバいから」


「ふふっ……味見って! 毒を味見? あはははっ! あっはっはっは!! 貴方、面白いこと言うわねぇ!」


 アスモデウスは腹を抱えて笑ったあと、涙目になりながら穏やかな笑顔を向けてきた。


「…………こんなに笑ったのはいつ以来かしら。そうね、よくわかったわ。ねぇ、ひとつ提案なんだけれど」


「提案ってなんだよ?」


「私とを結んでもらえない?」


「仮契約……? そんなのあるのか?」


 アスモデウスはポンッと青白く光る仮契約書を出してきた。よく読むと契約期間が短く、悪魔族からも契約解除できる内容だった。

 仲間に毒攻撃をしないという項目を追加して、危険な項目は削除させる。あとは問題なさそうなので、仮だしサクッと契約する。



「で、対価はどうする?」


「ふふふ……レオンが私の研究に協力することでどう?」


「…………一応、なんの研究か聞いていいか?」


 ものすごく聞くのイヤだけど、聞かない方がもっと恐ろしい気がする。



「後味のいい毒の研究よ。レオンにしか頼めないしねぇ?」



 ですよね——、やっぱりそうですよね——。結局のところ、俺で実験するんじゃねぇか……せめて、飯の前だけは避けてもらおう。

 まぁ、仮だしなと自分を納得させるレオンだった。


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