「 」
仲仁へび(旧:離久)
第1話
リビングを掃除していると、チャイムが鳴った。
かけていた掃除機を中断して、玄関の扉をあけると急いた様子の息子が飛び込んできた。
翔太が学校から帰ってきたのだ。
「母ちゃん、ただいま!」
「翔太! ちゃんと手を洗いなさいよ!」
「分かってるよ!」
ばたばたと廊下を走っていく。
私はため息をつきながら、また掃除機をかける作業へ戻っていった。
翔太は今年小学三年生になった。
やんちゃで活発で落ち着きがないから、毎日先生を困らせているそうだ。
授業参観の時は大人しくしていたが、普段は教室を走り回っているのだとか。
家庭訪問や保護者会の時、先生からそう教えられた。
何かを乱暴に放る音。次いで玄関が閉まる音がした。
帰ってきた翔太は手洗い場で手を洗う事なく、ランドセルを玄関口に放り出して。また外へ出ていったようだ。
「まったく」
無駄だと分かっていても、愚痴を言いたくなるのはやんちゃ盛りの子供を持った母親の特徴だと思っている。
おそらく、友達の家に遊びにいったのだろう。
将来はプロサッカー選手になるんだと言ってはばからない翔太は、同じサッカー好きの友達と特訓と称して毎日ボールを蹴り上げている。
そこで私は「あっ」と声をあげる。
シロの散歩があるのに。
学校から帰ってきたら毎日やるように言っておいたのに。
川原に捨てられていたシロを飼うとなった時、翔太と約束したはずだ。
窓から庭をのぞくと、可哀そうなシロが犬小屋から顔をだしながら「散歩はまだ?」と辺りを窺っているところだった。
遅くなるようだったら、私が代わりに行かなければならないだろうか?
いや、甘やかすのはだめだ。
教育上よくない。
翔太が、何でも中途半端にする子に育ったらどうするのだ。
母親としてきつく言ってやらなければ。
スマホに電話をかけて呼び戻そう。
そう決心したのだが、間の悪いことに誰かが尋ねて来た。
チャイムの音に「はーい」と返事をして出ていく。
近所の渡辺さんだ。
その手には回覧板。
また?
ついこないだも回ってきたのに。
私は内心でげんなりしつつもにこやかに対応しながら、それを受け取る。
愛想のない奥さんだなんて思われたら大変だ。
どんなところが影口の原因になるかわからない。
子は親を見て育つというし、私のせいで翔太が近所でいじめられるようになったら。
考えすぎかもしれないが。
子供ができてから、ずっと生活の中心に翔太がいたたから、ついつい何でもそういった目線で考えてしまう。
回覧板の内容をチェックしていた私は、すっかりスマホの事を忘れてしまっていた。
夕食作りのためにダイニングに立った私は、鼻歌を歌いながらフライパンの炒め物を箸でかきかきまぜていた。
今日は散歩をさぼった罰として、メニューは翔太の苦手なピーマン尽くしになっている。
泣きそうな翔太の顔を思い浮かべると、少しだけすっとした気分になる。
これが反抗期だったら大変だろうけど、翔太はまだ子供。
少し生意気しても、私がちょっと叱るだけでしゅんとするのだ。
そういう所は夫とよく似ていて、二人とも可愛いと思っている。
私の負けず嫌いな性格はどうやら遺伝しなかったよう。
男の子だからその点は少し不安。
もしもプロサッカー選手になるんだったら、負けん気は重要になるだろうに。
壁にかかった時計を見上げる。
そろそろ翔太が帰ってくる頃だ。
フ ライパンの中で良い焦げ色がついてきた野菜炒めを満足げに眺めていると電話がかかってきた。
火を止めて、コール音が鳴りやまなうちにと急いで電話に出る。
「翔太君のお母さまですか? あの、落ち着いてよく聞いてください。お宅の息子さんの事ですが……」
私は受話器を取り落とした。
翔太は友達の家から帰る途中、飲酒運転の車が起こした事故で亡くなったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます