「ありえない」高校生3人の「なんてことない」日常

もりすや蒼

出会いにも満たない邂逅

蓮見雅樹のその朝は、やたらと元気な友人の声で始まった。

「今日、何時に行く?一緒に見て、そっから打ち上げで遊ぼうぜ!」

「何時も何も、まだ6時じゃねえか…」

発表は9時からだし、近くではあるが別の学校を受験しているので一緒に行く理由もない。

そもそも発表もネットで確認するつもりだった。

だが、電話口の相手にはその気は一切ないらしい。

「せっかくだし、その場のリンジョーカン?大事にするもんだって!」

どちらかが落ちてたらどうするんだ、と言ったところで聞きそうもない。

代わりに大きな欠伸をひとつこぼして、蓮見は9時に駅前でと場所を指定したのだった。


着いてみれば意外と現地で見たい学生は多いらしく、高校の掲示板前には生徒とその家族らしき人がわらわらと集まっていた。

先に友人の受験校へ立ち寄り合格を確認したせいか、無駄に緊張している気がする。

「えっと、番号が167だから…」

「こっちの学校、やっぱ人数多いな。」

友人と細かく並んだ数字を見上げ、番号を探す。


それとほぼ同時。背後のざわめきが一瞬にして静かになった。

「…?」

何かあったのかと振り向いて、蓮見も同じく言葉を失う。

人々が振り返る真ん中を歩いてくるのは、驚くくらいの美女だった。


長く伸ばした黒髪を靡かせて、少しキツめの瞳で掲示板を見つめて歩いている。

色白で、背が高くて、コートの上からでも分かるほどの細い身体。

顔立ちも"人形のように2という表現がこんなにも合う人物は居ないだろうと思えるほど整っている。

周りが黙るのも納得だ。ここまで綺麗だと逆に怖い。

が、本人はそれを気にする様子もなく堂々とした佇まいのまま足を進め…



――――ゴッ!!



掲示板前の階段の段差に躓いて、コケた。

辛うじて手は付いていたが、身体の全面を地に打ち付ける盛大な転びっぷり。


『『『………。』』』


先程とは違う意味で周囲が静まり返る中、彼女は転んだまま顔を上げて番号を確認すると小さくガッツポーズをして立ち上がった。どうやら合格していたらしい。


来た時と同じように堂々と歩いて立ち去るが、周りの全員が心配して見守っているのを気配で察する。あれだけ全力で転べば無理もない。


「美人が残念に転ぶってすごいな…」

「うん…」


友人と何とも言えない言葉を交わし、蓮見は再び自分の番号を探し始めたのだった。



+++++++++++


掲示板に自分の番号を無事に見つけた長谷由貴也は、そのまま電話で両親に連絡を入れた。

『おめでとー!ならそっちで合流して、部屋探ししたあとにご飯でも食べよっか。』

母親の言葉に了解の返事をして、待ち合わせ場所にした不動産屋へ行くため校門へ向かう。

ピアノの特待生で学区外の高校を受験したので、春からは一人暮らしだ。

特待生枠で合格できたけれど、両親に負担を掛けてしまうのが申し訳なくもある。

構わないと言ってくれるのが分かるから尚更だ。


「美人が残念に転ぶってすごいな…」

「うん…」


ふと、歩いている最中に聞こえた見知らぬ声にこっそり笑ってしまう。

合格発表の場に現れた美女。あそこまで盛大に転ぶとは思わなかった。


「それより、お前は?番号あった?」

「いや、いま探して…あ!あったあった!!」


同じ声で発せられた喜びの言葉に、長谷は思わずそちらを向いた。

何の気はない。お互いにおめでとうとそれくらいの気持ちで。


『…これはまた。』


先程の美女ほどインパクトはないが、声の主もなかなかに整った容貌の持ち主だった。

まず何より背が高くて身体つきがいい。自分も一応178cmはあるが、目線が一つ上なので185cmくらいだろうか。

無造作に跳ねるようにセットされた黒髪と、ぱっちりとした目で愛嬌がある。

いかにも「少年」という感じで同世代から人気が出そうだ。

自他共に認める細身の女顔の自分とは正反対で、少し羨ましく思う。


『いいな、ああいうの。』


見た目についてコンプレックスはあるが同時に諦めてもいる。

せめて高校で男らしい体格になればと期待するばかりだ。


「昼飯、肉にしてもらおう。」


小声で呟きながら大きな木々に覆われた門をくぐると、長谷は駅前へと足を向けたのだった。


+++++++++++


「………いや、普通に痛えよ。」


駅前のバス停に設置されたベンチに座り、由井夏生はデニムの裾を捲っていた。

幸いにして血は出ていないが、打ち付けたらしい場所が赤くなっている。

もしかしたら痣になるかもしれない。


合格発表の場であんなに転ぶとは思わなかった。

自分に呆れかえると同時に、少しだけ安堵もしている。

中学時代と比べて、一挙一動に何かを言われることはない。

ここには自分を知っている人も、根拠のない話を信じている人もいないから。


『あとで、メッセージくらい入れてもいいよな。』


スマホの画面を見ながらため息を吐く。まだ電話を掛ける勇気はなかった。


代わりに時間を確認すると従兄たちが迎えに来るといった時間までしばらくあった。

駅のコンビニで時間をつぶすか…転んだなんて言ったらまた笑われるんだろう。


そんなことを考えながら顔を上げると、ロータリーを歩く人影が目に入った。

長めに伸ばした、さらさらとした茶髪。さっきの合格発表で見た気がする。

遠目から見ても分かるほど背が高いが、何故か女性的な印象が強い。シルエットが細いせいだろうか。あと顔立ちもか。

あの場で見た時には左目の下にホクロがあった。男なのに色気があるな、なんて思ったっけ。

切れ長の目と自分ほどではないけど色白の肌。美人だよな、と素直に思う。


同じく待ち合わせをしていたのか、停まっていた車に乗り込んで彼はその場を去った。

制服で来ていたけれど、見覚えのない学校のものだった。

自分と同じ、学区外や芸術、スポーツなどの特待生かもしれない。


「あれでバイオリン弾きますって言われたら納得すんなー…」


絶妙に外した予想をしながら伸びをしたところで、電話が着信を知らせる。

画面を見ると、最年少の従兄からだった。


「はい、もしもしー…」


ベンチから立ち上がり、見慣れた車を見つけると由井はそちらへ小走りに向かった。



+++++++++++


この日、それぞれに印象を残した3人が改めて出会うのは入学式。

その時まで、この日のことを覚えているかは本人たちすらまだ知らないこと。

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