第31話「特別な存在」
「はぁぁぁ!!!!」
夢は最後の一匹のサイレントウルフの首を切断する。断面にヤケドシソードによる燃焼の跡が刻まれる。夢達に襲ってきた脅威は全て消し去られ、安寧の象徴である静寂が返ってきた。
「よくやった、夢さん。だいぶ武器の使い方にも慣れてきたね」
「ありがとう。中ボス相手にできるくらいには強くなったかもね♪」
メガネをクイッと持ち上げ、胸を張る夢。強くなって透井の支え無しでもモンスターを倒せるようになることも、彼への恩返しの一つだ。更に特訓に励もうというやる気が沸いてくる。
ふと、透井の背後に目をやる。凍り付けになったモンスターの死体が2,3匹転がっており、またもや考えたくない可能性を脳裏にちらつかせてくる。
「そ、そうだ! 卓夫君、頭の調子はどう?」
「それ、煽ってるのでござるか?」
「そうじゃなくて! 髪の毛の話!」
「あぁ、もう慣れたでござるよ」
夢は自信の思考を反らすべく、卓夫に話を振る。卓夫はフサフサの頭髪を片手で撫でる。ハルが彼のために急遽開発した育毛剤『モジャモジャンジャン』により、禿げ頭となっていた彼の頭髪は見事に復活した。2,3滴振りかけただけで一瞬で生えてきたため、効果は絶大だ。
「まぁ、髪は頭への衝撃を守るためにもあるらしいからな。その方がいいだろ」
「フフフ……香李ちゃん、どうでござるか? 我の真の姿」
「キモい」
「のぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
いつも通り香李の罵倒を食らい、崩れ落ちる卓夫。まだまだ彼女への思いは届くどころか、徹底的にかわされているようだ。
「……」
香李は横目で涙に暮れる卓夫を見つめる。若干の罪悪感が魚の小骨のように心に刺さる。
彼の抜け落ちた髪は、自分をベネジクトの毒液から身を呈してで守ってくれたことの証だ。無下な態度を維持することに自分自身が辛くなくなってきた。もう少し優しくしてやるべきだろうか。
「とにかく、明日も修練に励むわよ! 打倒イワーノフ! アルマス達と方を並べられるくらいのギルド目指して頑張りましょう!」
「おう!」
「えぇ」
「え? このまま次のパート行くのでござるか……我の扱いよ……」
* * * * * * *
「疲れたでござる~」
俺達はエトニック地方の繁華街を歩く。路地裏にジゲンホールを作るようにハルさんに言ってあるため、そこへ向かう。
次元は違えど並行世界ではあるため、この世界で過ごした時間の分だけ、現実世界でも時間が経っている。いつまでもハルさんを機械の前で座らせておくわけにはいかない。
「ふぅ~、それにしても汗かいちゃった」
「……///」
夢さんがジャージの襟元を指先で緩める。首周りが少々露出し、汗でベタついた肌が見える。なぜか色っぽく見え、俺は気付かれないように目線を反らす。自分の反応からして、彼女を異性として認識しているらしい。
やはり、彼女と知り合った時からこればっかりだ。
「あ、見て、温泉っぽい建物があるよ!」
「おぉ~、美人いるでござるか?」
「卓夫、キモいよ」
「ぐほっ!?」
夢さんが指差す先に、煙突から白い煙を上げる和風の建物が建っている。武器を抱えた多くの勇者が入り口の暖簾を潜っていく。皆日々の冒険や仕事、クエストやトレーニングなどでかいた汗を流しに行くのだろう。
「私達も行こうよ!」
「うむ、よいであろう!」
「うん」
夢さんに付いていく卓夫と香李。すっかり一つのギルドになったつもりで、皆の先頭に立って率いていく。
彼女からは自然と付いていきたくなるような魅力を感じる。恐らく彼女の漫画の趣味を面白いと思えるからだろうが、それを抜きにしても彼女をいとおしく思う自分がいる。
「ほら、透井君も行くよ」
「あぁ」
俺は彼女と共に暖簾を潜った。
「……///」
「……///」
マジか。本当にマジか。夢さんの白い肩が近い。一歩分踏み出したら触れてしまう距離にある。俺はなるべくやましい気持ちがないことを表明すべく、目線を反らして関心がないふりをする。
言っておくが、俺が女湯に忍び込んだわけでも、彼女が男湯に忍び込んだわけでもない。だが、俺達は同じ浴槽に浸かっている。こんな恥ずかしげな状況が示す事実は、読者なら容易く理解できるだろう。
そう……
「まさか、混浴しかないなんてね……」
「すまん……夢さん……」
「い、いいよ……私が言い出したことだし……」
ほとんどの勇者が何の抵抗もなく男女仲良く同じ風呂場に向かっていく光景に、俺達は衝撃を受けた。当然俺は異性と混浴をしたことがないし、夢さんだって年頃の現役女子高生なわけだから、そんな経験は皆無だろう。
だからこそ、それなりに成長した女性の肌を直近でまじまじと見つめる機会なんて、恥ずかしいことこの上ない。
一応裸を見られるのが恥ずかしい人のために、風呂場用の水着の貸し出しをしていたため、俺達は全員着用して湯に浸かっている。だが、それでも夢さんと一緒に風呂に浸かっていると考えると、羞恥心が何度も沸き出て収まらない。
「それに、ユキテルきゅんと一緒に入れたと思えばむしろ眼福だわ……ふへへへ……」
「……」
またユキテルのことだ。先程から体をくすぐっていた羞恥心が、あっという間に消え去ってしまった。
「……そんなに好きなんだな、ユキテルのこと」
「当たり前よ! ユキテル君はね、特別な存在なんだから! 何てったって、彼は心臓が右にあるのよ!」
「へ?」
再び唐突に彼女のユキテル自慢が始まった。熱が上がるとすぐ長話を始める。まぁ、彼女の話は嫌いじゃないからいいんだが。それにしても、今まで聞いたことない設定が飛び込んできたな。心臓が右にあるとか。
「シュバルツ王国ではね、右側に心臓がある状態で生まれた人間は、神様から特別な力を授けられた神聖な存在だと言われてるの。作中でユキテル君が語ってたから、彼は特別な才能を秘めた天才なのよ!」
夢さんは男と混浴状態という現状を忘れ、夢中で推しキャラについて語る。まだ彼女ほど原作を読んでいないため、話に付いていけない。自分の未熟さをここでも実感させられる。
彼女も自分の羞恥心を忘れるために熱心に話しているんだろうが、俺と一緒にいる時に別の誰かのことを話題にされると少々寂しいな。
……って、何考えてんだ俺は。夢さんが誰の話をしようと、彼女の自由だろうに。
「いいわよねぇ~。選ばれし特別な存在って響き。ユキテル君はあの神々しさも魅力の一つなの♪」
人間は通常胸の左寄りに心臓が位置するが、ユキテルのような選ばれた人間は特別な才能を秘めており、夢さんを魅了する。一般的な常識から逸脱した特徴があるだけで、特別感が増してちやほやされる。
……夢さんは、俺のことをそういう風に見てくれていないのだろうか。
「夢さん」
「ん?」
俺は夢さんの右手を握った。
「夢さんは、俺のことどう思ってるの?」
「え、え……?」
重なり合った俺達の右手から、湯が滴り落ちる。それは、彼女の心に届かない俺の感情のようだった。彼女はいつも俺の存在をユキテルと重ねて見ている。だが、俺を俺自身として見てくれたことは、多分ない。
「ユキテルが夢さんの推しなら、俺は何なの? 夢さんにとって、俺って一体何?」
今握った夢さんの小さな右手。これを今俺の胸に当てないと、彼女は気付いてくれないのだろうか。先程から俺の心臓の鼓動が鳴り止まず、内心ドキドキしているということを。
ユキテルの心臓が右側にあるから、彼は夢さんにとっての特別だった。だとしたら、心臓が左側にある俺は、夢さんの特別ではないのだろうか。それを確かめるために、夢さんの手を俺の胸に当てたら、彼女もドキドキしてくれるのだろうか。
「ど、どうしたの? 急に……」
夢さんが動揺している。俺の咄嗟の行動に驚愕している。俺だって正直自分でも何やってるんだろうと呆れている。だが、あまりにも彼女の心を虜にするユキテルに嫉妬し、夢さんの特別になりたいと願ってしまっている。
そう、俺は嫉妬していたのだ。俺にそっくりなくせして、俺より夢さんを魅了するユキテルの存在に。
「夢さん、答えて……」
行き場を失った夢さんの右手を掴む俺の右手。彼女を困らせてしまう俺は、困ってしまうくらい単純な思考に陥っていた。
俺はいつの間にか、彼女のことを……。
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