第22話「誓い」



「いやぁ、もうあなた達は最高です! アルマスの炎の魔法はものすごく素敵だし、ローダンの強気だけど繊細なところが人間臭くて好きだし、ドロシーの男勝りだけど可愛い一面もあるところが魅力的だし、ダリアの気弱だけど一生懸命なところが応援したくなるし、それから……」


 夢はブツブツとアルマス達の前で、本人の魅力を語り始める。本物の主人公達と対面し、驚くほど心が浮かれてしまっている。彼らの活躍は第1巻から追っており、鮮明に記憶しているのだ。


「ちょっ、君……なんでそこまで俺達のこと知ってんの……?」


 ローダンが夢の語りに寒気を感じる。彼らは夢達が漫画の外の現実世界からやって来たことを知らず、初対面である。にも関わらず、まるで今まで冒険を共にしてきたかのように詳細に語っている。ストーカー張りの認知度だ。


「あー、えっと、気にしなくてよい。彼女はただのファンでござるよ」

「ただのファン……?」


 両者の間に入り、卓夫がごまかす。ただのファンという言葉で片付けられるほどの認知度でないことくらい、アルマス達には分かっていた。しかし、深く追及しない方が身のためだと、本能が脳内に訴えかける。


「自分を抑えるでござる、夢殿! 怪しまれたらどうするのだ!」

「ごめんごめん、ついうっかり……」


 本人達には聞こえない小さな声で、卓夫は夢に忠告する。憧れのキャラクター達に出会い、ついテンションが上がって語ってしまった。彼女の悪い癖である。物語や人物に悪影響を及ぼさないよう、自分達の存在や現実世界のことは伏せなければいけない。


「そ、それじゃあ、今日はもう疲れたし、この辺で……」

「あ、うん。気を付けてね」


 無事助けられたことに感謝し、そろそろ現実世界へ戻る頃合いだろう。夢達は別れを告げ、その場から離れる。




「……みんな!」


 それでも何か言い足りず、夢は戻ってアルマス達に告げる。


「な、何?」

「必ず……イワーノフを野望を食い止めてね。私達も力を貸すから。次はもっともっと強くなって、みんなと一緒に戦いたい!」


 夢は助けられたお礼に、せめて彼らの目的を達成するための手助けを望んでいた。すなわち、イワーノフを倒し、彼の脅威からシュバルツ王国を守ること。

 アルマス達と比べたら自分はまだまだ弱い。ましてや魔法など使えない現実世界の人間だ。それでも今まで漫画を読み、人生を豊かにし、勇気を与えられたことへの感謝も込め、夢は思いを口にした。




「……そうか、ありがとう。すごく嬉しいよ。一緒に頑張ろう!」


 アルマスは爽やかな笑顔を向けた。「応援してくれるだけで十分だ」とも「お前達には無理だ」とも言わなかった。同じ目的や意思を持っている限り、共に立ち向かう仲間だ。彼の瞳がそう語っていた。


 その真っ直ぐな姿勢が、アルマスの何よりの魅力だった。








「お帰り。みんな大丈夫だった?」

「本気で死ぬと思ったでござるよ……」

「あぁ……」


 ジゲンホールから戻ってきた夢達。透井と卓夫は疲労のあまりその場に座り込んだが、夢は収まらない興奮をハルに吐き出した。


「聞いてください! 主人公のアルマス達に会ったんです! もう最高にカッコ良かったです! あのジョートホールのメンバーとご対面できるなんて~♪」

「それは良かったわね」


 初の戦闘と死の危機、そして主人公達との対面という非常に濃い体験をした夢達。様々な感情がまるでジェットコースターに揺さぶられるように、胸の内で暴れていた。改めて、漫画の世界を実現させてくれたハルに感謝した。


「それに、ヤケドシソード大活躍でしたよ! ねっ、透井君!」

「え? あ、あぁ……これなら俺達でもモンスターと互角に戦えますね」

「透井殿の場合は一方的であったがな……」


 ヤケドシソードという武器の性能も確かめられ、夢達もようやく本格的に戦闘が可能になってきた。魔法が使えずとも、武器の性能でモンスターと戦いやすくなった。自分達も本物の勇者になれたような気がした。


「よーし、そうと決まったら、早速……ん?」


 夢は研究室のドアが若干開いていることに気が付いた。隙間からは香李が顔を出し、ジト目で夢達の楽しそうな光景を眺めていた。


「あっ……」

「香李……」


 ハルも香李の存在に気が付いた。自室にこもって課題を進めていた香李だったが、どうやら気になって覗きに来てしまったらしい。あまりに夢が楽しそうに語る姿を見て、不覚にも少しばかり興味が湧いてしまった。


「香李ちゃん、オトギワールドはものすごく楽しいよ。一緒に漫画の世界、体験してみない?」


 夢は香李に寄り添い、優しく微笑んで提案した。いつまでも意地を張って母親の発明品を馬鹿にするのではなく、共に楽しみ合いたい。夢だけでなく、香李自身も内心考えてはいた。




「……ちょっとだけなら、いいよ」


 夢の差し出した手が、香李の硬い心を若干暖めた。


「やった~! シュバ大のファンならそうこなくっちゃ! 香李ちゃんも命懸けの戦闘、楽しみましょ!」

「は? 命懸け!? 何それ! そんなの嫌よ!」

「ダ~メ! 香李ちゃん『いいよ』って言ったも~ん♪」

「ちょっと! 夢っ!」


 夢は香李に抱き付いてじゃれる。内容は殺伐としているが、共通の大好きな作品で巡り合えた縁が、一人の少女の冷たい殻をこじ開けた。香李も少々心配が入り交じるが、勇気を出して提案に乗ることができて安心していた。


「さぁ、みんなで頑張って強くなって、アルマス達のために戦いましょ~!」

「嫌でござるー!」

「何よそれ……」



「……」


 拳を掲げる夢を前に、透井はまたもや複雑な心境でいた。夢がこうして燃えているのは、アルマス達のためだ。はっきりと口にしている。本物の漫画の主要キャラクター達に出会ったことにより、意識がそちらへ持っていかれている。


 それが不服でたまらない自分が違和感だ。なぜ夢にあらぬ願いを抱いてしまうのだろう。以前のように自分を見てほしいなど。


「俺も……」


 自分ももっと強くなり、夢を守り続ければ、彼女はまたこちらを振り向いてくれるだろうか。もちろんユキテルと瓜二つの存在としてではなく、一人の透井という男として。そう考えた透井の決心も燃えていた。


「俺も強くなって……夢さんを……」


 自分が教室で孤立していた彼女を救ったように、もう一度彼女を脅威から守ってやりたい。透井は夢の笑顔を眺め、火力の失くなったヤケドシソードを握り締めた。








「先生! 先生!」


 愛知県某所。ある男が原稿を持っての作業部屋へ駆け込んでいった。切羽詰まった表情で分厚い封筒を抱えている。


 ガチャッ


「先生! ……って、何してるんですか?」

「何って、見ての通りよ」

「分かりません。ここは小説なので、読者には伝わりませんよ」


 男が勢いよく部屋のドアを開けた先で、一人の女がヨガマットの上でブリッジ状態になっていた。そこそこ膨らんだヨガウェアの胸元が、男の頬を赤く染める。


「ストレッチ。長々と机で描いてるとどうも体が……」

「僕が変な気を起こさないうちに中断してください」

「へ、変な気って……まさか……」

「冗談ですって! いいから僕の話を聞いてください!」


 男の叫び声に驚き、女は背中をマットに打ち付けた。すぐさま正座して話を聞く。


「な、何? どうしたの……?」

「どうしたのじゃありませんよ……」


 男がため息をこぼし、汗を拭う。男の前で慌てる女性は誰あろう、シュバルツ王国大戦記の原作者、LOVECAラブカである。そして、男は月刊コミックレジェンドの編集者。LOVECAの担当編集者だ。


「先日先生からいただいた原稿の件です!」

「あぁ、私も少し展開を引き延ばしすぎたとは思ってるんだけど、でももうすぐ山場は来るから……」

「そんなことはどうでもいいんですって!」


 男は封筒から原稿を取り出し、LOVECAに見せた。LOVECAが先週描き上げたシュバルツ王国大戦記の最新話だ。


「一体何ですかこの原稿は! 聞いてた話と違いますよ!」


 


「え、何……これ……」


 原稿の内容を読み返し、LOVECAは言葉を失った。


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