泥臭さ

 現在、わたしはウル王女の経営するスパに来ています。

 困ったときは、敵情視察ですね。

 敵ではありませんが、取材にはなるでしょう。


「はーあ」


 お風呂に入りながら、考え事をします。

 入浴中は、頭の回転が良くなると聞きますからね。

 でも、のぼせそうです。


 直接ウル王女に相談できればいいのですが、守秘義務というものがありまして。


「どうしたものでしょう」


 それにしても、貴族たちが多いですね。

 値段も、割とお高めです。

 彼女は、貴族を嫌っていたはずでは?


 作業員さんが、お掃除に来ましたね。

 スポーツウェア姿で、桶や蛇口をきれいに磨いています。


「ん?」


 よく見ると、知り合いによく似ています。


「あ、ウル王女?」


 わたしが呼びかけると、従業員さんが振り返りました。


「ち、違いますわ。わたくしはただの掃除係ですわ」

「従業員さんは、そんな話し方をしませんですわ」


 お風呂のヘリに腕をもたれさせて、わたしは指摘をします。


 ウル王女が、頭に巻いた手ぬぐいをほどきました。

 汗がダラダラと流れています。


「どうしてこんなことを?」

「抜き打ちのテストですわ。作業員さんが手を抜いていないか」


 そんなことまでやるんですね。


「定期的に変装して覗くのですが、特に問題がありませんわね。もっとトラブルが起きていると思ったんですけれど」

「少し、お時間いただけますか?」

「ええ、どうそ。今ちょうどお昼時ですから」


 王女のお昼休憩の時間を待って、わたしたちは備え付けのレストランへ。


 湯上がりなので、少し軽めにいただきます。


 ここのレストランは、少量のメニューを三つまで選ぶスタイルだとか。


 わたしは、プレートセットを頼みました。

 小さいドリア、レタスに乗ったポテサラ、デザートのコーヒー牛乳プリンをいただいています。


 どれも罪深うまい。


 王女の食べているローストビーフとお刺身も、捨てがたかったですね。


 ああーっ。「また来ましょう。次はアレを食べましょう」って思っちゃいますよ。


「おつまみのメニューが多いですね?」

「湯上がりといえばお酒、というリクエストが多かったので」


 以前はもっと、ドーンとステーキなどを出していました。

 が、美容目的の方が多かったらしく、見向きもされなかったとか。


「大失敗でしたわ。わたくしのようなオッサンめいた発想より、従業員の声に耳を傾けるべきですわね」


 スパと銭湯では、客の質が違ったようですね。


「少々重めに見える料理を小鉢で分けて、三つまで選べるようにいたしました。それでようやく、採算がとれるように」

「あなたでも、ミスをなさるのですね」

「当然ですわ。成功している姿しか見ていないと、ハングリー精神が養われませんもの」


 何かといえば試し、ことごとく失敗しているそうです。

 一割成功すれば、いいほうだとか。


「あなたですら、そのくらいですか」

「それでも、まだ成功している方ですわ。小鉢でお出ししているメニューも、本来あの倍の数があったのです。どれだけの料理が消えたか」

「成功の秘訣ってなんですか?」


 王女はしばらく考えた後、わたしをジッと見つめて言いました。


「この世界に、パーフェクトなんてないですわ。できたとしても、どこまでいっても、自己満足でしかありませんわね、常に追求し続けることしかありません」


 勉強になります。やはり試して確かめるだけなのですね。


「ごちそうさまでした。では、仕事に戻りますわね」


 お昼休憩が終わりだそうです。王女が立ち上がりました。


「それと、どうして貴族ばかりをターゲットにしたのです?」


 わたしが声をかけると、王女は振り返ってニカッと笑います。


「こちらが貴族ばかりを抱えておけば、銭湯の方が混雑しないでしょ?」


 そんなことまで、考えてらしたんですね。


「あの人はパーフェクトなんてないっておっしゃっていましたが、完璧じゃないですか」


 わたしは、プレートを見つめながら思案します。



 小分け、小分け……そうですよ!

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