オレンジジュースは、罪深《うま》い

「そうでした。やはり、取り壊しでしょうか?」


 聖職者にマークされているなら、浄化されているかも。


「何を言う? あんなウマい店、黙って潰すわけがなかろう」


 えっ。ということは。


「ワシが神に口添えして、残してもらったわい」

「え? あ、ありがとうございます」


 神様に直接お願いしたって言っていますが、この方は何者なのでしょう?


 ともあれ、あの店が続けられて何よりですね!


 お手洗いで労働者の少女に変装して、いざ店探しです。


 おっと、まだ変装がカンペキでないと指摘されましたね。

 足元に炭でも塗っておきましょう。


 時刻はもう、二〇時を過ぎています。本当なら帰る時間ですが、食事を摂るくらいいいでしょう。

「鑑定に手間取ったんですよー」とでも言い訳しましょう。


「あ、クリスさん!」

「おっと、ゴロンさん。こんばんは」


 通りを歩いていると、【出前ニャン】のゴロンさんが前から走ってきました。


「こんな遅くにパトロールですか。お疲れさまです」

「ああ、いえいえ。ちょっと」


 ゴロンさんに、事情を説明します。


「お店を探しているんですか?」

「そうなんです。この辺りで、おいしいキノコ料理はありませんか?」

「だったらグラタンですよ! パンにつけて食べるとうまいんですよ!」


 店の場所を教えてもらって、いざ出発です。


 ゴロンさんから教わったお店にたどり着きました。純喫茶です。


「ごめんください」


 店内は、やや薄暗い雰囲気ですね。お客さんもまばらです。

 常連さんでしょうか、カウンターにしか人がいません。お酒を出していますね。


 マスターらしきシワだらけの男性が、冒険者の中年男性と話し込んでいます。


「あの……」


 わたしはマスターに声をかけますが、向こうには聞こえていません。

 もしかして、一見さんお断りの店だったりして?

 それとも店じまいですかね? もう、夜も遅いですから。


 もっと声を張り上げようかと思っていると、パタパタとスリッパの音が。


「はいーいらっしゃいませー。一名様ですねー。こちらへどーぞー」


 太った中年女性が、笑顔で席まで誘導してくれました。


「ごめんなさいねーっ。主人もあのお客さんも、話すと長くってさー」


 言いながら、女性店員さんがおしぼりをくれます。

 この方は、マスターの奥さんでしょうね。


「キノコグラタンって、ありますか?」

「ございますよ。お飲み物は?」


 ドリンクのメニューを差し出して、奥さんが尋ねてきます。


「でしたら、オレンジジュースを」

「食前とお食事とご一緒、どちらで?」

「今すぐにください」

「はい。すぐお持ちしまーす。グラタンには、パンもおつけしますねー。ちょっとあんた! くっちゃべってねえで仕事しな!」


 奥さんが、カウンターに檄を飛ばしました。さっきまでの天使のような笑顔とは打って変わって、鬼のごとしです。


 慌てて、マスターが調理をはじめました。野菜を切っているのでしょう。リズミカルな包丁の音が鳴ります。


 知り合いを思い出して、わたしはクスクスと笑ってしまいました。ミュラーさん家も、あんな感じだったなと。


 常連さんらしき冒険者も、吹き出していますね。


 パンの焼けるいい香りがしてきました。なんだか、グッと来ますね。


「はいオレンジジュースです」

「ありがとうございます」


 当分は、このオレンジジュースでしのぎますか。ストローでチューっと。


 ああ、罪深うまい。


 洞窟の息苦しさと、探索明けのノドに染み渡りますね。


 教会にもジュースはあるんですけれど、ワインを模したブドウの汁なんですよね。酸っぱいだけでノンシュガー。

 それもまたおいしいんですけれど、あっちはほとんど味はなし。ブドウもあまり質が良くないんですよね。

 逆にノドが渇いちゃいます。


 さっき酒場ではお茶で我慢しましたが、ジュースくらいなら飲んでもよかったかも。


 グラタン、まだですかねぇ。

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