第1084話、皇帝はのんびりしたい
クルフは俺の後ろにいる。ジャルジーとアーリィーは前方に集中していて気づいていないようだった。
「クルフよ、お前を招待した覚えはないぞ」
「私も招待された覚えはありませんな」
しれっとクルフは言った。
「ただ、王都で観艦式をやるので、これはぜひにと思い、
来なくていいのに。俺は
「どうしたの?」
「ちょっと席を外す」
俺は、一言断りを入れて、一同から距離をとった。クルフもついてきた。
「紹介してはくれないのですか? ご一緒だったのは、奥様と、次の国王陛下でしょう?」
奥様――アーリィーは婚約者だよ。まあ、いずれはそうなるだろうけど。
「できればお前には紹介したくなかった」
「転移魔法を使えるから? ご安心を。武器を向けてこない限り、私があなたの親しい人間には手を出さないと誓います」
クルフは右手を上げて、誓いのポーズをとる。
「それを信じろと?」
「暗殺などの手を使ったら、あなたとの戦争が楽しめないではないですか」
「その言葉をどこまで信じていいやら」
「信じてください。少なくとも、この姿の時は、一騎士と思ってください」
クルフは苦笑する。
「そうは言ってもな。お前さんは、かの大帝国の皇帝。招待されるとしたら、あちらの
エマン王、パッセ王、ヴァリサ元女帝陛下、カレン女王など、豪華メンバーの中にいる立場である。
「私にもプライベートな時間というものがあるのですよ、団長」
クルフは、かつての十二騎士の時の顔になる。ただ、十二騎士といっても、同じ任務につく機会はほぼなかったが。
「あちらにいらっしゃる方、ヴァリサ女帝陛下ですよね? あの方もこちらの時代まで御存命とは知りませんでした」
意外に驚かれなかった。9900年も前の人間が生きていることに、普通なら
今の大帝国にも、あの時代の人間が何人かいるからなんだろうな。魔神機のパイロットたちとか、ね。
さて、ヴァリサについて、転移魔法で連れてきた、と説明すべきだろうか? ……別に教えなくてもいいか。
「あと、あのエルフ……あなたの従者にいたエルフに似ている」
「ああ、その子孫だよ」
「なるほど。やはり、あなたの周りには縁のある人物がいて楽しいですな」
クルフは相好を崩した。
「大帝国でも観艦式をやることがありましたら、招待しますよ、団長」
「いちおう敵国の人間だとわかってはいるよな?」
「ならば、私を憲兵に突き出しますか?」
クルフが挑むように言った。挑発のつもりなら、安すぎるぞ。
「冗談。不死身のお前さんを捕まえられるものか。無駄な努力と不要な犠牲はしない」
この皇帝陛下が、ひとたび剣を抜いたら、それだけで無双状態。殺せないだけに手に負えない。拘束しても、転移魔法ですぐに脱出するしな。
「
「そっちも出るつもりなのかよ?」
その祝勝会って、大帝国をやっつけました、やったぜ!を祝う会だぞ。負けたほうの皇帝陛下が参加するものでもない。むしろ、こっちがどうこう以前に、皇帝のほうが誘われてもお断りするほうだろうに。
「私も、一ゲストとして参加したいんですよ。一番偉い人だと、皆に注目されて楽しむ余裕などありませんから」
「そういうものかね。……悪さだけはしてくれるなよ」
無駄だとは思うが、一応釘を刺しておく。
「もちろんです。私は雰囲気を楽しみたいんですよ」
クルフは穏やかな表情で言った。完全にお客様気分でリラックスしていらっしゃる。
「さて、奥様や次の国王陛下に私を紹介してくれないんですか?」
「国王陛下にもご挨拶しておくか?」
「もしよければ」
近づいて、暗殺――という手でも考えているかもしれない。まあ、防御障壁をかけて不意打ちを阻止する対策は立てておくか。
「それで、どう自己紹介するつもりだ? 馬鹿正直に、大帝国皇帝です、とでも名乗るか?」
「ぜひそれをやって、相手の驚く顔が見たいですね。ですがそれをやってしまうと、祝勝会どころではなくなるでしょう。それは私も避けたい」
敵国の皇帝がのこのこ単独で現れたら、拘束しようとか、討ちとろうとかを考えるのが自然だ。だが先にも言った通り、そうなったら被害が大きいのはこちらなので、面倒どころではない。
「アポリト王国のクルフ・ラテーズとでも名乗っておきましょうか」
「『帝国』じゃないのか?」
「アポリト『帝国』は滅びましたからね」
「だな。だがアポリトはよろしくない。うちの嫁が、古代文明研究を趣味にしているから、一発で怪しまれる」
そのアーリィーが、ちらちらとこちらに向く。何を話しているのか気になっているようだ。
「古代文明研究とは、いい趣味をしていますね」
「皮肉かな、その古代文明の生き残りさん」
「では、バライオン王国の騎士ということにしておきます。……大帝国が初期に滅ぼした国ですが」
「お前も充分、悪趣味だよ」
俺は口元を
「そういえば、お前。アポリト本島、手に入れていたんだな」
鎌をかけてみれば、クルフは肩をすくめた。
「ええ、あれは私の秘密の庭として使っていますよ」
認めやがった。調査隊がアポリト本島を見つけられなかったのは、クルフが持ち出していたからで確定。
「どこにあるんだ?」
「さて、それはご自分で見つけてくださいよ」
そこは喋ってくれないか。会話の流れで、あっさりゲロってくれれば楽だったのに。
俺は、アーリィーとジャルジーに、クルフを紹介した。ベルさんが遠くから怖い目を向けてくる。おそらく彼も気づいたんだろうな。大帝国皇帝がここにいることに。
クルフは、元アポリトの十二騎士らしく、自然に振る舞った。ジャルジーは、すっと目を鋭くさせた。
「クルフ……大帝国の皇帝と同じ名前だな」
変なところで勘がいいのか、俺がドキリとしちまった。しかしクルフは、にこやかに応じた。
「バライオンは、ディグラートル大帝国の隣国でした。クルフという名前も、この地方ではさほど珍しくはないのです」
さすが中身が大帝国皇帝。ちょっとやそっとじゃ、緊張したりしない。
そうこうしているうちに、観艦式は終了した。夜からは王城にて祝勝会が開かれる。……何事もないといいんだけどなぁ。
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