第927話、戦勝会という名の生け贄と道連れ


 ジャルジー・ケーニゲン・ヴェリラルド公爵は、公式には現国王エマンの弟の息子である。


 だが実際のところ、彼はエマン王の息子である。アーリィーとは従兄弟ではなく、母親違いの兄妹という関係になる。


 もちろん、その事実を知る者は限られている。


 だから公式では、アーリィー『王子』が次期国王だったのだが、本来の性別である女であることが周知され、継承権のトップはジャルジーに移った。

 ヴェリラルド王国では男子が王になるというのが伝統であり決まりなのだ。


 アーリィー自身、王になりたいという気持ちはなく、王族内での継承権を巡る争いは消滅した。


 以前のジャルジーは、自分がエマン王の実の息子だと知っていたから、王になりたがっていた。エマン王もまた、ジャルジーを自分の後継にしたがっていた。


 そして公式に、次期国王はジャルジーとエマン王は発表した。元より武闘派として知られ、力強さの点で諸侯から評価されていたジャルジーである。


 しかし、少々蛮勇過ぎるのでは、と、批判的な目で見る者もいたし、アーリィーと違って王の実子ではないことを気にしている者もいるらしい。

 王族内では、円満解決の方向でも、他の人間にとってはそうでない場合もある。


 だからエマン王は、ジャルジー王誕生に際して、皆が賛同するように布石を打つことにした。


 それが、ジャルジーを『英雄』にしてしまうことだった。大帝国という未曾有の強敵から王国を守った――そういう実績があれば、民は彼を歓迎する。


 英雄が王になれば、その支持は圧倒的なものとなる。わかりやすい英雄を民が慕い、諸侯らもそれに追従する。皆、強いヒーローは大好きなのだ。

 この王の考えに、俺は大賛成した。


 英雄役なんて、まっぴらである。何より目立ち過ぎて、連合国から切り捨てられた前科がある俺である。英雄と為政者は並び立たないが、為政者が英雄なら衝突もない。

 俺ののんびりしたいライフを取り戻すためにも、ジャルジーにはぜひ王に、そして英雄になってもらう!


 ――と言ったら、エマン王には何故か微妙な顔をされ、アーリィーからも『ジンがのんびりなんてできるわけない』なんて言われてしまった。ひどいや、あんまりだぜ!


 話は、白亜屋敷の報告会に戻る。


「――そんなわけで、今回の北方領防衛における戦いを、広く諸侯や民に知らしめるため、王都にて大規模な戦勝会を開く」


 エマン王は宣言した。


「我が王国に航空艦隊が存在することをアピールすると共に、北方防衛にて指揮官を務めたジャルジーら戦士たちを表彰する」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、親父殿!」


 ジャルジーは腰を浮かせた。


「オレはあの場にいただけだ。兵士を労う戦勝会は必要だが、それをオレが受けるのは――」

「ジャルジー、あの場にいた最上級指揮官はお前だよ」


 俺はしれっと言った。


「そもそも、司令長官の仕事って、司令官席で座っていることだ」

「……あ、兄貴――」

「心配しなくてもいいぞ、ジャルジーよ」


 エマン王は微笑した。


「あの戦いに参加し戦った者『全員』が称賛され、表彰される。……もちろん、ジン。お前もだ」


 ギクリ――思わず硬直してしまった俺である。……はは、多忙なので会をエスケープしてもよかですか?


「ジン、諦めなよ」


 アーリィーにたしなめられた。


「ノイ・アーベントのこともあるし、今後、ウィリディス製の軍備は王国の各地に普及する。その時、その元締めであるジンが引きこもったままだと、色々とやりにくくなるんだよ」


 今でも侯爵、つまり俺との面会を求めて、ノイ・アーベントに貴族の使者が訪れていると聞く。

 エマン王は頭を傾ける。


「うむ。ジャルジーを推すにあたり、ジンにも相応に顔を売ってもらわなくてはな」

「……」


 俺は無言で視線を逸らす。ベルさんが肩をすくめた。


「そう悪い話じゃない。これも必要な犠牲だと思え」

「嫌な犠牲だな」


 都合の悪い時は神様にお祈りだ。



  ・  ・  ・



 後日、戦勝会が開催される。王国の主要貴族が王都に集まるということなので、おそらく半月以上先になるが、ただ大帝国の侵攻とその結果については、予め知らさられることになる。


 さて、俺はアリエス浮遊島にいた。

 軍港では、ズィーゲン会戦での損傷艦の修理が行われている。また、消耗した航空機や陸上兵器の増産は、各ウィリディス軍拠点の工場に命じてあった。


 北方領では、防衛線の再構築と再編が行われ、第二艦隊と第三艦隊が国境に睨みを利かせている。同時に、北方軍の戦死者の回収作業も進められていた。


 浮遊島基地の医務室に、俺はダスカ氏と一緒にいた。視線の先には窓があり、治療室の中が見える。

 例の折れた世界樹、その地下遺跡から回収された白い髪の美少女が診療ベッドに寝かされていた。


「……意識は戻りません。残念ながら」


 ダスカ氏は言った。窓の向こうには、テラ・フィデリティア式の診療装置があり、バイタルなどをモニターしている。心臓が動いているのが、モニターでわかる。


「結局、今わかっていることは?」

「おそらく、古代魔法文明時代の人間らしい、ということでしょうか」

「人間らしい?」

「我々と、少し異なる点がいくつか」


 ダスカ氏はカルテを俺に渡した。……すまんな、カルテの読み方はわからないんだ。略号が多すぎて、数字と一緒に書かれていてもさっぱりだ。


「ディアマンテさんやエリサ女史にも相談したのですが、どうも純粋な人間とは違うようです。改造された人間、というのが正しいようで」

「改造……」


 それは、エリサが大帝国にやられたキメラ・ウェポンみたいなものか? 


「魔法文明時代の技術で、ひょっとしたら改造ではなく、最初からそのように設計された人工の人間ではないか、とも推測されています」


 カルテ資料の先、人体と思われる図の下腹部を、ダスカ氏は指さした。


「彼女には子宮がありません」

「つまり、子供を作れない?」

「そうなります。代わりに、魔力を発生させる器官がありました」


 ダスカ氏が事務的に告げた。


「魔力の泉という、魔力の回復スキルはご存じでしょう? あれと同じく、彼女は体内で多量の魔力を生成する能力を持っています」

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