第734話、戦勝の夜に


 ズィーゲン会戦の勝利。よく戦ってくれたパイロット、艦長、戦隊指揮官、それぞれの役割を果たした全員の無事を祝い、その献身に対してささやかな祝勝会を開いて、飲んで食べてと労う。


 アリエス浮遊島軍港に帰投後、ウィリディスでは実に穏やかな時間が流れた。

 実を言うと、ジャルジーの王国軍でも戦勝を祝う宴が開かれていて、本来なら俺も出席しないといけない場だったのだが、ジャルジーが気をつかってくれた。


『トキトモ候は、逃げた敵を追撃している』


 とか、適当な理由をつけてエスケープさせてくれたのだ。俺がのんびり休みたい派だから、ああいう上級指揮官や貴族の子弟がいる場の会を回避させてくれたのだろう――なんて言ったら、ラスィアは眉をひそめて。


「単に、ああいう場に貴方様が出ると、皆からの人気をかっさらってしまうからでしょう」


 などと言った。ウィリディス軍の活躍、新兵器云々で質問攻めにさらされる。一番上であるはずのジャルジーより、人が集まってしまっては彼の立つ瀬がない、と。


 ウィリディス軍の秘密を質問されまくるのは嫌だな。かといって邪険に扱えば、成り上がり貴族が、とか陰口を叩かれたりするんでしょう?


 たとえジャルジーが自分のために、俺を会から遠ざけたとしても、偉い人との付き合いに魅力を感じていない俺としては、出なくて済むなら願ったり叶ったり。利害の一致である。


 でもウィリディス食堂での祝勝会には、王族の皆様が普通に参加していて、特に堅苦しいこともなく、緩やかなパーティーを楽しんでいらっしゃる。


 近衛やダークエルフ志願兵も含めた会戦参加者たちに、少々緊張感が漂ったりもしたが、それも最初だけ。必要以上に距離を詰めなければ問題ないとふんで、彼らもリラックスしていた。


 なお、何故かクレニエール侯爵や、マルカスの実家のヴァリエーレ伯爵家の面々もいたりする。その侯爵や次期伯爵から「おめでとう」と俺は、今回の勝利を称えられた。


 エマン王はベルさんと酒を片手に話し込んでいるし、フィレイユ姫はサキリスとユナに熱心に話を聞いていた。おそらくズィーゲン会戦の話なんだろうけど。


 で、アーリィーだが、姉であるサーレ様と歓談した後、俺のいるボックス席に来ると、有無を言わせず俺に身体を寄せてもたれかかってきた。


「……おやおや、お疲れかい?」

「こうしていたい」


 呟くような声のアーリィーは、身を寄せ、その頬を俺の胸もとにすり寄せる。まるで俺の存在を確かめるように。俺はそっと彼女の背中に手をのばして優しく撫でてやる。


「何か思うところがありそうな顔をしてる」

「そう……?」


 ぐりぐりと、まるで自分の存在を俺に刻もうとしているようなアーリィー。

 不安なんだろうか。彼女が子供のようにくっついているのは。まあ、あの大会戦の後だ。生きていることの実感を噛みしめているのかもしれない。いや、俺が生きていることを確認しているのかもな。彼女は空母の艦上にいて、俺はといえば最前線に飛び込んだりしたし。


 そう考えたら、無性に彼女を抱きたくなった。戦場の後は、特に衝動が強くなる。そう、生きていることの実感。死と隣合わせを潜り抜けた直後だからこそ、自分の存在を世に残そうと、肉体の繋がりを求め、子を作ろうとする。


 生き物の本能といってもよい。でも俺とアーリィーは、イチャつくことはあっても、子供はまだ作らないと決めていた。戦争不可避とみた時から、その件に決着がつくまでは考えないようにしようって。


 生物としては矛盾しているが、戦争環境のストレスが母子ともにあまりよろしくないのは承知しているし、俺は忙しいのは目に見えている。アーリィーもまた、積極的に手伝うつもりだから、身籠もって働けなくなるのを嫌がったというのもある。


 でも、彼女との子供は、欲しいよな……。今すぐはさすがに無理だけど。

 しかし、ベッドでイチャつくことは、むしろストレスの解消にはよろしい。生きる活力を得るという意味でも。その気がなくなったら、逆に精神的にも危ないとさえ言える。


 俺はアーリィーの金髪に触れ、愛おしげに頬を寄せた。


「今夜はいいかい?」

「いいよ。ボクは、キミをもっと身近に感じたいから」


 アーリィーの優しい声は、俺の心に染み渡った。



  ・  ・  ・



『で、大将。昨日はお楽しみだったって?』


 魔力通信機から聞こえるのは、リーレの声。祝勝会の翌日の朝、ウィリディス地下屋敷の会議室に俺はいた。他には誰もいない。


「……誰かが言ってたか?」


『当ててみな。昨日、大将のベッドにいた誰かだと思うぜ?』

「……」


 俺は頭を抱えた。ほろ酔い気分だったのがいけなかったのか、ベッドは……うん。どうしてこうなったんだっけか……。つまりは、アーリィーだけじゃなかったんだ。そういうことです。


 通信機の向こうで、眼帯の女戦士は必死に笑いを噛み殺しているようだった。からかってやろうって気が伝わってくる。


「全員の面倒を見る。それでいいだろう?」

『それでこそ男だよ、大将』


 とうとう、笑い出しやがったぞ、この女。


「……与太話はいい。報告を」

『ああ、そうだった。33号遺跡は、はずれだな。機械文明の欠片もないし、魔法的な何かがあったわけでもねえ』


 古代遺跡調査。元の世界に帰りたいと願う橿原かしはらトモミに、その手がかり探しも含めた古代文明遺跡の調査を頼んだ俺である。


 橿原はもちろん、自分の世界に帰りたいと公言しているリーレもまた、それに協力。ふたりは、シェイプシフターやスクワイアゴーレムらと、現在わかっている古代遺跡調査に世界を飛び回っているのである。

 ちなみに足は、浮遊石搭載の小型飛行艇で、彼女たちは『ワンダラー』号と名付けていた。操縦は当然のごとくリーレがやっている。


「……羨ましい」

『何か言ったか?』

「いや、別に」


 戦争がなけりゃ、俺だって遺跡探索とかしたかったよ、ほんと。


『でもそっちは、大帝国の連中とドンパチやったんだろ? 誘えよ、まったくよぉ……』

「声はかけたぞ」


 ズィーゲン平原で大会戦やるぞって。だけど、その時、お前たち遺跡の中だっただろう?


「それより、橿原は?」

『空振りだったけど、まあ、モチベーションは下がってねえよ。そりゃ帰れる方法があるかもしれねえって可能性があるなら、諦めるのは早すぎるってもんだ』


 帰れないかもしれない、帰る方法なんて見つからないかもしれない――そういう不安はあるはずなんだ。ここ一ヶ月で、そろそろ二桁に乗るだろう調査はいずれもハズレだった。


 だが目的を同じくする者同士で組んでいるのが、互いに励まし合う関係となっているのだろうと思う。辛いのは自分だけじゃないってわかるから。


『とりあえず、そっちに戻るよ』

「ああ、気をつけてな」


 通信機を切る。ワンダラー号で空を移動している彼女たちだが、実はポータルが繋げてあるため、非常時の脱出や増援なども簡単にできたりする。


 さて、今日の予定は――と席を立った時、姿形の杖こと漆黒の魔女姿のスフェラがやってきた。


「おはようございます、あるじ様」

「おはよう、スフェラ」


 何か報告だろう、と察すれば、案の定、彼女は告げた。


「大帝国の魔法軍特殊開発団所有の秘密研究所を新たに確認いたしました」

「シャドウ・フリートの出番だな」


 帝国で作戦行動を行うシャドウ・フリートにとって、魔法軍関連施設は重要度の高い標的である。

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