第698話、公爵と英雄


「勝てるさ」


 俺は、ジャルジーの『勝てるだろうか?』という問いにそう答えた。


「大帝国に勝つ。そういう戦い方をする」

「……兄貴は、この国で一番、大帝国を知っている」


 ディアマンテの艦長席に座るジャルジーは、俺を見た。


「そして、いまこの国で、一番真剣に勝つ方法を考えている。もちろん、オレも親父殿も考えてはいるが、これまでの常識に照らし合わせて考えても、どうやっても勝つ方法が浮かばない」


 大帝国は強大だ――ジャルジーの言葉に俺は同意する。


「彼らは、東で連合国と戦いながら、ヴェリラルド王国を含めた西方諸国と戦う力がある。兄貴が連合国と戦っていた頃から、その情報をオレは集めさせていたが……叩いても叩いても、潰れない。その物量は圧倒的だ」


 戦っていた俺も思っていた。気づけば数十万人の帝国軍兵を消し飛ばしていた。それでも大帝国は音を上げなかった。だが追い詰めていたのは確かだ。あと少しで戦争も終わっていたかもしれない、というのもあながち間違っていない。


「これに戦車や空中艦隊、魔人機なる巨人兵器……。いくら騎兵や魔法使いを集めても、勝てる気がしない」

「……」

「だが兄貴は、戦車に戦闘機、魔人機、航空艦隊を準備した。数では圧倒的に負けているが、この世界で、おそらく大帝国以外でもっとも強力な戦力だ」


 性能では圧倒していると思うよ。特に戦車と航空艦、戦闘機はね。


「オレは、いやこの国は幸運だ。兄貴という頼れる賢者がついてくれたのだから。だがわからないこともある。兄貴は、どうしてこの国のために、そこまでしてくれるんだろう、と」


 すっと、ジャルジーが真剣な目を向けてくる。どうして、と言われた。そんなの深く考えるまでもない。


「ひとりの女を愛した。それだけだよ」


 アーリィーとの出会い。その彼女が幸せに生きていくため。それが一番の理由だ。大帝国がこの国を侵略したら、その幸せは失われる。


 彼女の生まれ育った故郷、家族、いま彼女の周りにいる仲間たち、そしてアーリィー自身の命さえ……。


 そんなのは許容できない。断固、阻止する。世界を敵に回しても、なんてクサいことは言いたくはないが、そう思う奴の気持ちは、今の俺にはよくわかる。


「この国はいい国だ。彼女の生まれた国であり、それが失われるようなことは彼女が悲しむ。それに――この国の人は俺に優しかったからな」


 俺は、悪戯っ子のような視線を、ジャルジーに返した。


「俺を裏切らない限り、この国を守るよ。もちろん、未来の王様である、お前もな」

「……」


 ジャルジーは席に再度もたれた。いや小さくなろうとするかのように強く背中を押しつけ、さらに顔を手で覆っている。おいおい、どうした? 俺は変なことを言ったか?


「くそっ、アーリィーめ、アーリィーめ!」


 ジャルジーがそんなことを言った。以前、彼から消した彼女への執着が甦ったのか――俺は警戒した。だがジャルジーは目元を押さえたまま、天に向かって言う。


「かのジン・アミウールに愛されて! この国一番の貢献者だな! ……オレが男でよかった! 女だったら、ぜったいに兄貴になびいていたぞ!」

「やめろ、気持ち悪い」


 野郎に好かれても嬉しくねえぞ。薄い本案件はよそでやれ。

 ジャルジーは声をあげて笑った。


「ああ、畜生。兄貴が、本当の兄だったらな! そうしたら、オレは喜んで兄貴に従うし、王位も兄貴が継いでも文句もないのに」

「俺は王位なんか欲しくないよ」

「ほら! そんなことを言う!」


 彼は楽しそうに笑う。


「ふつう王位を得られる機会があったら、それを受け取らない奴なんていない。だが兄貴は、王位などどうでもいいと言ってのける! その考え方! 凡人の発想じゃない!」


 いや、凡人だからこそ、王位など欲しくないと思うんだ。元の世界で、少なくとも日本人の中に、どれだけ『王位』が欲しいなんて考える奴がいるだろうか。そうそういないと思うんだが。


「のんびり静かに暮らしたいんだ」


 有名になって、色々なしがらみに囚われるのはご免こうむる。まあ、実際は、Sランクの冒険者になり、侯爵になってしまって、色々面倒も増えたけどな。

 皮肉なものだ。どちらも別に欲しいと思ってなかったし。


「その兄貴の願いが叶うように――」


 ジャルジーは笑みを引っ込めて、真面目な顔になった。


「オレは努力していかねばならんのだろうな。だが、今は大帝国の脅威をどうにかしないといけない。情けない話だがオレたちは、兄貴の力にすがるしか術がない……」


 すっとジャルジーは立ち上がると、俺に頭を下げた。


「頼む。この国を救ってくれ。そのために必要なことは、何でも言ってくれ。協力は惜しまない。いや、手伝わせてくれ。オレたちの国のために」


 頼るしかない。それでも自分たちの国を自分たちで守りたい――その思いが、彼に頭を下げさせたのだろう。


 公爵が、未来の王様が。……そうだろうな。英雄魔術師時代、俺に頭を下げた王がいた。俺にすがり、すべてを差し出したお姫様がいた。

 ジャルジーもまた、王国のために、身分が下の人間に頭を下げたのだ。


「手伝う、と言ったな?」


 俺は艦橋を歩き、ドック内を見渡せる位置まで行った。正直、何ができるのか、と思ったが、言質をもらったと解釈しておこう。


「俺は人使いが荒いぞ?」


 何せ、人じゃないのをいいことに、ゴーレムやシェイプシフターを酷使する畜生だからね。拒否権もなくやらされている人間には優しいが、志願者は容赦なく使う。


「覚悟しておけよ」

「望むところだ」


 ジャルジーは胸を張って答えた。こいつの野性的な顔立ちは、こういう時にはイッパシに見えるのだから面白い。



  ・  ・  ・



 さて、俺はジャルジーをアリエスドック内の視察に誘った。

 鹵獲した大帝国艦を見せて、シャドウ・フリート構想について、説明してやる。


「大帝国の船を使って、大帝国と戦うのか……」

「人様の土地で、ウィリディス軍が戦ったら、王国が顰蹙ひんしゅくを買うからな。だが盗賊には国境はない」

「違いない!」


 ジャルジーは愉快そうに笑った。


「しかし、すべてが上手くいったとして、この王国は兄貴にどんな報酬を与えられるのかなぁ……?」


 報酬? 俺は、アーリィーと彼女を取り巻くものを守りたいだけなんだが――


「そういや、兄貴。これまでの報酬って何をもらったんだ?」

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