第488話、キメラウェポン・プロジェクト


 ウィリディス地下屋敷三階の会議室に、主な住人たちが集まる。


 ベルさん、アーリィー、ユナ、ダスカ氏、マルカス、リアナ、サキリスにクロハ、そしてシェイプシフター杖のスフェラである。


 一同に、エリサを紹介した後、SSメイドに言って魔女さんを部屋に案内させた。彼女が会議室を離れたのを確認し、俺は皆にこれまでの経緯をした。


「キメラウェポン計画……」


 アーリィーが苦い表情で言った。


「人間を他の生物と掛け合わせるなんて、信じられない」

「自然の摂理に反していますね」


 ダスカ氏は腕を組み、温和な彼にしては珍しく怒っていた。


「もともと、大帝国のやり口は眉をひそめるものが多いですが、これもまた酷い」

「神をも恐れぬ所業……」


 マルカスも眉をひそめた。


「大帝国は、そこまでやってるんですか?」


 一方でベルさんは鼻で笑った。どのあたりかな? 神をも恐れぬとか言ったあたりかな? 

 俺は皆を見回した。


「そんなわけで、エリサも不幸な犠牲者ということだ。王都でのことがあった通り、半サキュバスだと知られると、例え被害者だとしても今回のように命を狙われる」

「そうだね」


 アーリィーが頷いた。


「彼女には行き場がない」

「そういうこと。そこで俺は彼女に住処を提供したいと思っている」

「お師匠」


 ユナが手を挙げた。


「その判断を疑っているわけではありませんが、大丈夫なのでしょうか?」

「というと?」

「エリサはサキュバスの力を宿しています。その魅了の力にかけられている、あるいは今後かけられるという懸念がありますが」

「それを俺の前で言う?」


 つまりユナは、俺がサキュバスにやられて彼女に利便を図っているのでは、と言いたいわけか。


「おう、ユナ公、美女が来たから嫉妬かい?」


 ベルさんがからかった。ユナは真顔で返した。


「私がそのように見えますか?」

「お前もエリサのねーちゃんも、いいもの持ってるからな」


 たっぷりある大きな胸から目線をそらし、ベルさんは机の上で寝そべった。


「ジンは魅了にかかってねえよ。問題ない」

「ベルさんがそういうのなら大丈夫でしょう」


 ダスカ氏も擁護派にまわった。ベテラン勢が俺の肩をもってくれたが、いかんせん野郎ばかりなので、この場合少々心もとない。

 うがった見方をするなら、美女を男たちが歓迎しているようにも見えるのだ。そんなことはないのだが。


「あの、ご主人様」


 サキリスが発言したそうだったので、俺は促した。


「はい。エリサは大帝国の出身です。諜報員としてこの王国に潜り込んでいた可能性もありませんか?」


 スパイかもしれないという意見。店にこもりながら、サキュバスの能力を活かして男を誘い情報を引き出したり、隠密行動をとっていた、という懸念。


 ……言われてみると、非常にスパイ向けな能力の持ち主ではある。色仕掛けで情報を得るというのは常套手段である。

 エリサの過去話にしても、彼女の口から聞いた話だけで、その言葉を保障するものが何一つない。


「わかった。エリサには監視をつけよう。それでいいな?」


 その心配はないとは思うが、家人を安心させるためにも手は打っておこう。


「はい、それがよろしいかと思いますわ」


 サキリス、そしてユナは頷いた。


 リアナやスフェラのシェイプシフターに、それとなく見張らせよう。まあ、究極的な監視は、このウィリディスを管理するサフィロだが。人工ダンジョンコアにかかれば、不審な行動はたちどころに通報される。


「さて、エリサが大帝国の人間だという話が出たので、ついでに言っておくが、今後の大帝国の動きを警戒し、諜報作戦を展開するつもりでいる。細部が詰まれば皆にも知らせるが、頭の片隅に覚えておいてもらいたい」


 俺としては、エリサにも協力してもらうつもりだけどね。帝都出身だと言うし、彼女の話が本当であるなら、大帝国に対して家族や自身の身体のことで恨みの感情を抱いているだろうし。


 サキリスが指摘したようなスパイでなければ、だが。



  ・  ・  ・



 その頃、王都郊外にある墓地、そのそばの地下にある秘密の隠れ家に、グリムはいた。


 グレイブヤードの秘密拠点の一つ。裏王都支部なんていわれているそこは、石造りのダンジョンを思わせる。


 無機的で薄暗い地下通路、集合墓地に地下礼拝堂。放置されて久しい古代墓地を利用しているものだ。

 グレイブヤードが使わなければ、アンデッドの類が発生してもおかしくない環境でもあった。


 その最深の居住区、魔石照明が室内を照らしている場所に、グリムの専用執務室がある。表支部――いわゆる犯罪奴隷や借金奴隷の売買の記録を見ながら今月の収支を確かめる。


 そこへ、コツコツとブーツの音が石の床に当たって反響する音が聞こえてきた。


 来客である。

 やってきたのは、紫と黒のフード付きローブをまとったひとりの魔術師。フードを被っているが、その奥の顔は――白い仮面に覆われて見ることができない。


「やあ、フィンさん」


 グリムが声をかけると、魔術師――異世界ネクロマンサーのフィンは鷹揚に応じた。


「仕事と聞いてね」

「ええ、そのつもりだったのですが……申し訳ありません、解決してしまったんですよ」


 眉を下げ、謝罪するグリム。仮面のネクロマンサーの表情は読み取れない。


「解決したのか。相手は麻薬密造組織だと聞いていたが……どうやって解決したのだ? まさか王国軍がやったわけではあるまい?」

「本来は王国軍がケリをつけるべき案件なんですけどね。残念ながら、別の人がやってくれたんですよ」

「ほう」


 フィンはどこか感心したような調子だった。


「新しい手駒かね?」

「残念ながら、その人には断わられたんですけどね。ジン・トキトモという名はご存知ですか?」

「ああ、以前組んだことがある」


 仮面のネクロマンサーは、なるほどと小さく呟いた。


「彼がやったのか。それなら納得だ」

「ええ、王都のグリグ密造組織を突きとめ、製造工場を潰し、首領を捕らえた。これがわずか一日の出来事なのだから、鮮やかとしか言いようがありません」

「彼は優秀だよ。用心深い男でもある。勘が働くというのか、そういうところがある」

「僕らに危険を感じたということでしょうか?」

「さあて、どうかな」


 そう言うと、フィンはきびすを返した。


「用件が終わったのなら、私は帰らせてもらうよ。また何かあったら呼んでくれ」

「はい、ネクロマンサー先生」


 死霊使いが退出するのを見送り、グリムは事務業務に戻るのだった。

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