第305話、王子と公爵


 晩餐は、アーリィーとジャルジーは一緒だった。


 俺とベルさんは透明化したまま部屋の片隅にいる。


 さて、王族と貴族の会話は、お付きの者たちや給仕がいる前では、実に当たり障りのない会話が展開された。


 ただ、アーリィー的には面倒な内容が多かったが。


『王子殿下は、好意を抱いている女性がいるのか?』

『婚約話は進んでいるのか?』


 恋愛系、というよりも、まあ王子様は次の王なのだから後継者についてどう考えているのかを臭わせる貴族らしい話のフリである。


 そんなジャルジーに対し、アーリィーもまた『公爵殿は結婚はされないのか』と問うて、追及を逸らす。


 対するジャルジーは、アーリィーをじっと見つめた上で、金色の髪に細身で、歳は二十歳前あたりがいい、と好みのタイプを口にした。


 アーリィーは、ジャルジーの無粋な視線にさらされた上での言葉だったので、まるで自分が女であることを知った上で言っているのではないかと気が気でない様子だった。


「オレは何人か女を囲ってはいるが、まあ中々これ、という娘がいなくてな」

「そ、そうなんだ……」

「お前はどうなんだ、アーリィー? 貴族の娘たちからは評判がいいじゃないか。ハーレムを作って遊んだりは?」

「いや、ボクはそういうのはちょっと……」

「へえ、何故?」


 真顔で返すジャルジー。ワインの入ったグラスを弄びながら、返答を待つ。


『女だからだろ』


 ベルさんは魔力念話で言った。


『嬢ちゃんがハーレムを作るわけがない』

『世の中には女の子が好きな女もいるんだよ』


 百合ってやつな。だがベルさんは。


『自分の性別を秘密にしてるのに、それはないだろう。常識から考えて』


 JK。


『肉体的な行為はなくても、口説いたら落とせそうだけどな。アーリィーは女顔で、ちょっと守ってやりたいオーラ出てるから、彼女が男だったら、学校で相当女子喰ってたかも』


 念話で聞かれないのをいいことに、俺とベルさんは言いたい放題だった。


 晩餐は進み、デザートの頃となって、ジャルジーはやや酔った様子で言った。


「なあ、アーリィー。お前、影武者とかいるか?」

「影武者……?」


 アーリィーの手が止まる。極力緊張しないようにしているが、ちょっと動揺が出たか。ジャルジーがここに来るという話を聞いた時点で、アーリィーにはこの話題が来る可能性を言っておいたんだけど。


「王子なんだから、自分の身を守るために影武者とか用意するだろ……?」

「それは、機密事項だから言えないね」

「従兄弟のオレでもか?」

「じゃあ、聞くけど、君にはいるのかい、影武者?」

「いや、オレにはいないな」


 あっさりとジャルジーは答えた。


「体格はまだしも、オレに似せる奴がいなくてな。……で、お前はどうなんだ? 女顔のお前なら、影武者も、女だったりするのか……?」


 反乱軍陣地で会ったアーリィーのことを言っている。俺もベルさんも注目した。


「それを聞いてどうするんだい?」


 アーリィーは机の上で肘をついて、手を組むと口もとを隠す。ジャルジーはニヤリと笑った。


「もし、お前そっくりの影武者がいるなら……その女をオレにくれ!」

「は……はぁ!?」


 アーリィーはびっくりした。聞いていた俺も思わず声に出そうになり口に手を当てた。何言ってるんだこいつ。


『何言ってるんだ、コイツ?』


 ベルさんが俺と同じことを魔力念話で呟いた。


「お前が女だったら……と思ったことがある」


 ジャルジーはアーリィーから身体をそらし、横を向いた。


「お前が女々しいからいけないんだぞ。……それで夢を見たわけだ。お前が女で――」

「……」


 固唾を呑んで見守るアーリィー。反乱軍陣地でのことを、夢とか言い出したぞ、この公爵は――俺は意地の悪い笑みが浮かぶのを抑えられなかった。


「その女は、オレの理想とも合致してしまったわけだ……」

「……」

「気持ち悪いって顔してるな」

「わかる……?」


 口もとに手を当てながら、アーリィーはそう返すのが精一杯のようだった。それでもストレートな意思表示に、俺は思わず噴き出しそうなった。


「はははっ! 冗談だ! 真に受けたか?」


 ジャルジーは豪快に笑い出した。アーリィーは拍子抜けしたように首を傾ける。


「あまり面白くない冗談だったよ」


 まったくだ。俺も心の中で同意した。


 デザートが運ばれ、会話がしばし途絶える。またもジャルジーが口を開いた。


「そういえば、お前、腕のいい奴を雇ったそうだな。ジン……何と言ったか?」


 え、俺の話? ――意表を突かれた俺だが、アーリィーも同じだったらしくキョトンとした。


「ジン・トキトモのこと?」

「そう、そのジンのことだ。オレとお前の戦いの場に割り込んできた奴」


 ジャルジーは腕を組んで背筋を伸ばした。


「聞けば、冒険者で近衛ではないそうだな。優秀な魔術師で、ワイバーンすら手玉にとったとか」

「あ……うん、そう」


 アーリィーは歯切れの悪い返事をした。どこまで俺のことを話していいか考えあぐねたのだろうか。


 て言うか、俺、公爵の関心を引いちまったのか。ベルさんを見るが、黒猫は首を捻るだけだった。


「近衛の連中が絶賛していると聞いた。確かに、あの戦いの場でオレたちの攻撃を防ぎながら無傷でいるというのは只者じゃない。それも魔術師となればなおのことだ。普通の魔術師にあんな芸当はできん」

「うん……そうだね」


 急にしおらしくなるアーリィーである。しかしそんな様子に気づいた様子もなく、ジャルジーは続けた。


「いったいどこで会った? ジンという男は何者だ?」

「……彼のことを知ってどうしようと言うのかな?」


 上目遣いでジャルジーを見やる王子。先ほどより、女っぽさが微妙に増している気がするのは気のせいか。ジャルジーはワインのおかわりを給仕に要求した後、言った。


「ケチなこと言わずに教えろよ。どんな男だ?」

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