第248話、凶悪なる牙


「堅牢なる大地に染み渡る水よ。浸食をもって、固き土壌を泥とし、飲み込め!」


 泥沼の魔法を唱える。


 水分を含み柔らかくなった土は泥となり、足を取る。それが表面だけでなく、深くなれば巨大なドラゴンといえどはまってしまえば簡単には抜け出せない。

 それどころか自身の重みで、みるみる沈んでいく。……だがまあ、安心しろ。お前のその巨体ゆえに完全に埋まるなんてことはないから。


 ずぶずぶと下半身が地面の下に飲み込まれる。自慢の尻尾も泥の中。奴の高さは、半分以下になっている。お前さんがダンジョンコアを持ってなかったら、沈めて息絶えるのを待つのも手ではあるんだがな。コアがある以上、埋めた程度では安心できんわけよ!


 俺が作った泥沼にはまり、もがくエンシェントドラゴン。下半身の動きを封じた。


「よし、突撃ーっ!」


 ヴォード氏の咆哮にも似た声がフロアに響いた。前衛班が飛び出し、古代竜へと駆ける。


 前衛班は五人。ヴォード、ベルさん、レグラス、ナギ、マルテロとなっている。

 バックアップ班のラスィア、ユナ、ブリーゼが、前衛五人に加速の魔法と防御魔法をかける。ヴィスタは魔法弓で、ちくちくとエンシェントドラゴンの顔や目を狙った矢を放つ。


 エンシェントドラゴンは、俺の後ろから迫る五人の戦士を睨む。下半身は埋まっているが、ブレスは使える。口腔に光が溜るが、俺は冷ややかにそれを見やる。


 残念。正面に吐いても、俺がいるぜ?


 転移の杖はもう使わない。距離は縮まっている。ドラゴンの口のすぐそこに防御魔法を展開。放たれた光のブレスは古代竜の口から一メートルも離れないうちにシールドに弾かれる。防御魔法で口に蓋をする格好だ。


 そのあいだに、ヴォードら五人が俺の傍らを抜けて、エンシェントドラゴンに向かう。ブレスを封じられ、ドラゴンにできることは腕を振り回すだけ。しかし前衛の五人にはAランク冒険者にして魔術師の防御魔法がかけられ、一度や二度の打撃は跳ね返す!


「よし、右腕は任せろォ!」


 マルテロが古代竜の右手の打撃を弾きながら叫んだ。


「ベル=サン! 手伝ってくれぃ!」

「おうよ!」

「では、左腕は俺とナギで!」


 レグラスが言えば、雷竜の太刀を持つ女剣士ナギが頷いた。


「承知!」


 エンシェントドラゴンの腕を切断する。結局、これしか封じる方法が浮かばなかった。防御魔法で弾きつつ、それぞれの腕を拘束し切断。拘束役はマルテロとレグラスで、切断役はベルさんとナギが担当する。


 そして中央のダンジョンコアへは、我らがギルドマスター、Sランク冒険者のヴォード氏だ!


 ドラゴンブレイカー――竜を破壊する、そのために作られた特注の大剣を手に猛然と突進するヴォード氏。だがエンシェントドラゴンもその長い首を活かし、懐に飛び込んだ重騎士に噛みつこうとする。


 ガキン、と防御魔法によって、古代竜の頭が弾かれる。自身に対する魔法は無効でも、相手の魔法を破壊することはできない――


 とか見惚れている場合ではない。俺は泥沼の一部、奴の弱点であるコアの前の地面を固めて足場を形成する。突っ込んだ前衛班が泥に足を取られては元も子もない。


「ぬおおおおぉぉっー!!」


 突きの構えで突進するヴォード氏。もやは邪魔するものは何もない! ドラゴンブレイカーは、竜の胸に輝くダンジョンコアへ迫る。


 渾身の一撃! 


 だが泥沼の中でドラゴンが身じろぎをした。それはコアの位置を微妙にずらす。少し、といってもその巨体だ。十数センチのズレは、突き刺さるはずだった剣先を逸らし、その表面を削り、ドラゴンの肉に突き刺さった。


「なっ!?」

「はずした!!」


 思いがけないズレ。エンシェントドラゴンとて、ただ泥沼に浸かっているわけではない。苦境を脱しようと必死なのだ。


 怒りとも悲鳴ともつかない咆哮を上げる古代竜。


 深々と突き刺さったドラゴンブレイカー。ヴォード氏は素早く抜きにかかる。だが痛みに凝縮しぎっちりと固まった竜の肉がそれを許さない。足で竜の胸を踏みつけ、力で抜くヴォード。そして引き抜くことに成功した。


 だが、そのあいだにさらに状況は悪化する。


 ドラゴンの右腕を押さえに掛かっていたマルテロが、俺の貸した地竜の盾を構えたまま十数メートル吹っ飛んだ。


「うぉうっ……!?」


 防御魔法が一回で切れたのだ。相手の魔法を破壊できない? いやいや、一回で効果が切れてしまうのでは、破壊されるのと同じだ。地竜の鱗でこしらえた盾でなければマルテロの命はなかったかもしれない。


「守りの盾――!」

「光の壁――!」


 バックアップ班が急いで防御魔法をかける。既すんでのところで、ナギ、レグラスに魔法が間に合うが、二人とも軽く後退を余儀なくされた。


「うぉおおおおっ!」


 ヴォードがドラゴンブレイカーを振るい、下がった二人に追い討ちをかける左腕に切り込んだ。


 一刀両断。古代竜の血が噴き、巨木の如き太い腕が飛んだ。


 斬鉄剣かよ! こいつは驚き! ドラゴンブレイカー――対竜武器は伊達じゃない。これならばエンシェントドラゴンと対抗できる!


「ヴォードさん!」


 レグラスの声。痛みにのたうつエンシェントドラゴンは、今度は右手を振り回す。馬鹿め、今度はその右腕が飛ぶぞ――そう思ったのもつかの間、古代竜は地面を腕で削り、その土砂を飛ばしてきたのだ。


 降りかかる土と砂、若干の泥。ヴォードの視界をわずかながらでも遮り、怯ませた。


 右腕は来なかった。だが代わりに頭上からドラゴンの牙が迫った。大口を開けた竜の一撃がヴォードに襲い掛かり、ギリギリのところを大剣でかわした。……やば、防御魔法が切れてる!


 俺は、防御魔法をヴォードにかけようとするが、次の瞬間、重騎士の身体が不自然に持ち上がったように見えた。


 剣が――ドラゴンブレイカーが古代竜の口に巻き込まれている。次の瞬間、バキリと音を立てて大剣が折れた。


「なっ!?」


 それは誰の声だったのか。あるいは見た者全員が同じように声に出してしまったかもしれない。強力な竜殺剣が砕かれたのだ。


 エンシェントドラゴンは口にあった剣の半分を、ペッと吐き捨てると、再びヴォードを睨み、怒声を上げた。


 愕然がくぜんとしたまま動かないヴォード。ドラゴンの凶悪な口腔が涎を滴らせて迫り――


「ぼさっとするな!」


 漆黒の騎士――ベルさんがヴォードの横合いから体当たりするように掴み、その剛力を以って死地から連れ出した。


 この時、俺たちは、エンシェントドラゴンに最大の打撃を与えるだろう武器を失った。

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