第203話、ダンジョンとタコ
「うーん……こりゃ、何かあるな」
魔力サーチで地下構造物全体を探っているベルさんが首を捻った。
「さらに下に三階層あるが、三階層目に魔力が干渉してサーチができないところがある」
「何かが邪魔をしている」
「ま、ダンジョンコアだろうな、こいつは」
周囲が息を呑んだ。
「この地下建造物は、おそらくダンジョン化する」
ベルさんの発言にアーリィーが驚く。
「ダンジョン化? って、まだダンジョンじゃないってこと?」
「ああ。サーチできない範囲が少しずつ大きくなってやがる」
マルカスとサキリスが顔を見合わせる。アーリィーが俺を見た。
「どういうこと?」
「いいかい、アーリィー。ダンジョンとは、ある程度拡張するものだ」
俺は古代樹の杖を『硬化』で強化すると、氷漬けのリザードマンを割りながら、階段を下っていく。
「そのためには、まず支配領域を確保しなくてはならない。ダンジョンコアの安全を確保するために周囲に、モンスターや召喚生物などを配置する」
コアが破壊されたらお終いだから、安全確保は最優先だ。
「それが終わると、例えば洞窟だったり遺跡だったりすると、その全体を支配化に収めようと動く。コア自らが魔力を伸ばして領域化するパターンと、自らの配下に領域を確保させるパターンがある。今回は、後者だな」
杖で氷漬けのトカゲを砕く。
「配下……つまり、このリザードマンたちがこの階層に殺到したのも、領域確保目的の尖兵だよ。地盤を固めて、じっくり魔力を吸収して大きくなる、と」
おそらく尖兵を送ったのは、侵入者阻止も兼ねていると思う。そうでなければ、じっくり領域確保していったほうが魔力の消費を抑えて温存できる。
侵入者に反応して起動するようにマスターに設定されたコアだと見るべきか。もしそうなら、この地下構造物は、かなり長い期間、人の手が入ってなかったんだろうな。
「ダンジョン化が進んでいるとすれば、危険ではありませんの?」
サキリスは眉をひそめた。
「わたくしたちだけで何とかできますか? 応援が必要では?」
「逆ね。応援を呼んでる時間に、コアは魔力を回復させているだろうから、より攻略が難しくなる」
ユナが顎に手をあて考えながら説明した。
「いま自らの魔力を使って配下――いわゆるモンスターの類を作って地固めをしているから、コアは魔力を相応に消費しているはず。まだダンジョン領域が狭い分、コアの魔力回復も早い。むしろ、叩くなら今が最適。……ですよね、お師匠」
さすがAランク冒険者にして、高等魔法科の教官を務めているだけはある。おっぱいのでかさは伊達ではなかった、と。……あー、エロい思考に向かう時は、俺の中ではあまりよろしくない状況だ。
確かに、動き出したコアを叩くなら、早いほうがいい。
が、コアの魔力初期貯蔵量ってものがあるから、実は楽かといえば、そうと断定はできない。べらぼうに魔力を持ってたら、はたしてこの人数で何とかできるかしらん。……やばくなったらポータルで逃げる、というのが現実味を帯びてきたなぁ。口には出さないけど。
「とにかく、新手が来る前に進もうか」
次の階層に下りる。建造物の中だと思っていたのに、急に洞窟じみた外観のフロアに出た。
真っ直ぐ進むと次の部屋の扉が見えるのだが、部屋の中央に水が走り、川のようになっていた。この水の流れ込んでいるところが空洞になっているから、どこか外に通じていると思う。
裏を返すと、ダンジョン化したら、ここからも魔獣とかリザードマンが外へ出ていけることを意味する。
「リザードマン!」
ドタドタとトカゲ人間の戦士がこちらへ突っ込んでくる。途中の幅こそ短いが川に飛び込み、あっという間に渡河、陸へと上がってくる。
「まあ、やることは同じだ」
俺とユナは魔法を、アーリィーはマギアバレット、サキリス、マルカスは近接戦でリザードマンを迎え撃つ。
「ジン、川に何かいるっ……!」
アーリィーが警告した。川の中ほどに、何かうねうねとしたものが数本立っている。大きな蛇かと思ったが、水の中で蛇が垂直に立つわけがない。
「ひょっとして……水辺のお約束、触手モンスターか?」
タコかイカかな? 巨大なジャイアントオクトパスとかスクイード、いやクラーケンみたいな。いや、クラーケンはこんな部屋では狭すぎるか。
倒したリザードマンの死体が川に浮けば、立っていた触手がそれを絡めとり、川に引きずり込んだ。そして魔獣は全身をあらわした。
巨大タコ、ジャイアントオクトパスだ。灰色の身体は、水でぬめっている。半身を川に沈めながらも、なお人間より大きな胴体。鞭のようにしならせながら触手が唸る。前衛のサキリスが後ろへ飛び退く。叩きつけられた触手が地面を砕き、岩の欠片を跳ねさせた。
「ぬるぬる……」
表情に乏しいユナが珍しく、表情を引きつらせた。何となく嫌悪感。触手=女の子狙われる、と思ったら、二次元に毒されていると思うほんと。
「灼熱の種、花開き、燃え盛れ! エクスプロージョン!」
蹂躙者の杖をかざし、ユナの魔法がオクトパスに炸裂する! 水属性には火の魔法――と思った? 残念、タコの表面を覆うヌルヌルの水分が、炎の威力を激減させる。
そういえば、タコって淡水じゃ生息していないって聞いたことあるな。さすが異世界というべきか、タコの姿をしていてもタコとは違うということか。
エアブレイド――俺の放った風の刃は、ジャイアントオクトパスの触手を切り落とす。さあ、腕がなくなったらどうするよ、タコ野郎!
次の瞬間、大タコが黒い塊を吐き出した。光の障壁! 反射的に唱えた防御魔法が黒い塊――墨を防いだ。透明の壁が黒く染まって具現化したように見える。
ジャイアントオクトパスは川に沈み、その姿を消した。おそらく川の流れに沿って逃げたのだろう。あの巨体だが、タコというのは身体が柔らかいので、身体より小さな穴でも抜けられるのだ。
「やれやれ……」
「ジン……」
マルカスが恨めしげな声を上げたので見れば、盾が真っ黒に染まっていた。どうやら墨の飛来範囲にいたようだった。
「盾だけで済んでよかったじゃないか。全身に浴びたら、もっと悲惨だったろ」
「毒とかないだろうか?」
「ただの墨だ。心配すんな」
ベルさんが教えた。
フロア内は水の流れる音のみが聞こえる。魔獣が去り、静寂が漂う。俺は怪我人がいないのを確認すると、前進すると告げた。
「なあなあ、ジン」
ベルさんが、俺の足元で小声で言った。
「せっかくタコ野郎が出てきたのに、おいしい展開なかったぞ?」
「何の話だ?」
「前に話してくれたろ? 触手モンスターってのは女の子捕まえて、あれやこれやするって……」
「それは創作物の話だよ、ベルさん」
アニメやラノベの類の、な。
「ベルさん、その話、詳しく。触手モンスターが女の子を……なんです?」
サキリスが食いついた。このドM、反応しやがった。
「聞きたいか?」
にちゃぁ、とベルさんが表情を歪めた。
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