第192話、反省会は大事


 王都に着いたら日が沈む寸前で、ユナとベルさんを除いて冒険者ギルドに立ち寄る余裕もなさそうだから、そのままアクティス魔法騎士学校へ帰った。


 回収した素材の処分や反省会は明日な、と声をかけ、その日は解散した。


 青獅子寮で夕食を摂った俺とベルさん、アーリィー。さすがに初回ではないので、アーリィーもだいぶ落ち着いていたが、サキリスやマルカスは今日の冒険話を誰かにしたくてうずうずしているんだろうなぁ。


 その日の夜は、俺とアーリィーは同じベッドに入ったが、彼女は早々に寝てしまった。お疲れ様でした。でも俺は性欲を持て余す。


 翌日、学校はお休み。魔法騎士学校は週休二日だが、世間では一週に一度の休養日――つまり日曜日である。


 しかし貴重なお休みにも関わらず、サキリスとマルカスは青獅子寮にやってきた。また明日な、というのを律儀に守ったのだ。


「昨日の経験はかなり濃厚でしたわ」


 サキリスはその堂々たる胸の前で腕を組みながら言った。……サキリスの口から濃厚とか聞くと、いかがわしく聞こえる。どうしてだろうね?


「例えるなら、この3年あまりの授業を1日で経験したと言えば言い過ぎかしら?」

「それはさすがに言い過ぎだと思うぞ」


 マルカスが苦笑した。


「ただ、これまでの学んできたことは、ああいう場で発揮するためだった、と思えば、そうかもしれない」

「これまでだって野外での演習はしただろう?」


 俺は問うた。マルカスは反論する。


「そうは言うが、一日であれだけ魔獣と戦ったことはなかったぞ?」


 机に頬杖をついていたアーリィーが同意した。


「授業だと人数がいるからね。班ごとに分かれた時なんて、運が悪いと戦闘できずに終わってたし」


 あー、それはあるかもな。


 ベルさんが机の上で丸まりながら首を振った。


「昨日はまあ、ルーキーながらよくやったと思うよ。けど、お前らもそれなりに思うところもあったんじゃないかね?」


 サキリスとマルカスは難しい顔になる。じゃあ、反省会と行こう。


 まず口を開いたのはマルカスだった。


「個人的な反省点を挙げるなら、まず第一に、装備が重すぎた」


 昨日はプレートメイルに兜、剣に盾とフルセットで戦ったマルカスである。


「防御に関しては不満はないのだが、帰り道、情けないことにおれはバテた。体力作りはもちろんだが、温存の必要性を感じた。ジンやユナ教官がいなければ、皆の足を引っ張っていた」


 俺が重量軽減の魔法を使ってもよかったんだけどね。世間じゃ、その手の魔法の使い手があまり多くないみたいなんだよな。俺がいないとダメ、な状況は教育上、あまり好ましくない。


「重量のことを言うならわたくしも」


 サキリスが挙手した。


「ミスリル製は軽いと言っても鎧ですもの。もう少し軽くしたいですわ」


 あと帽子、と、コウモリの群れとの戦闘でのことも付け加える。


「あと、武器を新調したいですわね。ラプトルと戦って、もう少しリーチのある武器が欲しいと思いましたわ」


 小型竜であるラプトルは首が長く、噛みついてくる場合、どうしても剣のリーチだとその頭と首のみしか攻撃できない。かといって首ばかり狙っていたら、急に距離を詰められた時に、剣では対応できなかったらしい。


「おれは逆だな。威力が高い武器――ハンマーとかメイスが欲しい」


 アイアンソードで叩いても、上手く打撃が乗らなかったことを気にしているのだろう。相手との体格差や位置のせいもあるが、マルカスは打撃を求めたようだった。


「ただ、威力という点では、ジンがかけたエンチャント系の魔法はよかったな。あの魔法はおれでも覚えられるだろうか?」

「できるだろう。そもそもここは魔法騎士学校だぞ」


 魔法を使う騎士を育成する学校である。魔法科の教官に――ってユナか。あれに聞けばいいし、他にも魔法を使える教官もいる。


「魔法かぁ」


 アーリィーが考え深げに言った。


「ボクももっと色々覚えたいな。ジンには教えてもらっているけれど、まだまだだし」

「たとえば?」

「暗視の魔法かな。ダンジョンの中って暗い場所も多いだろうし」

「暗視魔法もいいけど、あれ使いどころ気をつけないといけないぞ」


 暗視の魔法使った状態で、急に明るい場所に行ったり見たりすると、目をやられる。最悪、失明の危険もある。


「魔法を覚える、というのはいい考えだと思いますわ」


 サキリスは、俺を見た。


「ラプトルの動きを封じた魔法とか……。魔法って攻撃系の魔法ばかりに目が向きますが、補助系統の魔法も見直す必要があるかと」


 おお、殊勝なことを言っているぞ、サキリスのくせに。


 俺が少し感心していると、ベルさんが欠伸あくびをした。


「まあ、どうせ、シャドウバインド見て、自分もアレコレとか思ったんだぜ、きっと」


 こいつ変態だからな、と黒猫が言えば、サキリスは顔を赤らめた。


「な、な、何を言ってますの!? そ、そ、そんなわけないでしょうが!」


 あぁ、そういうことか。感心して損した気分だ。


 サキリスの慌てぶりに、アーリィーとマルカスはそろって首を傾げた。サキリスの性癖を知っている者は、俺たちを除けばいないと思うので、何のことかわからないのも無理はない。


「私も師匠から、もっと魔法のお話を聞きたいです」

「お、ユナ! いつの間に――」


 銀髪、巨乳の魔法科教官がやってきていた。そこから怒濤どとうの質問攻めにあう。


 そして姿を変えるベルさんのことも。使い魔だと思っていたそれが人型になったりと、どんな魔術なのか、ユナは興味津々だった。


「教えない」


 ベルさんが魔族の王様であることは言わない。教えても誰も幸せにならないからだ。


「いやいや、ジンよ。それは可哀想だ」


 黒い肌で、がっちりした顔つき。黒髪に青い瞳、割とイケメンである。顔からすると三十代くらいだが、実に落ち着き払った表情は何者にも動じない屈強さが垣間見える。


「実はな、オレは、とある国の王族だったのだが、呪いの魔法をかけられて、あのような猫の姿をしているのだ」


 うわー、この人しれっと嘘ついたよ。あ、嘘ではないか? 魔族ではあるが王様だったのは本当だ。いや、呪いの部分ははっきり言って嘘じゃん。


 聞いていたマルカスとサキリスは驚く一方、ほー、とユナが感嘆の声をあげた。


「高貴な生まれだったのですか……。呪いの魔法とは――」


 興味のまま聞くユナもユナだが、それをベルさんは上手くあしらう。都合の悪いことは「知らん」ときっぱり断言するように答える。あまりに堂々としているので、嘘をついているように見えないのは、さすがである。


「話が脱線したな。じゃあ、とりあえず反省点のあぶり出しと共有をしながら、冒険者ギルドへ行って、ラプトルの解体素材をお金に換えてこよう」


 俺は一同を見回した。


「ついでに武器を調達しようか」

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