第12話 街道沿いの森で

「――ということだ」


 食事中にしていた雑談はこれからの話に切り替わり、昨日のことを二人にまとめて伝えた。


 三人とも食事は終わり、テーブルには空になったお皿が置かれている。


「そこまでの情報、よく手に入れたね」


 横からバルバトスの感嘆かんたんの声が聞こえる。


「なんで覚えてないんだよ」


 そう言うと昨日の酒場での出来事が脳裏をよぎった。


 酒のせいか。仮にも騎士団副団長がこれで大丈夫なのだろうか。


 少し心配になってくる。


「つまり、夜に街道でいればいいわけだね」


 バルバトスの言うことは大体合っているのだが、気楽に言うので本当に心配になってくる。


「ほぼ魔族とみて間違いはないけど大丈夫なのかよ」


「厳しいかもしれないね」


 バルバトスの柔らかな笑みが真剣な顔つきに変わる。


「なら――」


「けどね。僕がやらなければならないんだ。僕以外には任せられない」


 それはどういう意味なのか。


 そう答えるバルバトスには有無を言わさぬ迫力があった。


「さっ、出発の準備をしようか」


 バルバトスは柔らかな笑みに戻してそう言った。


 そうして食事を済ませたルドたちは宿に戻り、部屋で荷物を整えた。


 途中で村の商人から水や食料、革袋などの荷物を買い揃えて村を出る。


「バルバトスはどうするんだ?」


 と切り出すと予想外の返答を受ける。


「途中まではついて行くよ。襲われる可能性があるからね」


「そっか」


 バルバトスが護ってくれるのなら心強い。


 横のエリナも心強く感じたのか安堵あんどしていた。


 気を取り直し、三人で出発する。


「そういえばエリナには行きたい場所とかないのか?」


 少し歩いたところでふと思った疑問を口に出す。


 何故か付いてくる形になっているが、にぎやかなのも悪くないためエリナの意見もんでみる。


「そうですね……」


 少し悩むような素振りを見せてからエリナは答える。


「今は無いです。ルドに付いて行く方が面白そうですし」


 面白そうとはなんなのか。


 この前の魔獣騒動だとしたらやめて欲しい。


「行きたい場所がもし出来たら言いますね」


「あぁ。良識の範囲内で頼むよ」


 何かと振り回されることが多いルドはそう念を押す。


「いいね。じゃあ僕もこの事件が終われば王都を案内しよう」


 会話に入れていなかったバルバトスがそう言って加わる。


「バルバトスさんが王都に着く頃にはもう満喫まんきつし終わってるかもしれませんね」


「では、案内できるように早くこの事件を片付けるとしよう」


 冗談めかして言うエリナにバルバトスは負けじと答える。


 そうして他愛たあいのない話をしながら歩いて一日が過ぎた。


 一日中歩き日が暮れかけているが、街道沿いに広がる森に終わりが見えることはなく避けては通れないのだと改めて思う。


 それにしてもバルバトスが別れる気配はない。


 別段一緒に居たくないという訳でもないが、討伐のことを忘れているのではないのかという不安が芽生える。


「一緒に居てくれるのはありがたいけど討伐の方は大丈夫なのか?」


 心配そうに投げかけるルドを見て何も心配はいらないというように笑って答える。


「別れた後にルドたちが襲われるのが怖い。それに一緒にいた方が現れやすいんじゃないかな」


 バルバトスの心配は嬉しいが、


「おい。俺たちは戦えないんだ。巻き込む前提で話すな」


「大丈夫。ルドは頼りになるよ」


「……」


 バルバトスの謎の信頼に声が出なくなる。


 何を根拠に言っているのだろうか。


「倒れた僕を介抱かいほうしてくれた」


「酒場の話かよ」


 あれが平常運転だとするなら普段から介抱している人には同情を禁じ得ない。


「そういえばバルバトスさんはどうして騎士団に入ったんですか?」


 エリナがふと疑問に思ったのか問いかける。


「親友を支えるためかな」


「その親友も騎士団に?」


「あぁ。団長だ」


 親友同士で騎士団をまとめているという話は凄いと思う。


 だが、その親友も酒癖が悪いのだろうか。


 それともその親友がバルバトスを介抱しているのだろうか。


 もしかして酒癖が悪いから一人なんじゃ……


 そんな邪推じゃすいをしていると額に冷たい感触を覚える。


 その感触は自分だけではなかったようで、三人は空を見上げた。


「雨か」


 呟いたのをきっかけに雨粒は次第に大きくなって降り注ぐ。


 辺りを見回し雨宿りできる場所を探すが周りは森しかなく、森に入るか決断を迫られる。


 森に入るのは危険だが、雨に打たれ続けるのも危険だ。もうすぐ夜になる。


 判断を悩んでいたが、バルバトスがまだいるという点から森に入ることを決断する。


「森に入ろう」


 三人で視線を交わし、覚悟を決め森へと足を進める。


 手ごろな雨宿り場所を探すがなかなか見つからず、次第に強くなる雨足に焦りを感じて小走りで探していく。


「あそこっ、行きましょう」


 エリナが洞穴どうけつを見つけ指をさす。


 三人はすぐに洞穴の中に入り、誰もいないことを確認する。


 雨宿り場所が無事確保できたことに胸をなでおろす。


 懸念点と言えば、洞穴が奥まで続いていることだが奥からも雨の音が響いて聞こえてくるためそこまで深い訳ではないようだ。


 降っていた雨は豪雨に変わり、危険ではあったが森に入ってよかったと思わされる。


 バルバトスは何処からか持ってきた木に火をつけ、焚火たきびを始めた。


 雨に打たれて冷えた身体に焚火の温かさが広がる。


「凄い雨だな」


「ですね。雨宿り出来て良かったです」


「今日は止みそうにないね」


「だな。ここで一晩明かすか」


 と話していると木々の間で何かが見えた気がした。


 豪雨もあり、物音は聞こえなかった。恐らく気のせいだろう。


 そう考えを纏めると、ルドの異変に気が付いたのかエリナが尋ねてくる。


「どうしたんですか?」


 気のせいだとは思うが何があるか分からない。共有しておくべきだと思い見たことを話す。


「向こうで何か見えた気がしてな」


 指をさした方向を三人で見ると確かに人影が見えた。


 次第にその人影は鮮明になってくる。それはつまり。


「誰か来てる!」


 誰が言ったのかその一言で三人に緊張が走る。


 ルドは地面に置いていた荷物から刀を取り、バルバトスは立ち上がり剣を抜く。


 人違いであってくれという願いは、豪雨の中ゆっくりと迫る異質さにかき消される。


 人影が近づくとともに豪雨の中、何かを引きずる嫌な音が聞こえてくる。


 三人の緊張を知らず、人影は茂みをき分け森の中から姿を現した。


「最悪だ」


 現れた男の姿を見て三人は絶句する。


 男は中肉中背で人間とは思えないような牙を生やし、右手には鎌を彷彿ほうふつとさせる長い爪が。左手には男に襲われた女性が上半身しかない状態で手を握られ引きずられていた。

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