そして......

 鳥の可愛らしいさえずりが聞こえる麗らかな春の朝方、一人の女性将校が局庁の中へ、部下と思わしき男性将校を伴って入っていく。


受付にいた庁職員が口を開けて驚いている中、二人は一切の迷いを見せずに受付を素通りし、二階へ続く階段を登り始めた。すれ違う職員や軍人たちは一人残らず彼らに道を開け、尊敬の眼差しを持って敬礼をし、通り過ぎた後には興奮を押さえきれない程の音量で今見た二人の将校について語り合っている。

暫くすると、二人は”局長”という札が下げられた一室へたどり着く。女性将校が一つ深呼吸をし、控えめなノックをする。

だが、返事はなかった。

男性将校が肩をすくめると、女性将校が若干上目遣いで彼を睨み、引き返そうと振り向いた時、目を見張る。


「久しぶりだな、ガルー准将そしてモンタニュウス少尉。二人とも元気そうでなによりだ」

「閣下もご健勝のこととお慶び申し上げます」


ガルーの目の前に立っているのは、特務兵団の”元”上司であるバギンス・ドクトリヌス卿だ。


「ふむ、その格好、軍大学へ入学したのかね」

「はっ、その通りでございます」


終戦後、共に重傷であったガルーとモンタニュウスは直ぐ様、首都の大病院まで搬送され一命を取り留めた。

だが、病院に半ば軟禁状態にされている時、事件は起こった。

ザルス帝国を無条件降伏させたガレス少将は英雄として担ぎ上げられる際に、ガルーとモンタニュウスの名前を出し、二人の功績を褒め称えたのだ。

容姿が優れている点と王国軍人として風格を兼ね備えた二人が新聞やラジオ、テレビなどに連日取り上げられ、今では二人のことを知らないものなどいないと言っても過言ではない。

そんなガルーとモンタニュウスの扱いに困ったのが人事部だ。

傷が完治するまでの半年間は激しい運動が禁じられているのだが、このままでは二人が戦争のプロパガンダの一翼を担ってしまい、まだ若い二人にそれを任せるのは軍部としても二人としても避けたかった。


そのため、人事部は前々からガルーが申請し続けていた軍大学への入学を決め、学費を全額免除したうえで辞令を渡したのだ。

これによって特務兵団は一時的に解体され、兵団員たちは魔装兵団に期限付きで合流することとなり、ガルーの肩書からも兵団長が消え本人を重責から解放した。だがそれも束の間であって、エヴァを筆頭とした数名がガルーとモンタニュウスを表彰することになり、今では王家からお墨付きを得た魔装兵となったのであった。

そして軍大学の制服を身につけながら准将の記章および数々の勲章をつけているという事態に、人事部の高官らが天を仰いだのは、誰も知らない話である。


「それは僥倖だったな。四年間の学び、励むが良い」

「感謝します」


直接の上司でなくなったことから、またその他の理由で顔を合わせていなかったガルーは軍大学入学を知らせるために今日、バギンスに会いに来たのである。


「今から戦後処理に関する会議なのだ。時間が取れなくて、すまないな。大学は知見を広げ、一生涯の友人を作るのに最適な場所。だが、二人共。あまり羽目を外しすぎないように気を付けてくれ。君たちは王国軍人なのだからね」


疲れた口調で延々と終わらない戦後処理に不平を募らせ、バギンスが去ろうとする。

普通ならば王家に連なる者に対する不敬罪と言われても仕方がない方法で私はバギンスに質問のみを投げかける。


「なぜ閣下はあの時、私が裏切り者を炙り出すことをお止めになられたのですか。それも、エヴァ王女殿下や国王陛下のご許可も取られずに」


私も帰還してからの数ヶ月間、何もしていなかった訳ではない。関係部署を調べて、色々な情報を得た。そしてバギンスなら私が嗅ぎ回っていたことを既に知っているだろう。

だからこそ、この返答次第で全てが分かる。

黒なのか、白なのか、それとも灰色のままになってしまうのか。


「……」


バギンスが顔のみでゆっくりと振り返る。

そして言う。


「何のことだったかな」


そして去った。

モンタニュウスが静かに、緊張を解きほぐすかのように長い溜息をつく。


「准将、これは決まりですか」

「ああ…そうだな」


重苦しい静けさが二人を覆った。だがそれも直ぐに霧散していき、平穏とでも呼べる雰囲気が辺りを満たす。


「だが、今は時期尚早だ。確かな確証を得られるまで、我々にできることはせめて軍大学にいる四年間、平和というやつを楽しむことだろう」


自分で言っておいて頬が緩んでしまった。

モンタニュウスも何かが面白かったのか、笑いを必死に押し殺そうとしている。


「何がおかしい」


次第に声を押さえられ無くなっているモンタニュウスが、涙を拭いながら答える。


「平和なんて、我々には一番遠い言葉だと思っていましたからね」


確かに、と頷き、思わず私も吹き出す。

一頻り笑い終えた所で、首から下がっているペンダントが不意に重くなったように感じる。

手を伸ばしロケットに触れてみるが、何かが変わった訳ではない。

変わったとすれば……


「平和、か」


服越しに伝わるロケットの感触を名残惜しく思いつつも手放し、私とモンタニュウスは新たなる一歩を踏み出した。

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