一章 魔術師の目覚め

第1話 初戦闘!

悪魔が2人いる。1人は片眼鏡でボロボロの蝶ネクタイとピシッとしたタキシードとのギャップがある。髪が七三で灰色。

もう1人はフードを目深まぶかにかぶりローブを身に纏っており、ローブの下から尻尾がはみ出ている。


―そこは次元の狭間。悪魔のいる魔界と天使のいる天界。そして最後に人間のいる現界。これら3つの世界の狭間。


ここにいるということは簡単な事ではない。魔術と呼ばれるこの世界の不思議な技によって自分の分のスペースをこじ開ける必要があるのだ。既にパンパンの状態所に無理矢理いるので当然、体が潰れるはずだがそこをまた魔術で体の周りをある膜で覆い潰れるのを防ぐ。


それなりの魔術師でもやっと存在出来るのに、この2人は平然と立つ。それが簡単かのように平然と。

「いよいよですねぇ。ようやくが…私達の元に…」

「ええ。兄上もう少しです。」

「必ずや成功させましょう…天界や魔界など知った事ではありません。」

「ッ!!兄上!今です!」

「―さあ!始めましょう!神と悪魔そして、人間の三つ巴の戦争を!待っていてくださいね…今会いに行きます…」

片眼鏡の悪魔は手を大きく広げ次元に穴を開ける。

たった1つの願いを叶える為の1段階目が始まる。



***********


―悪魔が次元に穴を開ける3時間前の現界のある森―


まずい。まずい。まずい。死ぬ。腹に思いっきり食らった。何をって?猪の突進だよ!ただの猪でもやばいのに相手は魔物だぞ?無理だよ。

どのくらい無理かっていうとタンスの角に思い切り足ぶつけろって言われた時くらい無理。

魔術の構築に甘さがあったのか?とにかくやり直さないと―とそんな事を考えていると、木の上から声がした。


「これ!そんな簡単な構築ちんたらしておったら…!」

「グフッ!」


次も真正面から突進が来た。すんでのところで構築し直したが、衝撃緩和の魔術構築をし忘れ衝撃がもろに体全体を襲う。気が一瞬飛んだ。


足がガクガク震える。魔術構築のしすぎで体に限界がきているし、なによりさっきまで普通の猪にしか見えなかったのに今では大きく見える。


この猪の魔物は少なくとも俺の身長より体の長さがある。俺が大体176cmくらいなので普通のイノシシよりデカイなくらいにしか思われない。それでうちの村の畑が荒らされ、俺と同様油断していた力自慢の何人かが怪我をしてしまう大事故が起きてしまった。


そこで今俺を叱った人が修行で俺に実戦させる為、魔物討伐に名乗り出た。


この人はマーリン・カサブランカ。85歳で、孤児院から俺の兄と俺を引き取った義祖父にあたる人。白髪頭で髭が長く、左目が見えていない。


この国ニッパル王国直属の魔術攻撃隊ヴァルドラグの元隊長、ドラゴンを1人で倒した数少ない魔術師などと結構偉業をやってのけている。


そして、先程から猪にボコボコにされているのが俺、シロウ・カサブランカ。どうやら東洋人の親に捨てられているのをシスター・マリア―孤児院のシスターが見たらしく、俺と兄に東洋の名前をつけたらしい。俺はここの名前でもよかったと思うのだが。兄さんが良いと言っていたので良いのだ。


「かっかっか!シロウ。反撃せぬと奴は死なんぞ?」

「プゴー!」

「分かってます…よッ!」


また突進が来た。次は衝撃緩和の魔術を組み入れたので衝撃を緩和して突進を受け止めれた。だが未熟な魔術師の防御魔術などたかがしれている。普通に痛い。


避ければ良いだけの話なのだが、師匠から「防御魔術の訓練も兼ねているのじゃ。」とのことで避ける事は禁じられている。今思えばやばい事言ってるな。防御魔術を覚えたての人にいきなり実戦って。人に魔術を教えたことがないとは言っていたけどさ。


さて、どうする。今のままじゃ、多分こいつを倒せない。突進される前に威力が上がるよう魔術を組み込んで殴っているが、相手が少し怯んだくらいでそんなにダメージはなかった。


魔術における重要な要素は2つ。1つ目は魔素を魔力に変換する事だ。魔素はこの世の全てに含まれている。動物、植物、空気中、水中、どこにでもある元素のようなものだ。その魔素を自分の体のどこかから吸収する。全身から吸収出来るのだが鍛錬が必要である。俺は口から吸っている。


そして、吸収した魔素を心臓で魔力に変換する。この時心臓に負担がかかる為、連続でするのはなかなか危険だ。心臓を強化する手段があるのだが、俺にはまだその材料がない。


2つ目は、魔力を脳内で『魔術構築』と呼ばれる魔術の基礎技術で魔術発動の準備をする。これの良し悪しは生まれ持ってのセンスや弛まぬ鍛錬などが強く影響する。

魔術構築でどのような現象が起きるのかが決まる。例えば、火が手から出たり、俺みたいに殴る威力が強くなるようなシンプルなやつだったり、様々だ。


そして、魔術構築を終え、体外に放出された魔力は魔法陣というを描き、魔術が発動する。


「フゴ…フゴ…」

「?。ってお前…まさか!」

そうこうしているうちに猪の動きが急に止まった。そして、円形の模様が空中に描かれる。魔術が発動したのだ―魔物は本能的に魔術を発動できる。長期戦になる前に、ここで俺を仕留めようとしているのだろう。


「さあどうする?シロウ。なんとかせねば死ぬぞ。」

「フー…あれをやろう。」


避ける事は出来ない、ならば少し無理をしてでも過去最高の防御魔術を発動させるしかない。口から目一杯魔素を吸い込む。その魔素を心臓へ送り込み魔力へと変換する。心臓の鼓動が速くなる。


猛烈な吐き気が襲うが構わない。そこから魔術構築へ移る。魔力を大量に変換しているので魔術を先程よりも細かく構築する事ができる。突っ込んできて正面で受け止めるので全ての魔力を全身を守るために使わず、正面に多く使う。


実はさっきふとある技が頭に浮かんだ。兄と喧嘩している時に兄がしたあの技が。


「プゴプゴ。ブヒー!」

「こいつ…速ッ!―グハッ!」

猪が今までの倍の速さで突進する。もはや、反応するのもやっとだ。またすんでのところで魔術を発動した。腰を低くして、へそ辺りで猪の突進を受け止める。


だが、相手の威力の方が高く、吹き飛ばされそうになるが、構築している時に思いついた技を実行するのにはピッタリの状況だった。


「フー!うぐぉぉぉぉ!」

「ブ!?フゴー!」

猪を抱きしめて、「今までのお返しだ!」―とすぐ近くの木に勢いを残したまま叩きつける。木は折れ、猪はようやくダメージを受けた。体内のどこかが傷ついたのだろう。猪は血を口から流して、呼吸すら辛そうだ。


「ヒュー…ブガ…ヒュー」

「ゼー…ハー…まだだ…逃が…さねえぞ…」


猪は逃げようとなんとか立ち上がり、俺に背を向けた。逃がす訳にはいかない。どこかで回復してまた村の人を襲うかもしれない。その前にここで倒す。


「ッ!待つんじゃシロウ!」


再度魔素を吸い込む。

本当にラストチャンスだ。失敗は許されないと心の中でつぶやきながら丁寧に魔術構築を行う。


集中力が今までで最も研ぎ澄まされているのを感じる。胸がとんでもなく痛いはずなのに、あまり感じない。それなのに思考が驚くほどクリアだ。


魔術構築を終え、猪に跨る。そして大量の魔力を拳に集約させ、俺が今できる最大威力の攻撃を猪の脳天に叩きつける。


「うおおお!!」

「プギィ!プゴ…プゴォ…」


拳は猪のあれだけ硬かった表皮を軽く破り、頭蓋骨を突き抜け、脳を破壊した。生温かさと脳の感触が拳全体を包む。


やっと終わった…。約20分の死闘がたった今終わった。…そうだ。兄さんのおかげで倒す糸口が見つかったんだ。兄さんにありがとうって言わないとな…。


「お…。しっかりせ…。あれだ…。」


命を絶った感覚を直に受けながら俺の意識はどんどん遠のいている。マーリン師匠が何を言っているかわからない。まあ後はマーリン師匠がなんとかしてくれるだろう。…怒られるなこれは。事前に「倒せないと思ったら引くんじゃぞ。」―と言われていたのに無茶をしてしまった。今までで1番怒られそうだ。


などと考えていたら俺は完全に気絶した。それも失禁しながら。

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