第2話レーススタート

『子』 『スタート地点 東京新宿』


忙しない靴音、行き交う排気音、寄せては返す雑踏の耐えない表通りが、右手に少しばかり顔を覗かせている。

 しかしここは違う。一つ路を入っただけで、カラス達は、鳩のように警戒心なく戯れている。連続で鳴かないのがその証だ。カラスが何故ゴミを漁るか?それは、鳩のように与えてもらえないからだ。スラムでは奪うしか生きる道はない。カラスは裕福な日本で唯一のリアルギャングだ。

 そして、ここは臭い。一体何の臭いだ?

地面には得体の知れない痕達や、消化しきれてない酔っ払いの置き土産。中身は…栄養素がまるでない。どうやら、食べ物を配って周る偽善者ユーツーバーは来なかったらしい。

 座り込み一点を見つめるみすぼらしい格好の男。都知事同様に目がロンパっている。都知事の表情筋が機能を停止したのは、誰も抱いてくれる男がいないのが原因だろう。彼女の東京支配(男抹殺計画)を止めるには、誰かが髄を捧げる他に方法はない。そんな気合いの入った日本男児は、この現代社会において、九州にすら存在しないのだが。

 原因が絞れない程に、様々な汚臭がまぐわり合い、澱んだ空気を漂わせている。

東京、新宿。熟れきったドドメ色の生柿と、ケツの隙間にゲロを吐いたような日本の肥溜めだ。

 だが、そんな場所であっても、子にとってはどこか懐かしい感じがしていた。

           【ロンパる】苦悩が凝縮され、行き場をなくした状態。

「あっ、僕のモデルの絵があるぞ!確か、ポンクシーって言うんだよね!」

 鼠が動物の頭上に乗り、操縦している不思議な絵だ。乗っている動物が牛なのか馬なのか、それともカバなのか、下手すぎてよく分からない。しかし、そこにこそ味がある。

 作者であるポンクシーは、素性を知る者はいないと云われている、謎のアーティスト。一説には、絵を描くよりマスをかいてるほうがお似合いの、ただのマヌケとも云われているが、ポンクシーの絵は高値で取り引きされていた。なんと!最高落札価格は五万三千円。下手な落書きにしては高値と言えるだろう。

 壁画を左の方向へ伝ってゆけば、無料で鑑賞できるストリートアートが続き、舗装の行き届いていない脇道が、途中途中で迷路のように入り組んでいる。人間にとっては、なるべく通りたくない不穏な路地裏も、子にとっては居心地がよく、大きな世界。道端のゴミでさえ宝の山のようだ。

「あ!プルトップの化石が埋まってる!こっちにはロケットだ!コンビーフの鍵もあるぞ!」

   【プルトップ】ごく稀にコンクリートに埋まっている化石。現代の空き缶の先祖。

   【ロケット】自転車の後輪に付けると、どんな形状の自転車も二人乗りが可能なバージョンにすることができる。古代文明のオーパーツ。

   【コンビーフの鍵】巻き巻きすることは、動かすことだけではないことの証明。

「感傷に浸ってる場合じゃなかった」思考を元に戻した子は、どちらに進もうか考えた。大通りは危険だ、巨大な人間の足に踏み潰されたら一貫の終わり。死んでしまってはレースどころの騒ぎではない。

 おまけにハイソな街並みは嫌いだ。というより、子は金持ちが嫌いだった。資本主義や官僚主義の連中は、歩き方からして腹が立つ。彼らはヒトラーにでもなりたいのか?

 金持ちと筋肉馬鹿の基本構造も同じだ。好きなものが、お金かタンパク質かの違いでしかない。握るのはゴルフのクラブかダンベルか、まったくもって芸がない。スポーツでも穴に入れることしか考えていない種族である。

 それが悪いことではない、問題なのは彼らが芸術家を殺す生き物だってことだ。彼らは物は買えても、豊かな感性や推敲な魂は永遠に手に入らない。資本主義者は基本的に、物質や目に見えるものしか信じない。電気やWi-Fiは信じるが、愛や魂は信じれないのだ。見える物や世界が在るということは、必ず見えない世界が存在するということすら分からない。一応目玉はついているみたいだが、審美眼はとうの昔に、三角コーナーに捨ててきた連中だ。

 なかには、保険屋なんて職業もある。生まれた時から人生に保険などないのに、人の人生まで金儲けにしようとする、糞より汚い職業だ。資本主義者は、自身の品性のなさを、ブランド品で隠そうとしているが、それが更に品性のなさに拍車をかけている。四十になっても五十になってもギラギラしてる馬鹿しかいない。真の品格とは、精神性から生み出される。

欲望と創造性は結びつかない。真の芸術家にミーティーな脂男(デブ)が存在しないのはそういうことだ。創造力が要らない種族と、贅沢が要らない種族は、決して交わることのない水と油。賢い子は、芸術や文学が好きだった。本物の芸術はストリートから生まれる。優れた文学が、名もなき詩の中から生まれるように。

「よし!左に進もう」子は路地を奥へと進むことを選択した。


 『亥』 『スタート地点 栃木県』

 ~進み続けるしかない、自分を信じて何処までも真っ直ぐ~

 降りたったのは、小さな山の山頂だった。亥の脚は大地に着くと同時に走りだしていた。前回のレースを思い出させる嫌な場所だ。最初にゴールに到着したにもかかわらず、通り過ぎてしまった苦い思い出が蘇る。

「ここは山か?…まあいい。今回は前回とは違う。絶対に勝ってやる!」

 思うところはあれど、勝利への執念で蓋を閉めた。前回のように通り過ぎないことを注意していればいい。

 それに亥は、考えるのがあまり得意ではない。というか苦手だ。だが亥にとっては必要のないこと。身体の頑丈さと体力も相まってか、猪突猛進こそが自身の本質であり、活かすべき長所と理解しているからだ。

 レースさえなければ、山育ちの亥は、本来山登りは好きだった。しかし山登りは好きでも、山降りはあまり好きではない。書くことは好きでも、読むことが嫌いな作家のように。つまり何であれ、今の亥には、山は一刻も早く抜け出したい場所だった。そして複雑な思いと、刻まれたトラウマを消し去るには、方法はたった一つ。

「スタートは平等だ。絶対勝ってやる!」

 

『丑』 『スタート地点 宮崎県』

 〜勝ち負けに興味はなかった。かつての勝負への情熱は、月日と共に消えていた。前に何が建っていたか分からない工事現場(ロストメモリー)のように〜

「何にもしたくないのにな〜。順番とかどうでもいいけど、ゴールしないとな。はぁ〜」

 どっちを買うか決まってるくせに、どっちがいい?と聞いてくるやつくらいに、丑はレースが面倒くさかった。できることならやりたくない。なんたって牛だから。

 殺風景な田舎の一本道。丑はボヤきながら道草を食べ歩いていた。

「ま、ゆっくり地道にが一番なんだな」

 看板にはこう書いてあった。

ー 丑の峠 ー

 昔の人の言うことは大体正しい。知恵と経験が短い言葉に凝縮されている。[食べてすぐ寝ると牛になる]それは、牛に生まれ変わった魂が多いことから納得できる。だがだが、腹八分は間違っている。時は流れ、この現代において腹八分は多過ぎる。

 なぜなら、単純に動きが重くなる。六部七部でも重たい。満腹など論外だ。動けないどころか眠くなる。かと言って二部三部と食べなさ過ぎるのもよくない。少しハングリーなくらいが、軽やかに動けるし集中力も出る。その最もバランスがいいのが、腹四部である。

 その説を唱えた人間の本当の理由は、満足に食べられないニートの単なるひがみであった。しかし牛には全く関係ない。なんたって牛だしね。

 車すら通らない田舎の一本道を、のんびり草を食べながら歩いていると、道の横にぽつんと一体のお地蔵さんが立っていた。お地蔵さんの足元には、緑色のおまんじゅうがお供えしてあった。「草まんじゅうだ!」丑は、パクりと一口で食べて通り過ぎた。

 お地蔵さんは、その様子をただ黙って見ていた。

ー 三年前 ー

「こんな人里離れた場所にお地蔵さんがあるぞ」旅の男は、おまんじゅうをお供えした。

「お一人で可愛いそうに。これは、ささやかな私のお気持ちです。どうぞお食べください」それはそれは、真っ白で美味しそうなおまんじゅうだった。男の純真無垢な心のように。しかし、お地蔵さんがおまんじゅうを好きだと誰が決めた?お地蔵さんの好物は、大量の背脂と店主の塩辛い汗が浮いている、ギットギトのこってり系ラーメンだ。カラメ、マシマシ、ブヒブヒの家畜の餌だ。

「勝手な固定概念のせいで、まんじゅうばかり。全く日本人の悪い癖だ。お前達は毎日まんじゅうを食べるのか?エゴの押しつけにはうんざりじゃ!カーッ!ペッ!」

 お地蔵さんは、おまんじゅうを食べることなく放置した。それから現在に至るまで、ここには誰も訪れていない。つまり丑が食べたのは、草まんじゅうではないという話だ。

 三年かけて作られた、カビまんじゅうの威力と速効性は絶大だった。その破壊力は、世の中の便秘系女子を絶滅させるほどに。

「も〜、我慢できな〜い」丑は、道の真ん中で大量の糞を噴射した。糞がミクロの粒子に分散する程の勢いだ。丑はスーパージェットを搭載したロケットの如く加速した。

 道上に放出された糞からは、この地域の温質な気候と、カビの成分、そして天界で暮らす牛にしか持たない強力な腸内細菌の力も相まって、なんとも怪しげなキノコが急速に生えてきた。その数は六百三十六本。距離にして一キロメートル。後にこの道は、マジックウンコキノコロードと呼ばれることとなる。

 第一発見者は鈴木君(十八歳)そしてそのキノコを摂取すると、ハイになって糞を撒き散らすことから、特定危険薬物と指定されることになるのは、更に先の話だ。良い子の皆んなは、お供え物を勝手に食べないようにしよう。

「誰か止めて〜!お尻が痛いよ〜!」丑は肛門をブルブル震わせながら、時速二百キロで一本道をかっ飛ばしていった。


 派手なネイルの親指を突き上げて、彼女は呟いた。

「はぁ〜、全然車通らないじゃない。こんなイケてる女の子がヒッチハイクしてるのに。全く運のない男達ね」すると一台の車…、いや牛だ!タイヤは付いていない。牛が向かってくるではないか。

「そうね、田舎だし。おかしくないわ」

 丑は走行中、必死に脚でブレーキをかけていた。蹄は擦り減って、身長は三センチ五ミリ縮んでしまった。しかしその甲斐あって、なんとか止まることができたのは、ちょうど彼女の立つ前だった。その瞬間、丑は女と目が合った。

「何よ?」 「すげー巨乳だな」

ある国では、人と牛が命を懸けて闘うらしい。人と牛は果たして理解し合えるのか?

数々の哲学者、研究家、動物学者が、この謎を解くべく挑戦したが、未だかつて解明されていない。

「もしかして乗れって言ってるの?じゃあお言葉に甘えるわ、あなた背低いし」女は丑にまたがろうとしたが、何かを思い出した様子で、丑の横に立った。

「そうだ、自撮りしなきゃ!」そう言うと、女はチャネルのバッグから謎の機械を取り出した。人間の手の平と同じくらいの大きさだ。

「自撮りって何だ?何する気だ?」

女は、自身と丑に向かって、何故か高い位置から狙いを定めている。

「なんだ?なんだ?」

女は機械の位置を調整している。上げたり下げたり、また上げたり。ちょっと横にしてみたり、角度をつけてみたり。

「あんた顔がデカいから助かるよ」女は目をガン開きにして、何故か無表情で遠くを見つめだした。その不可解な行動と顔がなんとも恐ろしい。

 表情を微塵も変えず、狙いを定めた様子で女はカウントダウンを始めた。次第に女の声は遠ざかり、丑に流れる時間は恐怖とパニックにより圧縮され、スローモーションのようになっていった。

「いくよー、3…」

「まさか俺と心中するつもりか⁉」

「2…」

「こ、この牛殺し〜!」

「1…」

「ひっ、ひぃ〜!やめてくれ〜‼」

丑は奥歯をガタガタと震わせながら、目を伏せた。次の瞬間、機械からカシャっと音がした。丑は恐る恐る目を開けてみると、自身に特別な変化はない。どうやら無事のようだ。

「おっ、よく撮れてるじゃん!何その顔。牛も目を瞑るんだ、ウケるんだけど」

                    【ウケる】言葉になるほど面白いこと。

 自撮りが終わると、女は丑にまたがった。

「も〜、脅かすなよ」昔の人は、写真を撮られると魂が抜けると恐れていたが、昔の牛も同じだったようだ。実際に低確率で魂が抜けた事例もある。

 丑は女を乗せて、ゆっくりと歩き始めた。


 『卯』『スタート地点 千葉県浦安市』

 〜歩くこともできないよ。だって目に映る全てが怖いんだもん〜

「有紗(アリサ)、次は何に乗ろっか?」ママは優しく尋ねました。

「私ポップコーンが食べたいな。勿論ハニーバニーのやつ!」

「有紗はハニーバニー大好きだものね、じゃあ買いに行きましょう」

 テーマパークは、子供から大人まで「非日常」を味わえる夢のような場所。しかし有紗に訪れた非日常は、それはそれは不思議なものでありました。

「ママ見て!兎さん!」

「ハニーバニーいたの?じゃあ一緒に写真撮ろっか?」

「違うよ!本物の兎さん!」

 ママは、有紗が指差す方向に視線を歩かせていった。およそ五メートルくらい先の歩道脇、人気の少ない草陰の中に、なんと本物の兎がいるではないか。

「怖い…。ここは何処?」卯は草陰で身を震わせていた。視界に入るものは、なにもかもが恐ろしかった。 無機質な表情で、脚を動かすことなく、浮き沈みしながら廻る馬。頭部だけがやたら大きく、笑顔のまま二足歩行で彷徨く奇妙な生き物。はるか頭上から飛び交う絶叫。悍ましい悲鳴と轟音が聞こえる度に、卯の身はすくみあがった。

「ううっ、帰りたいよ…」身動きがとれずに隠れていた…つもりだった。

警戒から筋張って伸びていた耳は、草むらから僅かに飛び出していた。有紗は、将来バニーガールになりたい程の、大の兎好きである。他の子はアトラクションに夢中でも、有紗が兎を見逃す筈はなかった。

「兎さ〜ん!」

「有紗、待ちなさい!」

有紗は一目散に走り出した。こうなったら、もはや有紗の耳にママの声は届かない。始球式にアホなクロマンアイドルが投げる、ヘッポコ球のように。

 卯が、声のする方へ振り向くと、巨大な女の子がこちらに向かって走ってくるではないか。「うわぁ!」強張る身体を、なんとか動かしてその場を離れた。しかし、振り返ると女の子もついてきている。草むらから出ると、柱のように巨大で、不規則に動く人間の脚が、死のスタンプを容赦なく押してくる。卯は、其れらを危ういながらかわして逃げた。

「誰か助けてぇ!」

「待ってー!兎さーん!」


 『寅』『スタート地点 ??』

 〜俺に怖いものはない。そう思っていた。

メラメラと燃え盛る炎の輪を見るまでは〜

「冗談だろ?お嬢さん」

「どうしたんだい?早くお飛び!」

やたら露出の多い服で、鞭を持った女が俺に促す。何だこのドS女は?変態か?動物虐待じゃないか?そしてここは一体何処なんだ?やたらと広いな。ぐるりと椅子で囲まれた、だだっ広い円形の部屋。その中心にある高台にいるようだ。天井の両脇にはブランコがある。何故あんな高い所に?

 そして大きな檻が三つあり、一つはやたらとでかい。真ん中の檻だけが空いていて、右のでかい檻と、左の檻の中には何かいるようだ。

 寅は、恐怖と少しの冷静さの中、自身の置かれている状況を飲み込めないでいた。

「さあ可愛いベイビー!火の輪を潜りなさい!今夜のステージのリハーサルよ!」

 無理に決まってる。目の前の火の輪を潜れだと?この変態女め!今夜何かあるのか?何を考えていやがる。まさか、こんな形で動物の本能を思い出すことになるとは。

 動物にとって、炎とは恐怖そのものだ。人間が他の動物と違い、地球の覇権を手中に収めることができたのは、火が使えるからだ。

「俺を怒らせるなよ?」寅は牙を剥き出しにして威嚇した。

「おやおや?仕事前なのに、甘えたいのかい?少しだけだよ、さあおいで!」

「上等だ!密林のハンターが貴様を噛みちぎってやる!」寅は、飛びかかり女を押し倒した。そして自慢の牙で女に噛みついた。しかし、全くと言って歯応えがない。

「きゃはははは!くすぐったいじゃないか!」何故か女は笑っている。

「いつの間にか牙が生えてたからね、あんたが眠ってる間に抜いておいたよ。人間も助平だと髪が伸びるのが早いって言うけど、あんたも助平な虎だわね。あははは」笑えない。笑える所か泣けてくる。

「き、牙がない。…爪は?」寅は、恐る恐る視線を下に向けた。

「感謝しなさい。勿論爪も綺麗に切っておいたわよ」

これは悪夢だ。そうに違いない。

「いつまでそうしてるんだい?」女は立ち上がり、鞭を構えた。

「あんなので叩かれたらひとたまりもない」寅は高台から飛び降りて、正面の一つしかない扉に向かって走り出した。思い切り体当たりしたが、扉はびくともしなかった。額の痛みと流れる血が、夢ではないという事実を突きつけた。寅はがっくりと項垂れた。

「今夜も大勢のお客さんが観にくるんだ。しっかりしな!」

 牙の抜かれた猛獣は、ハサミのないカニと同じだ。食べられるだけカニの方がマシかも知れない。

 自信とは根拠のないものだ。何かを続けていたから自信になる?それはただの経験であり、ただ続けるだけでは意味がない。経験や実績は自信にはならない。なるのは過去の武勇伝をいつまでも語る、腐れダサ坊ってだけだ。自信と言うのは文字通り、自分を信じることである。それはもっと精神的でスピリチュアルなマインドだ。

 身体を鍛える人間の八割は心が弱い。自信のなさを筋肉で埋めようとする。そんな、フォーカスのポイントがズレているとんちんかんには、一生持てないもの。それが自信だ。しかし、今の寅は、牙も爪も自信さえ奪われてしまった。

「こんなのマインドレイプだ〜!」

寅はステージに連れ戻された。一度植えついた恐怖は、こびりつき、やがて錆び付いてしまう。


 『辰 巳』『スタート地点 とある村』

 〜その像は錆び付かない。その理由は三つ〜

 一つ、この村には海がない。二つ、この村は、世間では変人扱いされてしまう、ヒッピーやボヘミアンなどの平和主義者(遊び人)が、皆んなで出資して、唯一国家の管轄外の辺境にある土地を買い、築き上げたユートピア。海がないことを除いては、自然豊かでロケーションの美しい場所だ。

 この村に住む人達は、車などの環境汚染する物は持たず、自給自足で支え合い、ナチュラルな生活している。物も大事に使うし、パイプにこびり付いたカスも、掻き集めて最後まで吸う。つまりは歴史が浅い。

 そして三つ目の理由が深刻だ。急激な異常気象により、雨季にも全く雨が降らなかったのだ。それは、都会でも水不足が続くほどに。それがこんなに長い間続くのは何故か?

 地球温暖化。環境破壊からそうなったのか、はたまた、元来定期的に訪れるものなのか?前者が原因ならば、彼らの選択は正しい。だが、社会は違った。人の欲は尽きない。利便性を求めるあまり、人々は変わってしまったのだ。

 約百年前は刀で斬り合っていたのが、今ではリモコンで戦闘機を飛ばせる。それを進化と呼ぶか退化と呼ぶか?アトランティスの人々に聞くことが可能なら、なんと答えるかは容易に想像はつくだろう。

 この村の住人達は、本来の人間性を大切にしている。利己的な人間は居らず、心で感じるままに唄って踊り生きる。管理国家と化した、この国の異常性に、いち早く気づいたのだ。

この国では病院に行けば、適当な病名をつけられて、依存性の高い化学薬品により、薬漬けにされてしまう。製薬会社は殺し屋だ。医者、弁護士、政治家。このような非人道的な職業も、心を捨てた人間かイマジネーションが欠落した人間にしかなれない。

 先進国では、神の薬草、大麻が病院でも処方される。日本では製薬会社の儲けの為や、政治的理由で、誤ったプロパガンダを国民に植え付けて、薬物扱いされ禁止されている。本来日本でも、神の植物とされ、昔から万能薬や衣類としても使われていたのだが。権力者の都合で、テレビやマスコミという、洗脳マシーンを使って、国民の脳を機械化してしまったのだ。「幻覚を見ます。精神に異常をきたします」

カフェインで幻覚が見れるであろうか?アルコールで幻覚が見れるであろうか?大麻で幻覚が見れたなら、ジャンキーからしたら苦労はないだろう。

 そして権力者は、化学物質や悪性添加物を人々に投与し、お金を吸いあげる。日本の悪性添加物の量は、世界第二位で大国のアメリカの五倍以上。ハンバーガーとピーナッツバターで頭を破壊され、年中戦争や暴動ばかり、ガムやボムが大好き、あの馬鹿の溜まり場アメリカよりだ。

 しかし、国や所属団体を一括りに言うのは良くない。ホドロフスキーのような自分至上主義になってしまう。それは自らをクリエイティブな人間ではないと言っているも同義。豆腐を食べるアメリカ人もいる筈だ。それに村人は知っている。第二次でも第三次でもない。戦争は常に起こっていると。

 洗脳されてる国民は、国家が悪いなんて一ミリも疑わない。バイトですら寝ないのに、国を動かす人間が、地上波で堂々と寝ていても気にしない。何でも従うし、悪性添加物も平気で食べる。

「だって、美味しいじゃん」馬鹿は幸せだ。不細工だろうが、貧乏だろうが馬鹿というだけで幸せなのだ。馬鹿は死んでも治らないと言うが、死んでも幸せなのは馬鹿だからだ。だが馬鹿は馬鹿故に、周りに迷惑をかけていることを分かっていない。何故なら馬鹿だからだ。それに馬鹿は学習能力がない。つまり、薄っぺらい人生を送っていると言っているようなものだ。しかし、気にしない。何故なら馬鹿だからだ。

 そしてあらゆる洗脳を受けた人間は、妖精スノーフェアリーになってしまうこともある。


     【スノーフェアリー】満員電車の中、スーツの肩に白い粉を乗せた妖精。お互い吸いあって一日の栄養源にしている。毎日同じ時間に起き同じ電車に乗り、コピーで刷ったような屍人生活を死ぬまで繰り返す。そして、安定というまやかしに身を投じ、一年先も分からぬ世界で、三十五年もローンを組んでマイホームを買う。クレイジーを極限まで極めた生物。政府の洗脳、会社の洗脳、家族の洗脳により、己の意思がある時間はワンコイン程度。メイド喫茶の厨房にいる妖精とは別者。


 人口の三分の一が癌で亡くなるというのに、悪性添加物を食べ続ける。自分の意思や真実を知るより、自分の心を殺して、他者と同調する方が好き。世界的にはなんとも稀有な鎖国的島国だ。独裁国家でもないのに、自由を嫌う国民性。自らロボットになることを求める。国家からは、国民に口を塞ぐよう布パンティーが一人につき二枚配布された。それを矢部のパンティーという。

 そして、伝説のロックバンド『少年』が、かつて歌っていたとおり、マイナンバーという番号が割り振られ、人々はいつからか番号だけで呼ばれるようになった。

    【矢部のパンティー】矢部総理大臣が、政府の悪事を隠蔽する為に、これで口を塞ぎやがれと、国民に配られたものである。それにより、そこら中でパンティーを口に詰めた、宗教団体のような人間ばかりになってしまった。


 日本人はお祭り好きだ。近年では全く関係ないハロウィンまで恒例となった。インフルエンザが流行した時も同じだ。水を買い占めたり、マスクを転売したり、行く先々でアライグマのようにアルコールで手をバシャバシャしていた。まるで、縁日の出店ですか?と聞きたくなるほど、盛大に盛り上がった。手にアルコールかけて感染しないなら、何故酒を飲む場でクラスターが?

 とにかく日本人はネガティブなことでさえも、祭りに変えてしまう特有の気質がある。日本には「赤信号皆んなで渡れば怖くない」なんて、ことわざもあるくらい、なんでも一緒がいいみたいだ。右へ倣え。車道も本のめくりも、全て右。アーティストのライブでさえ、無表情で右手を機械のように振っている。ちんぽこだけは一丁前に左曲がりが多いのも、日本特有のことだ。

 人権や心の望む生き方を嫌い、思考を放棄した国民性と、愛を信じないマニュアル人間の増幅により、この村の住人達のような、真実に気づいている人達は反社会的とされ、社会で爪弾きにされてしまう。

 マニュアル人間は、愛がなくても簡単に結婚する。そしてすぐに離婚も。世間の目の為に結婚する人間もいるくらいだ。中には仮面夫婦なんて変異種もいる。愛と我慢は決してイコールにならない。しかしマニュアル人間は、愛に対する重要度が低いのだ。

 そのくせ、安定とか保険とか、ありもしないものを追い求める、ある意味で夢想家と呼んでもいいだろう。しかし、彼ら偽善者を夢想家と呼べないのは、それが個人のことだからだ。保身の為なら、平気で自分を殺し、手の平も返せる。

 それをあたかも、人の為「風」に言う傾向がある。オマールエビ「風」とかシチリア「風」とか、あれと一緒で偽なのだ。中身がないどころか、何でできてるかすら分からない。そこら中に偽善者しかいない国。

「排除主義、官僚主義、万歳。我々はお国の為に、喜んでパンティーを口に詰め込みます」心根が腐り、愛の欠落した種族。それが日本人だ。


 この村は、繊細で感受性が高い故に、悪の権力者達と意思のない国民が結託した社会の中で、生きづらい人達が力を合わせて作り上げた、地上の楽園なのだ。その最後の楽園が今、水不足により危機に陥っていた。そして今日も村人達は、村のシンボルである龍の像の前で輪を作り、祈りを捧げていた。

 何故、龍神を祀っているかというと、この村ではシャーマンの儀式を行っていた。ある日の儀式で、村の皆が同じ龍の幻覚を見た。更にその日の夜、龍が現れ願いを叶えてくれるという夢を、村人の全員が見たのだ。そして、その幻覚を見た次の日から、村人達の身体には、何故か龍の形のアザができていた。女は太ももに、男は睾丸に。それから、龍の像を作り、神と崇めていくようになった。

 それ故村人達は、龍神様が村を救ってくれると信じている。しかし、村で貯水していた水は残り僅か。一日持つか持たないか程度しかなかった。そんな状況でも、龍神様を信じて、村人達は今日も唄い踊っていた。

♫つかもうよ〜玉玉を〜、歴史の原点が詰まった玉玉さ〜、全てはここから始まる〜僕らの本当のお袋さん〜♫ここからサビに入るというところで、突然目の前に、大きな龍が現れた。

「で、で、で、出たーー‼」 「で、で、で、出たーー‼」

 突如目の前に現れた龍に、そして突如目の前に現れた村人に、お互いは声をあげて驚いた。その後すぐに、村人達は喜びを露わにした。

「龍神さまだー!ヤーマン!」「やっと現れてくださった!」「これでこの村も助かるわ!」村人達は再び、玉玉の唄を唄い、歓喜の踊りを踊り始めた。

 辰は全く状況を飲み込めずにいた。「お前達何だ?」辰は、干支の動物達の中で唯一、人間の言葉を話せる。辰の言葉に、村人達は踊りをピタリと止めた。そして、一人の村人が言った。「え?そこは、願いを一つ言え。じゃないんですか?」

 辰は余計に混乱したが、冷静に答えた。「何を言ってるかよく分からないが、誰か詳しく説明してもらえるか?」

 すると、村の村長、孫張(そんちょう)が事情を説明した。

「かくかくじかじか。かくかくじかじか」

「ふむ、ふむ」

「かくかくじかじか。かくかくじかじか」

「なんと」

「そういう訳でして、我々は龍神様がお姿を見せてくださるのを、祈るようにお待ちしておりました。我々は、ロボットパンティー社会では生きていけません。もう水はあと一日分ほどしかありません。小さな子供達もいます。どうかお助け下さい」

「なるほど…な」辰は責任感が強い。頼られると放っておけない性格で、特に弱者を守りたいという気持ちが強かった。しかし雨を降らすのは、いくら辰といえど難しかったのも事実。「ふ〜む、どうしたものか」辰が思考を巡らせていると、龍の像の辺りから声が聞こえてきた。

「た…辰、私でよければ力になるわよ」恥ずかしそうにそう言うと、にょろりと巳が姿を見せた。巳は辰を誰よりも慕っている。他の者へは処構わず毒を撒き散らすが、辰だけには違かった。この気持ちを何と呼べばいいのかは説明ができない。ただ、どんな時も力になりたいと思っていた。

「お前にはお前のレースがあるだろう?」辰は、巳を心配して言ったのだが、巳は何故か哀しそうな表情を浮かべた。辰は人間の話もでき、愛読家で字も読める。

博識で頼りになる存在だが、唯一欠点を挙げるとすれば、女心を全く知らないことだ。

「村人達よ、まだ少し猶予はあるのだな?では、私がなんとかするから安心していなさい」ついつい言ってしまった。辰は自分にプレッシャーをかけることで、覚悟を決めるタイプだ。これといった策はないにも拘らず。

「龍神様、ありがとうございます!」村人達は辰に感謝をして、それぞれの家に帰っていった。「さて、どうしたものか」悩む辰を、巳は心配そうに見ていた。

「なんでいつも、一人で何とかしようとするんだろう…。そんな辰が心配」これが男と女の考えの違いである。

 最近では、女が強過ぎて、男がオカマのように弱体化している。それもこの国特有の現象だ。女はあらゆる手段でお金を吸収し、好きな時に男を食う。ハニートラップどころか、彼女達のお口は国ごとペロリしている。彼女達は、高みを目指し常に進み続けているのだ。しかし男はなんとも情けない。街中でよく見かける光景だが、キノコ頭の若い男の子同士が、ショッピングをしていて「これ可愛くない?」なんて声がよく聞こえてくる。【ダーウィンの進化論】が正しいとしたなら、彼らは三年もすれば、竿も玉も跡形もなく消えてなくなるであろう。終いには失った跡を舐め合う事態にすら発展しかねない。しかし彼らからすれば、男が服を見て可愛いと言うのも、景色を見て綺麗と言うのと理屈は同じようだ。ふむ。本来男とは、白日の元、自ら放出したゲロの川で目を覚まし、砂利をおかずに生を食す。そういうものだ。

       【ダーウィンの進化論】猿が人間になるというふざけた理論のこと。


『午』『スタート地点 茨城県』

 ~ 何かを背負って走ったら、僕も進化できるかな? ~

 昔は茨城県といえば、ヤンキーが多いイメージでもあったが、ニュータイプヤンキー出現により、生態系も変化を余儀なくされた。出○館大好きな、パキオラ刈り上げ出っ腹族や、インテリガリカチオタヤン族など、新種の勢力拡大により、オールドヤンキー消滅後、街で映像のないゴットファーザーが流れることもなくなり、もはやなんにもないのが取り柄の県になった。

元々ヤンキーは、やることがないからヤンキーになるのだが、現代の暇人はスマホが全て満たしてくれる。今では、顔や名前を明かさずにツッパるのが、ナウにナウいのだ。つまり、ある一つの施設を除いては、なにもない暇人達の洞穴、それが茨城県だ。午は、そんな茨城県の街道にいた。

「この踏み心地、脚に馴染むな〜!」 蹄と大地のファーストコンタクト。地上の生命力が脚から全身に伝道し、抑えられない衝動に駆られた午は、そこら中を縦横無尽にキャンタ(駆け足)った。

「走るって最高!」喜びを全身で感じ、立髪から尻尾の先まで生命力に溢れた。

「よーし!何処にあるか分からないけどゴールを目指すぞ〜!」

 少し落ち着きを取り戻し、意気揚々と街道に戻ると、遠くの前方から何かが走って来た。「何だろう?」その距離はどんどん縮まる。立髪を揺らし、鬼気迫る形相で汗を振りまいて向かって来る。細かい所までは目がいかなかったが、何故かその姿は遠目にも、午の瞳には輝かしく映っていた。その何かが午に接近するまで、そう時間はかからなかった。ビルゲイツが一千万円稼ぐほどの僅かな時間だ。何かが目前で止まると同時に、午は大きく目を見開いた。その反応はむこうも同じであった。

「君は誰?」 「お前は誰だ?」

二頭の反応は至極当然である。なんと、姿形がお互いにそっくりだったのだから。馬が合うとはまさにこの事だ。上手い!

「話は後だ、俺について来い」自分に瓜二つの馬はそう言うと、街道から少し逸れた茂みへと、午を誘導した。何かに追われているのか、焦燥感が滲み出ている。無言で歩くこと五分くらいだろうか、二頭は足を止めた。

「ここまで来れば大丈夫だ。俺はドープダイレクト。お前は?」

「面白い名前だね!僕は午だよ。しかし驚いたなぁ。君は僕にそっくりだね」

ドープダイレクトは午の言葉にツッコミむことは勿論、大した反応も示さずに、午の周りをゆっくりと周り始めた。

「…確かにそっくりだな」ドープダイレクトは、午の正面に戻り、真剣な眼差しを送った。

「お前、レースに出たくないか?」


 『神』 『場所 ⁇』

「鶏が先か?卵が先かだって?単純明快、そんなの卵に決まっておる。それより不可解なのは、男に髪を切ってもらう男の気持ちがワシには解らん。美容院という空間の中でだけ、ホモになる特異体質なのだろうか?ワシは嫌じゃ。男に髪を触られるなんて、想像しただけで吐き気がする。まあ、フォアグラのようにブクブク太らせた、ロン毛で裸のデブ男がぶつかり合うのに興奮する国民性じゃ、不思議な話ではない。そう、この国はおっぱいブルンブルンのアニメがカルチャーになる恐ろしい国じゃ。日出づる国もとことん落ちぶれて変わったのぉ。まるでネームバリューをいい事に、ホストに旅をさせる物語に成り下がったゲーム(7から13)みたいじゃな。ん?何故そんな国に動物達をじゃと?ほっほっほ。まぁ飲め」 


『酉』 『スタート地点 神奈川県』

 〜優雅に空を羽ばたく鳥。なんて素敵なのでしょう。私にも翼があるのに…私は飛べない。そう、私は飛べない鳥〜

「せっかく地上に来たのはいいですが、空を飛べないなんて。はぁ…」

見上げると、鳥達は優雅に空を泳いでいる。

「宝の持ち腐れとはこのことですわね。あー、だめだめ、レースに集中するのよ、私!」ネガティブ思考な酉の頭の中は、自己否定を繰り返す悪循環に陥っていた。渦を巻いた頭を携えて歩いていると、車道で鳩が蹲っていた。なんと、車が鳩のすぐ近くまで迫っている。

「危ないですわ!」酉は咄嗟の判断と精一杯の力で、鳩を車道から押し出した。いつもの犬猿の仲裁が、活きた瞬間だった。

「ふ〜、なんとか轢かれずにすみましたわ」

「あ…ありがとうございま…うっ…」

 どうやら鳩は翼を怪我しているみたいだ。血が滲んでいて痛々しい。そして脚には何かが括り付けてあるようだ。

「大丈夫ですか?」

「私としたことが、しくじりました。私は伝書鳩と言って、この手紙を届けなければならない使命があるのです。そしてこの手紙は…」鳩は、濁すように言葉を飲み込んだ。「しかし、この傷ではもう飛ぶことができません。勝手なお願いですが、どうか私の変わりに届けていただけませんか?」

「でも…、私飛ぶことができないのです」

「あなたならできます。私より大きくて立派な翼をお持ちではないですか。それにさっきだって、命をかけて私を助けてくれました。あなたはまさに、救世主のように飛んできました」

「でも、でも…」

「自分を信じてください」

「分かりましたわ…やってみますわ!」

鳩は手紙を酉の脚に括り付け、送り先の場所を教えた。

「それと」

「それと?」

「中身は、決して見ないようにお願いします。」

「…分かりましたわ」

「絶対見ないでください」

「わ…分かりましたわ」

「返事が小さい!」

「はいっ!分かりましたわ!」

 鳩は強力な念を押した。「では、お願いします」

さて、酉の旅は始まるのかどうか、飛べなければ話の筋書きは変わってしまう。

「私はできる!私は鳥!さあ、翼を広げて飛びますわよ!」


 バサバサッ!

申は空から降ってきた。驚く枝葉を揺らしながら。


 『申 戌』 『スタート ⁇』

 これは神による、悪態つきの申への、ちょっとした嫌がらせか。木が高かったおかげもあり、地に落ちる前に、自慢の握力でどうにか枝にしがみついた。

「ふ〜、間一髪」内心そう思っていたのは、申だけではない。

「ふ〜、間一髪」その木の根元、戌は用を足していた。「神様の話長いんだもん」その様子を上から見ていた申。

「何であいつがいるんだ?まあいい、俺に気付いてないな、このまま少しの間、高みの見物といこうじゃないか」

ここは、何処かの森の中のようだ。用を済まし、スッキリしたところで戌は歩き出した。鼻を地べたに近づけて、臭いを嗅ぎながら歩くのは習性だ。犬は肛門を探す旅人、いや、旅犬である。達人、いや達犬の領域まで達すると、臭いだけで犬種や性別まで分かるらしい。しかし、ながら歩きには御用心。特に木が生い茂っている森の中では。

「痛っ!」犬もあるけば何とやら。木にぶつかった。

「うっきっき。あいつ、本当にドジな奴だな」

猿は生まれつき、非常に運動能力が高い。猿は男の誰もが挫折した自フェラができる、地球で唯一の生物だ。

 男には自フェラ期というものがある。中、高生の時に一度目の衝動に駆られる。成長し、下手な女に何度か当たると、ニ度目の自フェラ期が訪れる。世の男子が、こぞってこんにゃく談議をするのは、猿への憧れや嫉妬心からくるものである。

 申は、戌に気付かれないよう慎重に、一定の間隔を保ちながら、木から木へと尾行して行った。


 澄んだ空気で、肺を満たすことなく、すぐさま鼻から放出する。亥は蒸気機関車の如く、山道をひたすら降りていた。そのスピードはとどまることを知らず、麻雀中の煙草のように加速してゆく。

 しばらく走っていると「どん‼」と、突然大きな音がこだました。猟師に発砲されたのか?それとも何かにぶつかったのか?その音は、家賃六万円くらいのうっすい壁のアパートで、突然夜中に上の階の奴が鳴らす、原因不明の音のように大きかった。しかし亥には「なんか音がしたな」程度のことであった。今回のレースへの執念で、怖いものなど何もなかった。最も恐れているのは負けること。行手を遮るものは、全て体当たりでぶち壊していけばいい。ひたすら走ることのみに集中していた。


 戌がしばらく歩いていると、少し遠くの茂みの中から、ガサガサと音が聞こえてきた。

「この臭いは!」気づいた時には、既にその姿が目の前の草むらから飛び出してきた。

「やっぱり!」「戌⁉」亥はすぐに方向転換できない。それを知っていた戌は、臭いに気づいた時から避けることを考えていたので、なんとか衝突を回避できた。

「ふ〜危なかった。やっぱり、僕の鼻って便利。へへん」戌は、束の間のナルシズムを味わった。ナルシズムがない程タフじゃなかったら、当然犬なんかやってられない。

「あいつ、逆の方向に歩いているぞ?残念だが、俺の来た道にゴールはなかったぜ」

「…とか考えてるんだろう。亥は考えが足らない奴だからな。神は、ゴールはそれぞれ別にあると言っていたじゃないか」上から様子を見ていた申はそう思った。

「亥の他に動物の姿が見えず、戌と同じ場所からスタートした。神の考えることだ。何か意味がある筈だ。もう少し戌の様子を見るべきだな」申が考えをまとめていると、戌の姿がない。

「見失った!邪魔な葉っぱだ!」慌てて木に飛び移った。

 しかし、亥の考えは申とは異なった。「戌を抜いたってことか?」亥は少し困惑していた。しかしこれはレースだ。走る以外に道はない。流れる風と共に考えを吹き飛ばした。ゴールの見えないレースは不安である。まるで人生のように、山あり谷あり、先が見えない。しかし、フルスピードで爆走していた亥は、あっという間に山を降りた。

 山の麓には川が流れていて、立札が設置してあった。

『この橋渡るべからず』

 亥は普通に橋を渡った。何故なら、辰を除く動物達は字が読めない。神父が少年に突っ込むように当然のことだが、動物は人間が何を話しているかは分かるが、話すことはできない。もし字が読めても、亥に限っては普通に真ん中を渡っただろう。何故なら、昔神様がとんち話をした時、亥が言った言葉がこれだ。

「ただの屁理屈じゃねえか」

「いや、これはとんちと言ってだな」

「屁理屈のことをとんちって言うのか?」

「…もうよいわ」そんなやりとりがあった。

 山から抜け出る間際、亥はふと、レース前にした神の言葉を思い出した。橋のおかげかは定かではない。「たしか中心を目指せと言っていたな…つまり、東京ということか!」

 亥は少し考えることを覚えた。その時ちょうど、近くにいたリス顔のリスに道を尋ねた。「東京はどっちだ?」

「ここから南の方向だけど、結構遠いよ?それとこの辺りは気性の荒いバイカーが…って」「サンキューなーーーーーー‼」リスが話を終えた頃には、亥は既にリスの元から、遠く離れていた。例え一秒でも、止まることは勿体ない。亥にとっては、澄んだ空気も、青い空もどうでもいい。そもそも身体の構造上、空は見れない仕様になっている。


「な、なんとか飛べましたわ」

酉は地上三、三三メートル辺りで、必死に羽をばたつかせていた。

「それでは行ってまいりますわ!」 「よろしくお願い致します」

 酉は、青い空を海沿いから北を目指して飛びたった。低空ではあるものの、初めて空から見る眺めは格別だった。「私、飛んでいるのですね!感激ですわ!」不慣れで不器用だが、鳥としての喜びを産まれて初めて味わっていた。しかし、気を緩めるとすぐに沈んでしまう。重力に頭を押されながら少しの間飛んでいると、その更に上空から、カモメ達が近づいてきた。

「見ろよあれ、だせぇ飛び方」

「鶏は歩く方が似合ってるよ?」

「チキン野郎!クリスマスは終わったぞ!カーネル家に帰りな!」カモメ達は、蔑んだ容赦ない罵倒を浴びせてきた。

「笑いたければ笑いなさい!私はもっと上手く飛びますわ!」

「ま、せいぜい頑張れよ!コケッ!ははははははは!腹いてぇー」カモメ達は、嘲笑いながら去っていった。

「気にしない。気にしない」そう自分に言い聞かせてはみたものの、酉は物凄く気にしいだ。「たしかに、成り行きで引き受けてしまいましたけど、私なんかに達成できますかしら?しかも私はレースの最中でしたわ。はあ…何やってるのでしょう、私!」

 再びネガティブな思考に陥ったのは、飛び始めてまだ一時間も経っていない頃だった。

「いけない、いけない。約束は果たしますわ!」

 酉は、三歩歩くと忘れるというが、あれは嘘だ。むしろ気分は、目まぐるしく上がったり下がったり。それと連動するような動きで羽ばたいている。酉は果たして無事に、使命を全うできるのであろうか?


 小さな歩幅で、どれくらい歩いただろう?ふと、ある感覚が身体の中心から生まれてくるのを、子は感じていた。「そういえば、下界ではお腹が空くんだった」子は空腹と疲労から、壁際にもたれかかり脚を止めた。「下界で生きていくのは楽じゃないな」

 しばらく休んでいると、何処からともなく、鼻の中に幸福な匂いが舞い込んできた。

「天にも昇るこの匂い…チーズだ!」先程までの疲れは何処へやら。子は大好物のチーズの匂いが導く方へと、自然に脚が向かっていった。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ…」


 パチン!

 球体は弾けた。まるで抽象画のように美しいグラデーションが。


 『未』『スタート地点 ⁇』

 未は、自身が作り出した鼻提灯の割れた音で、重たい目蓋が半分ばかり開いた。

 目蓋の裏は、まるで『無』のようだ。無は長くは続かない。宇宙でさえ無ではいられず、ビックバンにより誕生した。というより目覚めたという言い方が正しい。眠りについている間が無だとしても、必ず目覚める。では、逆に目覚めてる間が無なら?そう、死によりまた無に還る。しかしまた、新たな世界へと目覚め、循環する無限のループ。

 それは普段してる呼吸も同じ。息を吸って、それを吐ききり、次の息を吸うまでの一瞬が無なのだ。暗闇から顔を出すちんぽこだって同じだ。そのジッパーを開くのは、私達人間。つまり、自身には確認できない高次元の存在が、瞬間の『無』を生み出している。

 無から抜け出た瞬間に生命は幸せを感じる。それは精子が鬼頭を飛び出た瞬間だったり、シンナーの一口目が美味しいのと同じ理屈である。

 『無』とは、そんな聖なる瞬間を生み出す、世界と世界の中間なのだ。そして無意識とは、名前の通り無から生まれた意識であり、画家やミュージシャンはこの力を使い創造する。イラストレーターにはない力。偉大な力故、理性がない未熟者は、この力で人を殺めたりする。なかには『無』の認識を間違え、今在る世界から抜け出したいという願いから、『無』になりたいと思う人間もいる。歓びと哀しみが3:7でブレンドされた、この世界から。しかしそれは、一瞬の出来事に過ぎず、必ず次の世界に引き寄せられる。自分の意思では決めることができない。聖なる瞬間のまま存在し続けられるのは、宇宙広しといえクラゲしかいない。つまり、頭の良い人間は不幸なのだ。

 そんな『無』と『世界』の繰り返しが嫌なら、出口を探す必要がある。人生は迷路であり、同じ場所を行ったり来たりする場合もあれば、トラップに掛かることもある。行き止まりで更に迷うことも。迷路を出るには、壁伝いを右に歩くしかない。時計の針が右に周るように。なのに何故迷うかというと、人生の壁は目には見えないからだ。

 しかし、誰もがいつか出口にたどり着く。リセットやセーブは存在しないが、タイムオーバーは存在する。そしてまた繰り返す。無限のループから脱出したければ、別の出口を探すほか道はない。『無』ではない、真理からの出口。そう、究極の出口だ。

「う〜ん、あれ?ボク確か神様に呼ばれて…」

未は夢見心地だ。無理もない。ここは天界同様に、色とりどりの花が咲き乱れ、一面鮮やかな色彩の絨毯が広がっている。蝶が舞い、花は歌う。

「綺麗だな〜。お花さん今日もいい匂い」

 二つのまん丸い枠から、薄らと覗く景色は、昼と夜のようにはっきりと上下で分かれている。その上半分は真っ暗闇。下半分は鮮やかな色彩。それは同時に存在する二つの世界。眠たい未が選択したのは…。

「お花さん、蝶々さん、おはよう〜」未は下半分、目覚めの世界を選択した。

「ところで皆んな何処行ったんだろう?」

知らぬ間にレースは行われていた。

「わかった!隠れんぼだね!ふふ〜ん、誰から見つけようかな〜」未はいつも、能天気で幸せそうだ。未は全ての動物達に愛される存在だった。

「蝶々さんに聞いたら、申ちゃんに怒られちゃうからな〜。よ〜し、ちゃんと全員見つけるからね〜!」

未は、ふわりふわりと動物達を探しに出かけたのであった。


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