異世界召喚で初期ジョブが駄犬だった話

神無(シンム)

零章 ここは誰? 自分はどこ?

一話 自分、は……?


「……ゥ、あ……っ」


 まず、一番に思ったこと。暖かいってこと。続けて思いついたのはここは、どこだ? ってことだった。ただ、動けないってのと自分の名前が思いだせない。それが現状わかる最低限の自分情報だった。あ、もう一個わかった。ここ、現在地はどこか、森の中だ。


 陽当たりのいい、森の奥地になるのだろうか? 息をする度、鼻の中に緑のにおいが癒しの域を越えて入り込んでくる。もっと詳細に言うとゴツゴツした岩場だと思われる。


 整理すると苔の生えた岩場の上にでも転がっている、のだろうか? どうなんだ?


 せいぜい程度にわかることを考えるうちに意識が目覚めてきて、体に激しい痛みが無数に走りはじめる。いだだだだだっ。痛い。痛い。体、熱い。痛い。痛い。苦し、い。


 だけど、なんの無駄根性なのか、もうちょっと情報が欲しくて薄目を開けてみる。


 すると、目の前を黒光りする、足がいっぱい生えた蟲が横切っていくのが見えた。その下は緑。向こうは黒い暗闇と白い光が筋のように入っているのが見える。蟲が通っていく。通りすぎていく。足を七本まで数えた辺りでこれまた謎の根性で体に力を入れる。


 が、一瞬以下、それこそマッハで諦めた。痛い。痛すぎる。激痛あまって不気味な笑い声とかがでてきそうだったので自主規制も兼ねて諦め、代わりに思考の海へ沈む。


「……」


 ここは、どこだ? なぜ、なにがあって体中痛いのだ? そして、自分は、誰だ?


 思考の海に沈んだはいいが即行で浮上した。現状がなにひとつ説明できないもどかしさに苛つきつつも再び動こう、と試みない程度には自分、冷静でいられているらしい。


 思わずため息がでそうだ。それもとびっきり深~いやつ。どうしたものか……。


 せめて起きあがれたらもうちょっと現在地のことがわかるのに。と同時になにか不吉な思考がよぎってゾッとする。もし、ここがひとの手が入っていない、現代にありえないけど一切入っていない森の中だとして、もし猛獣なりでたら自分即餌食決定だぞ。


 ヤバい。このままここに突っ伏していて獣の餌になったなんてなったらどうする?


 いかんいかんいかん。それは洒落に……。


「ウゥウウウ……、グルルルルっ」


「……ぇ?」


「ウオォオオオオーン!!」


 うげえっ!? ヤベえ、現実になっちゃった!? え、どうするのどうしたらいいのどうしようもなくないか? こちとら動けないんだぞ、おいコラ、ちょっと遠慮しろ!


 って、野生動物に無茶苦茶を要求しているな、自分。なんて呑気こいている場合じゃないっ! どうしよう。どうしようどうしようどうしようっ。……え、自分、ここで死ぬ?


 こんな、こんな、なにひとつとしてわけのわからない状況のまんま? 獣に生きたまま喰われるなんて最悪の死に方で? 囲まれていく。相手はバリバリの肉食獣っぽい。


 ダメだ。手詰まり云々の前に手立ての「て」の字もないんだ、自分には。ああ、獣の餌になって数日後、尻の穴からぷっとでていくのが自分の運命だったってことか?


 なんだ、その呪われ人生。廃れっちまえ。


「……?」


 だが、不意なこと。獣たちが騒ぎだした。子犬のように鳴きながら逃げ惑う音が聞こえてくる。足音が震動となって自分の痛い全身に地味に響く。あいたたたた……っ。


 伝わる震動と獣たちの悲鳴の謎を知りたくて自分は人生諦めて閉じかけていた目を頑張って開く。するとどうだろう。遠くに火の玉が見えた。アレだ、人魂とかじゃなくてマジの火の玉。……。……んん? 火の、玉? ……ギャグ? そんなRPGゲームな……。


「勇みし命を糧に、燃えろ! 《火球ファイアーボール》」


 あるぇー? なんだろう。相当よくできた夢ですね。呪文が聞こえてきましたですよ。てか、これってばもしかしなくても女の子の声? ……え。女の子が火の玉を連発?


 自分が結構どうでもいいこと考えている間に獣たちは分が悪い、と判断したのかキャンキャン鳴きながら走り去っていったようで、しばらくすると騒ぎが完全に遠退き、消えていった。耳に痛いほどの静寂がただよう中、誰かが自分の方に駆け寄ってくる物音。


「だ、大丈夫ですかっ?」


「ぁ、あぅあ……っ」


「あ、あの、む、むむ、無理しないでください」


「……あ、ぇいあ……っ」


 先ほど呪文(?)を唱えていた女の子の声がすぐ近くでする。声は降ってくるものの、彼女は自分をすぐに介抱しようとはしない。警戒しているのか? 自分を? いえあの、自分なんかよりも火の玉なんて撃ちまくっていたあなたの方がよっぽど危なくない?


「ど、どうしよう……」


 ああ、はい自分も。自分も同意ですその台詞。ホント、どうしたらいい? なんなのこれこの状況? 誰か事情のわかるひと、へるぷみー。いや、贅沢は言わないでおこう。


 ひとまず状況事情に諸々置いておいてせめて一個だけ知りたい。自分は、誰だ?


「なにをしている、アイシア」


「あっ! 黒さん、ちょうどいいところに」


 くろさん? なにそれクロワッサン?


 いやいやいや。って、待て。あいしあ、ってのは響きからして女の子の名前じゃないのか? このコ、自分を獣から救ってくれた女の子は「あいしあ」……と、いうのか?


 とかなんとか考えていると重い金属同士がこすれる音が聞こえてきて襟を掴まれたのかぐいっ、と思いっ切りよく、なおかつすさまじい力で以て引っ張り起こされた。


 ぐえ、喉が、首が絞まって……っ!?


 自分が首絞められているんじゃね? と、現在の状況を理解すると同時に視界がかすみはじめた。おそらく獣の脅威が去ってほっとしたのもあるのだろうか? 掠れる視界。かろうじて見えたのは獣云々の前に見た森の闇とは違う黒。……ひたすらに黒だった。


 どこか遠いところからさらに騒ぎが聞こえてくるような気がするものの、自分は意識を保てない。逆らわず、訪れたにぎやかながらもどこか優しい闇に身をゆだねる。


 男の声。あいしあの声。くろさんの無言。


「アイシア、どうした!? 突然お前の魔力波長が届いて母さんが心配していたぞ」


「その、ウルフがでてこのひとを襲おうとしていたから、えう、えっと、咄嗟にそ、そのあのえっと、……ごめんなさいっ父さん! 母さんも、もしかして一緒に……?」


「いや。もしも凶暴な魔物だったら村に護り手がいないと困るし、残ってもらった」


「そ、そう。え、えっと、どうしよ父さん」


「どうって、そいつぁこの辺りの者じゃねえだろうよ。見たことない服着ているしな。黒さん、もしかして、黒さんの知りあいかい? とりあえずうちの客じゃねえが……」


「……」


「あぁーっと、とりあえず宿にでも運ぶか。見た感じ重傷っぽいし、手当てにしても、看病にしてもゆっくり休める場所の方がいいだろうよ。ここはどう考えても不適切だ」


「あ、うん。そうだよね?」


「ああ。じゃあ、俺は車と人手を頼みにいくからあと頼めるか、アイシア? 黒さんがいればここの魔物なら滅多なこともなければ近づきゃしねえだろうし……大丈夫か?」


「うん」


「よっし、じゃあちょっくら戻ってくる」


「……」


「あ、の、黒さん? お願いですからどうかポイっ、とか捨てないでくださいね?」


「……」


「でも、このひと、こんなところで」


「……」


「おーい、アイシア! 急病人だって!?」


「あ、はーい! こっちですーっ!」


 ややあって車とかが来たのかガタゴト音がしたけど、れ? 車って荷車ですか? え、なに時代なんですか、ここは……って思考もだんだんと、どーでもよくなっていく。


 くろさんにぶらさげられたままの自分。が、ガタゴト音がする車がすぐ近くに来るなり吊りさげから解放されて、横にされたのがわかった。ついでに自分の負傷(?)しているっぽい体各所に痺れ痛い沁みるナニカがぶっかけられたけど、もう悲鳴もでない。


 くろさん、というひとは始終無言だった。


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