第31話 フィンダー山②

 ヒスイはヴルムと蒼河が歓談しながら食事を取る光景を少し不思議な気持ちで眺めつつ、自分のお腹を満たすためにテーブルの料理にありついた。

 作りすぎたと思ったお弁当は、いつの間にかデザートの果物まで全て全員の胃の中に収まっていた。


「ふ~! 食った食った!」


「美味しかった~! ヒスイちゃん、ボクのお嫁さんになってー!」


「それは困ります。ヒスイは私の婚約者です。いきなり出てきて横取りしないでくださいね?」


「我が認めぬ者にヒスイはやらぬ」


 漫才のような一連の流れにヒスイは呆れながらも、ほぼ一瞬できれいに無くなったお弁当を片付ける。美味しいと食べてくれる事は単純に嬉しいし、自分が役に立っている証拠だと思う。

 この期に及んでまだ自分の役割にこだわるヒスイの根は相当深い。料理に限り自信を持って誰にでも提供できるようになったのは、精神的にも成長した証拠でもあった。


「さて! お腹も満ちたし、ミノイを取ろ~~~~う!」


 ダコタの号令とともに、事前の打ち合わせ通り所定の位置に付く。

 蒼河とヴルムが飛び立ち、手に持った棒でミノイの木を叩くと、どこにそんなに実がなっていたのかと思う程の量の実がバラバラと落ちてくる。

 ヒスイと柴がそれを拾い、ダコタはその実を選別するために作られた籠へ投入する。

 籠にはまじないがかかっていて、木の葉などのゴミ・腐った実や未成熟の実を瞬時に選別してくれるものなのだそうだ。

 みるみるうちに実が選別されていく様子は、見ていて気持ちが良いものだった。

 場所を変えながら一時間ほど収穫し、麻袋三十袋ほどの実を採ることができた。もちろん全て奇跡の箱と同じ原理の収納具に入れるので、帰路も楽に戻ることが出来る。


「ありがとう~! みんなのおかげで想像以上に早く収穫が終わったよ~!」


「どういたしまして。いつもはどれくらい時間がかかるものなのですか?」


「うん、この量を獲ろうと思ったら……そうだなあ、空を飛べるメンバーが居ないと半日はかかるんじゃないかな?」


 ヒスイたちが想像していた以上に収穫には時間がかかるようだ。息の合う仲間同士だったのもあり、早く終えられたのかもしれない。


「そうだ! まだ時間も早いし、近くにある温泉で汗を流していかない?」


 ダコタの提案に全員が頷いた。日が遮られた涼しい森の中の作業だったとはいえ、休みなく動いていたので汗をかいている。

 自然の力で疲れを癒せる温泉は大変珍しいもので「見つけたら入っておけ」が獣人この世界では常識なのだそうだ。

 ヒスイも温泉は好きで人間世界でも良く入っていた。獣人世界こちらの温泉はどんなものなのだろう?と胸を躍らせた。


 収穫場所からしばらく歩くと、神殿のようにまじないがかかった建物が見えてきた。ダコタによると、百年に一度程度の頻度で「腐蝕封じ」「獣魔除け」の呪いを神官様がかけに来てくれるそうだ。

 呪いがかかっているだけあって、きれいな脱衣所はきちんと男女で分かれている。


「中もとってもキレイだよ~! じゃあ、入っちゃおう!」


 男性陣がわらわらと【男】と書かれた方の入り口に吸い込まれていく。


「あ、ヒスイちゃん、女の子はあっちね」


 ダコタが女性用の脱衣所を指さすのを見てヒスイは疑問に思う。


「あれ? ダコタさんは入らないんですか? 一緒に入りましょうよ」


「う~ん、担ぎ込まれた時のヒスイちゃんとなら一緒に入っても良かったんだけど、今のヒスイちゃんと一緒は流石にマズいでしょ? ボクは別に構わないんだけど、保護者一同に殺されちゃう」


「……どういうことですか?」


「え? ボク、男の娘だし?」


「!!!!!!??????」


 ヒスイは驚きで声を出すことも出来なかった。


 そんなまさか、嘘でしょ!? こんなに可愛くて、こんなに素敵で、何だったらちょっといい匂いもするダコタさんが、お・おとこ…………!?


 パニック状態のヒスイの沈黙に構わずダコタは続ける。


「三人ともボクが気配隠しを解いた時点で気付いたみたいだったから、ヒスイちゃんも気付いてると思ってたよ~。柴クンは学校から脱出する時に背中に乗せてくれて、その時には気づいてたみたいなんだけど……。

 ゴメンゴメン。隠してたわけじゃないんだけど、そういうコトで一緒に脱衣所には行けないな~」


 な、な、な……おじさまも蒼河も柴も、全員ダコタさんが男性って知ってたの? 知らなかったのは私だけ~~~?


 口をパクパクするヒスイを後に、男子更衣室に向かってダコタが歩いていく。


「中に貸し出し用タオルがあるから、自由に使っていいよ~!

 あ、そうそう。ボクのお嫁さん枠は空いてるから、いつでも大歓迎だよ~!」


 ヒラヒラと手を振って、にこやかにダコタは更衣室に消えていった。

 ヒスイはダコタが言った事の全てを理解できず、顔に大きな【?】を浮かべたまま更衣室に入った。

 中はこじんまりとしてはいるが、ダコタの言った通りとても綺麗な脱衣所だ。壁に設置された棚には等間隔に籠が置かれている。籠の横には【ご自由にお使いください】と書かれた木箱が置かれていて、その中には清潔なタオルが何枚も入っていた。

 籠のいくつかにはまじないがかかっていて、中に服を入れると浄化してくれるようだ。温泉上がりにきれいに浄化された服を着られるのは嬉しい。


 何ていうか、本当に獣人世界こっちは便利だなあ……。まじない便利すぎじゃない? 使える人が少ないから飽和はしないんだろうけど。

 それよりもダコタさん……ホントに男なの? みんな知ってたって!? 私だけ知らなかったの!? 教えてくれたっていいじゃない。あ~もう、なんだか気持ちがグシャグシャする!


 ヒスイは、一気に押し寄せてきた情報を処理しきれず、モヤモヤしたまま服を脱ぎ温泉へ繋がる扉を開く。

 目の前には広い湯舟から湯気が立ち上っている。山の中だけあって木漏れ日がキラキラと降り注ぎ、深い緑の香りが苛立っていたヒスイの心を落ち着けていった。


「わぁ、素敵。」


 こんなに広い湯舟を独り占めできるなんて、満喫しないのは勿体ない。

 身体を流して湯舟に浸かり、足を延ばして頭の中をからっぽにし、ぼんやりと景色を眺めると自然とリラックスする。

 

ボタッ


 そんなヒスイの背中に、何かが落ちてきた。


「ひやぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 思わず悲鳴を上げるが、その何かがヒスイの背中を這っている感触がある。

 パニックになったヒスイはたまらず湯舟から飛び出すと、背中の何かを引きはがそうと体に巻いていたタオルを取り、自分の背中にたたきつける。しかし、すばしっこいその何かには当たらない。


「ヒスイ? 大丈夫か?」


「ヒスイちゃーん! 何かあった?」


「どうしたんだ?」


「ヒスイー!」


 ヒスイの異常な声に反応し、男性陣が次々に問いかけるがヒスイには届いていない。


「いやぁぁぁ! やだ、誰か何とかして~~~!」


 ヒスイはパニックのあまり意識しないまま魔法を連発した。木の枝は折れ、湯は飛び散り、小さな爆発音があたりに響き渡る。そのうちの一発が男女を分ける生垣を直撃し、木で作られた壁は抵抗することなくゆっくりと倒れていく。


 生まれたままの姿で走り回るヒスイを止めたのはダコタだった。ペタペタとゆっくりヒスイに近付き、背中に張り付いているをつまみ上げる。


「ヒスイちゃん、取れたよ?」


「ダコタさん、ありがとうございます」


 その場に膝から崩れ落ち、ぜーひーとしているヒスイの前に差し出されたのは小さなトカゲだった。


「と、トカゲ~? び、びっくりした……。暴れてごめんなさい」


 少し冷静になったヒスイが見上げたダコタは、いえいえ~といつもの優しい笑顔だ。そして、腰にタオルは巻いているものの、上半身は裸で……本人の主張通り意外にがっしりとした男性の体つきだ。

 そして自分は……タオルを振り回したせいで何も隠していない、真っ裸である。


「ひゃああああああ」


 今度は恥ずかしくて悲鳴を上げる。もちろん、ダコタの向こうにはヴルムをはじめ蒼河も柴も居る。火が付いたように顔に血が上る。


「大丈夫だよ、ボクってば薬師はタマゴだけど元々は看護士だし。人体研究も沢山してるから、沢山女性の身体を見てる。気にしないで?」


 そういう事じゃないんだってば!


 ヒスイは声にならない声を上げ、誰にも見えないのでは?というくらい、ものすごい速さで脱衣所に姿を消したのだった。

 残されたダコタは手のひらにトカゲを乗せたまま、魔法でぐちゃぐちゃになった女湯を眺め、これどうするの?と呟いた。

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