第15話 水竜の加護

「朝早くから、申し訳ありません。」

 ヒスイは、謝っていた。


 大声で叫んだせいで、家人すべてを起こしてしまい、全員がヒスイの部屋の前に何事が起きたかと集まり心配してくれていた。

 ヒスイは、自身の身体が元のサイズに戻ったことがショックで、驚きのあまり叫びましたと正直に話す。


だって、本当にショックだったんだもん。せっかく成長したと思ったのに!


 そんなヒスイの気持ちを知ってか知らずか、蒼河は慰めの言葉をかけてくれる。


「そんなに気を落とさないで、ヒスイ。こっちの姿小さいヒスイの方が私たちも話しやすいしね」


 ヒスイはかけられた言葉が何だか嬉しいようなそうでないような複雑な気持ちになったが、蒼河のやさしさを受け止めておく。

 翡翠石から出ていたヴルムは……例のごとく人が踏み込んで来る前に何とか翡翠石の中へ戻すことが出来た。

 あの状態を見られていたら、絶対に違う誤解をされる。

 ヴルムは十日ほど眠ると言っていた。まだ二日しか経っていない。

 本当ならもっと詳しい話を聞きたいところだが、獣人世界こちらとの同調に時間がかかるのも仕方ないと思う。

 異次元の空間トークの森に何百年も住んでいたのだから。


 せっかく早起きをしたので、朝食後に近くの山にある滝まで行ってみようと蒼河が提案した。

 まだ街の復興もあるのにそんなのは悪いと伝えたが、その山までは呪印じゅいんを刻んであるとかで気軽に行けるらしい。

 気分転換が出来るならそれはそれで嬉しいのだが、昨日あんな騒ぎがあったのにと申し訳なく思う。


 朝食を済ませて街に出てみると、やはりそこら中の家で燃えたような跡が生々しく残っている。

 街を歩いて分かったことと言えば、魔物モンスターを撃退したヒスイ達は街の人から英雄視されているようだ。

 街の人に「午後から手伝いに来ますね」と言っても、助けてくれた恩人を働かせるなんて!と断られてしまう。


蒼河はこれも見越して滝に誘ってくれたのかな。


 ヒスイ自身も色んな事が起き精神的なダメージもそこそこあったので、少しだけ喧騒を離れて気持ちをリセットすることが悪い事ではないと思う。

 呪印を施してあるという場所にたどり着くと、柴が待っていた。


「よお!ヒスイ。可愛らしい姿に逆戻りしてるじゃねーか!」


 思いっきり嬉しそうな顔で笑いながらヒスイの頭をわしゃわしゃ撫でてくる。しっぽや耳がぴこぴこ嬉しそうに動いている。

 どうやら柴も小さいヒスイこっちのほうが話しやすいと思っていたらしい。いつも通りの心地いい関係に、ヒスイは口をとがらせながらも嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 昨日はなぜか皆が皆、ヒスイと話すときは緊張したような面持ちだったので、今のゆるく緊張感のない会話が嬉しい。


「蒼河、滝に行くんだろ? 俺も一緒に行くぜ! 俺も力を整えたいし、母ちゃんが…うるさいからな!」


 後半、ちょっとゴニョゴニョするように口ごもった柴だったが、どうやら滝まで一緒に行くらしい。


ん?力を整える?


「ねえ、力を整えるってなに?」


 ヒスイは滝に何かあるのかとどちらにと言うわけでもなく聞いてみる。


「ああ、これから行く滝には体力や魔力が回復する効果があるんだ。それを浴びることで、昨日のような戦闘で失った力を整えることができるんだよ。私もヒスイもかなり消耗したろう?滝は景色を楽しみながら回復できる最高のスポットなんだよ」


「そんなところがあるなんて、やっぱりここは不思議なところ」


 自分もその不思議なところの一員なのだが、あまり実感はない。昨日の事も夢のようでふわふわしている感覚だ。

 ふふっと笑った蒼河と柴に付いて、森の神殿に刻まれていた陣の小さい版といったような呪印の上に乗る。

 蒼河が何かを唱えると、呪印全体が青く光り周りの景色が森の中に変わった。


「すごい!転移した!!!」


 ヒスイがはしゃいで呪印の外に出ると、蒼河と柴がこっちだと手招きしている。見るとその茂みにはさっきと違う呪印があり、ここに入れと指示される。

 蒼河がまた何かを唱えたと思ったら、今度は呪印が黄色く光りまた別の場所に転移していた。これを4~5回ほど繰り返し、ようやく川のほとりに着いた。


「こんなに転移しないといけないの?」


「一気に行けちゃうと防御セキュリティの問題があるから、正しい順で呪印を踏まないとたどり着けないんだよ」


「ちなみに、俺は正しい順を知らない!」


 えっへんとなぜか胸をはりながら柴が補足してくる。なるほど。蒼河を待っていたのは、一緒に連れて行ってもらうためだったのかとヒスイは納得する。


「ヒスイ、あとはこの川を少し進んだ先だ。少し歩くよ」


 三人で川に沿ってのんびり歩く。

 鳥の声も川のせせらぎも心地よい。吸い込む空気は新鮮でそれだけで身体が回復していくようだ。

 段差や崖などを超える時、なぜか今まで以上に蒼河や柴がエスコートしてくれることだけ少々驚いたが、それ以外は今まで通り変わらない。

 最初はどうして?と思ったが、少し歩いただけでも体力が尽きている。

 昨日の戦闘で自分でも気付いていないダメージが身体に出ているようで、それを心配してくれているのだろうと思った。

 どうやって戦ったのかまるで覚えてはいないが、そこまで体力や魔力が消耗するほどの戦いをしたのだと実感する。


二人も結構大変だろうに、気を遣わせちゃったなあ。


 黙々と歩く二人を見ながらおしゃべりする気力もなかったことに気が付き、ヒスイは蒼河と柴に感謝をする。

 滝の音が聞こえはじめると、少し体力が回復してきたのか歩くスピードが速くなる。

 景色が少し開けた場所に、天から降り注いでいるのでは?と思うくらいの高さから水が流れ落ちていた。

 離れていても水しぶきがかかる。

 その水しぶきにも不思議な力があるようで、水滴がかかった場所からすうっと不思議な力が湧いてくる。


「すごい!」


 思わず感嘆の声を上げるヒスイを横目に、蒼河は獣魔パルを召喚し上着を脱ぎ近くの木の枝にかけた。

 柴はすでにパンツ一丁になって滝の中に飛び込んでいる。


「ひゃあ!」


 病人やけが人の手当ての時くらいしか若い男の身体を見たことのないヒスイは、思わず目を覆う。

 その反応が新鮮だったのか、柴も蒼河もははっと大声で笑う。


「笑わなくってもいいじゃない、私は今までまともに人と話すことすらしてこなかったんだから」


 そうでなくても一緒に扱われるのは決まって自分の見た目と同じくらいの年齢の男子ばかりだったこともあり、成人男性とどこかに行くことなんてほとんどなかったなと改めて思う。

 赤くなってふくれるヒスイを置いて、二人は滝に打たれている。獣魔パルは滝つぼの中を泳いでいた。

 ヒスイから見ても、水に直接触れることで魔力や体力がみるみる回復しているのが分かった。


こういうのが分かるってことは、私も人間離れしちゃったんだなあ。


 自分も滝に打たれたほうがいいのかなと思いながら、滝つぼの近くの水辺に腰を掛け水の流れに足を浸けてみた。

 ひんやりと冷たい水に溶けていくような感覚がたまらなく気持ちいい。水に浸かっている部分から、力が回復していくのが分かる。


「気持ちいい」


 目を閉じて水に意識を委ねるとどこか懐かしい気持ちになる。


これは、どこかで感じたことのある……ん?


 思い当たることがあり、ヒスイは慌てて目を開けると翡翠石を取り出し水に浸けてみると、翡翠石がまばゆい光を放つと、中からヴルムが現れた。

 しかもドラゴンの姿で。

 大きさは以前見た時よりも小さいが、確かに水で形どられたドラゴンがそこに居る。


「ヴルム様、お身体の具合はいかがですか?」


 ヒスイが問うと、ヴルムは懐かしいと辺りを見回しながら答えた。


「ここは太古の昔に我が力を分け与えた場所だ。この滝には私の牙が一本埋まっている」


「牙、ですか?」


「ああ、その滝の中央あたりに岩があるだろう。それが牙だ」


 確かに大きな岩がひとかたまりどーんと滝の斜面中央あたりに鎮座している。

 ヴルムが言うには、その岩に水がかかることで加護が発動し、一帯に癒しの効果を与えているのだそうだ。

 不思議そうに岩を見上げているヒスイを見て、ヴルムは自身について話す。


「私は水竜だからな、今は水のような姿をしているがドラゴンとして形になることも可能だ」


 そう言うと、ドラゴンとして具現化してみせた。今まで透き通った水で形成されているように見えていたが……なるほど、青みがかった鱗に覆われた水色の鬣が美しいドラゴンが現れる。

 以前よりサイズが小さいことが気になって体力的なものか聞いてみると、場所が狭いので大きさを調整しているのだそうだ。

 本来の大きさは、岩サイズの牙から想像すると相当な大きさである。少なくとも昨日戦ったドラゴンの数倍はありそうだ。


「水の力は癒しの力だ。私は攻撃よりも癒しや防御といったことを得意としている。毎夜お前のまじないも調整してやっているだろう。

 あれは対象の意識の無い時でしか施せん術だからな」


添い寝あれは、呪いの調整だったんですね。どおりでこの場所の感覚がヴルム様に包まれているようだと」


 毎朝のヴルム様出ちゃってる!は、どうやらヒスイの呪いを調整をしてくれていたようだ。滝の水から感じた懐かしさは、ヴルム本人の力だったというわけだ。


「毎夜調整? 包まれる?」

「意識の無い時に施す?」


 蒼河と柴の視線を浴び、ヒスイは慌てて話を逸らす。二晩添い寝されましたなんて、恥ずかしすぎてみんなには言えない。


「ところで、ヴルム様。まだ本調子でないことは存じ上げていますが、実は昨日大変なことがありお話がしたかったのです」


「ああ、この場所に戻ってきたことで力が少し戻った。もう少しだけ水を浴びたいのだが、話はあとでも良いか?」


 そう言うと、ヴルムは人型になり蒼河と柴が居る方向へ近づいて行った。

 蒼河と柴は恐れ多いと場所を譲るように移動するが、それをヴルムが止めてなぜか三人横並びになって滝に打たれている。

 美形三人が滝行ってかなりシュールな画面だなと思いながらヒスイがその様子を眺めていると、ヴルムはヒスイも滝に打たれるように薦めてくる。

 着替えもないのでと断ったが、気にするなと無理やり引きずり込まれる。

 しかしなるほど、滝に打たれたほうが体力も魔力も回復が早い。

 しばらく四人で滝に打たれ、昼前には獣魔パルも含めほぼ全快といっていいほど体力と魔力を回復することが出来た。


 下着までずぶ濡れの服をどうしようかと思案していると、ヴルムが服の水分を全て取ってくれた。

 水竜と言うだけあって水の扱いには長けているというわけだ。蒼河と柴も同じように水分を取ってもらい、一瞬で乾いた身体と服に感動している。


「ところでヴルム様、お話が────」


「ああ、そうだったな」


 そろそろ昼食の時間かな?と思っていたら、蒼河がどこからかお弁当を取り出した。

 全回復するには昼過ぎまでかかると見積もっていたようで、蒼河の母親が持たせてくれたそうだ。


まさか水竜の加護をかけた張本人と一緒に滝に来てるなんて思わないよね、私も知らなかったし。


 水竜と一緒に滝行をしたおかげで、加護の力がよりパワーアップして時短で全回復しました!なんて誰も思いつかない。

 まだ日は高く、せっかくなので丁度良い岩の上に腰を下ろしてみんなでお弁当を食べながら、ヴルムと昨日の話をすることにした。

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