第79話 拠点 3

 ——攻略予定の商業施設に入ってから約二時間後。


 俺達三人は今日の探索を止め、昨日休んだビルに戻って来ていた。


「姿から察するにアカグロよりは格上か?でも、それほど脅威には感じなかったな」


 俺達が戻ってきた理由は、四階でボスを発見し目的を達成したからだ。そこに居たボスは、赤い毛皮を纏った二足歩行の人狼。見た目は大型のゴブリンだったアカグロよりは明らかに強そうだっだが、大鉈のような武器もなく黒混じりで無かったので遥かに強い雰囲気は無かった。


「儂らが強くなっとる分、比較は出来そうに無いのう。だが射程が短い分やりやすいかもしれん」


 俺と爺さんはお菓子を食べながら軽い雰囲気で話していたが、その部屋の隅で体育座りになっているのが一人。

 その人物——椿はボスの威圧感とダンジョンの雰囲気に呑まれてしまい、四階で軽いパニック状態に陥ってしまった。


『無理無理!あんなの勝てないって!』


 そう言いながら全力で逃げた椿に俺達は追い付けなかったが、道中魔物が居なかった事でこうして無事に帰還出来た。


 ……本当は怒ろうかと思ったんだが、あの様子じゃな。明日攻略する予定だが、椿は留守番か。


 そこで、部屋のドアが開く。姿を見せたのは外の魔物を減らしにいった孝と城悟達の班。


「ん?暁門達は戻ってたのか。……って椿さんはどうしたんだ?まさか暁門が何かしたんじゃ……」


 孝が俺に疑うような視線を向ける。こいつ、もしかしてまだ俺と早瀬の件を疑ってんのか?


「そんな訳無いだろうが。ボスの威圧感にあてられて怖くなったんだろうよ」


 孝は納得したような表情を見せる。


「慣れていないんじゃ仕方ないだろうな。それに、一緒に居たのが暁門と柳の爺さんじゃな……」


「おい、俺達だってボスを最初に見た時は恐怖したぞ。あんなのただの慣れだ慣れ」


 一緒に居た城悟が呆れてため息を吐く。


「そんな数回で慣れるのもどうかと思うぜ?オレなんて未だに紫の狼の夢で目が覚めるってのに……」

「正直言って俺もだ。ここ数日、狼に囲まれる夢で目が覚める」


 俺は一度逃げ帰ってからも、アカグロを倒す事しか考えて無かったからな……。まあ、それなら同じ気持ちが分かるもの同士慰めてやって欲しい。


「よし、それなら二人に椿のフォローは任せた。俺だと多分見当違いな事を言う。じゃ、任せたぞ」


「「なっ、おい!!」」


 そう言って俺は部屋の外へと出た。二人の俺を呼ぶ声は聞こえない。





 俺はそのまま階段を上がり、ビルの屋上へと到着する。そこには……早瀬とそのお父さんの二人がベンチに腰掛けていた。二人は俺が現れた事で目を向ける。


「……邪魔だったか?すまん、俺は下に戻る」


 俺は振り返り戻ろうとすると、早瀬さんから声を掛けられる。


「灰間君丁度良かった。少し話がしたいんだけど、良いかな?」


 俺は少し居づらくて、頬を指で掻きながら答える。


「まあ……」


 そして俺は帰るのを諦めて、空いていたベンチに座り、二人に向かい合う。


「まずは、灰間君にお礼を言いたいんだ。娘の碧を助けてくれて、本当にありがとう」


 早瀬さんは頭を下げながらそう言った。


「それは別に……俺は自分の利益の為にやった事なので」


「それでも、だ。結果的に碧はこうして生きている。感謝しないわけが無い」


 ……似たような事を誰かにも言われた気がする。ああ、そうか。最初のスーパーから離れる時、安田さんに言われたんだ。


 早瀬さんは話を続ける。


「そこで、何かお礼をしたい所なんだが……この通り私は何も持っていない」


「それは仕方ないです。それに、お礼を言われただけでも胸がスッと晴れたようです。充分ですよ」


「いや……それでは私が納得出来ない。それに、碧から話を聞いて、一つ君へのお礼になりそうな事を見つけてね」


 早瀬さんの言葉に俺は首を傾げる。


「それは……?」


「実は……この近くに銃砲店が有るんだ。看板も出ていないようなこじんまりとした店だが、私はそこに行った事があってね」


 俺はそれを聞いて身を乗り出す。


「本当ですか!」


 俺の様子を見て早瀬さんは苦笑いする。


「その様子なら、教えたのは正解だったようだね。勿論銃が残っているかは分からないけど……」


「行きます!すぐにでも行きましょう!城悟にでもおぶらせます!」


 俺が食い気味に話す様子を見て、早瀬さん達は若干引き気味だ。俺はそれに気付くとベンチに座り直して、わざとらしく咳払いをした。


「灰間さんがここまではしゃぐの初めて見たかも!いつも俺俺言っててクールぶってるのに!」


 早瀬がニヤニヤしながらそう言った。いつものように特訓をチラつかせて謝らせようとしたが……早瀬さんがいる手前、自重するしか無かった。


 早瀬、後で覚えてろよ……。


 俺がそう目で訴えると、早瀬は慌てて目を逸らす。その様子を見て早瀬さんは何故か笑っている。


「じゃあ、悪いが移動の時に背負って貰っても良いかな?店が少し入り組んだ所にあってね……」


「ええ、構いません。今下で人を集めてきます。ゆっくり降りて来てください」


「ああ、灰間君待ってくれないか」


 俺が屋上から去ろうとすると、また早瀬さんに呼び止められた。


「碧は下に行っててくれ」


 早瀬は首を傾げる。


「良いけど……何の話?」


「たいした事じゃ無いよ。個人的に灰間君にお願いがあってね」


「ふーん……まあ良いけど」


 早瀬はそう呟いて、屋上の扉から下へと向かった。





 早瀬さんはそれを確認すると、真剣な表情で俺に顔を向ける。その顔を見るだけで重要な会話だというのは察する事が出来る。


「灰間君、お願いが有るんだ——」


 俺はベンチに座り直し……早瀬さんの言葉に耳を傾けた。




♦︎



 それから約十分後、俺達はビルの入り口に集まっていた。


 メンバーは、俺、爺さん、城悟、それに城悟の背中には早瀬さん。このメンバーで銃砲店へと向かう。割と近いみたいだし、俺と爺さんが居れば外は余裕だろう。


「堅持君、悪いけど頼むよ」


「これ位なら幾らでも。でも、暁門はちゃんと守れよ」


「任せろ。今の俺は絶好調だ」


「お前……そんなに銃とか好きだったか……?」


 城悟は呆れ気味に話す。


 別に好きなわけじゃ無いが、手っ取り早く強くなれる可能性が有るなら、誰だって喜ぶだろうが。

 銃砲店……出来れば、ライフルが一丁だけでも残っていると良いんだがな。

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