第24話 束の間の幸せ 1

 警察署を離れ、俺と沙生さんは家を目指して歩いていた。

 道中でゴブリンに遭遇するも、すぐに俺が銃で撃ち抜き、何も無かったかのように歩き続ける。


 歩いている最中、俺と沙生さんには会話は無かった。沙生さんの様子を伺うも浮かない表情をしており、その顔はゴブリンと遭遇しても変わらない。


 ……余程、気にかかることでも有るのか。


 けれど外は危険だ。今は少しでも安全になるように警戒して貰いたい。


「沙生さん、危険だからゴブリンの警戒に集中しよう。考えるのは家に戻ってから」


「あ……ごめんね。そっか、危険なんだよね、暁門君が強いから忘れてた」


 そう言って笑った沙生さんの顔にはどこか陰があった。


 ……無理もないか。ゴブリン達が発生してからずっと騒動続きだったんだ。精神的に辛くても仕方がないだろう。

 俺がその分しっかりとフォローしないと。


 そうして、また会話が無くなった俺達はそのまま無事に俺の家へと戻ってきたのだった。


 俺と沙生さんは、別行動も危険なので基本的に俺の家で過ごすことを決めていた。今日はこのまま疲れを癒したい所だが、この家には食べる物が何も無い。

 一先ず腰を降ろし一息ついた後、沙生さんに声をかける。


「沙生さんはここで休んでて。俺は……近くの家から食べ物を取ってくるよ」


 俺が立ち上がろうとすると、沙生さんが服の裾を指で掴む。


「……一人にしないで。怖いの」


 ……仕方ないか。危険が有るが沙生さんも連れて行こう。


「分かった、一緒に行こう」


 俺は沙生さんに手を差し出す。沙生さんはその手を、しっかりととった。



 俺達は二軒隣の家に警戒しながら侵入し、食べ物を探していた。


「変な感じ。前だったらこれ、不法侵入とか空き巣だよね……」


「俺はもう考えない事にしたよ。どうせ警察は機能してないし、生きる為には手段は選んでいられないさ」


 乾麺にカップ麺。後大丈夫そうなのはゼリーやお菓子か?それと、やりたく無かったが……冷蔵庫を見てみるか。

 俺は鼻を摘みながら、冷蔵庫を恐る恐る開ける。予想通り中には腐った食材があり、変な汁が出ている。


「う……」


 俺の声に沙生さんが反応する。


「どうしたの?……って、鼻を摘んで後退りして冷蔵庫を開けてるって、暁門君凄く変な格好……ふふ」

 

 そう言って、少しぎこちないが沙生さんは笑った。


「し、仕方無いんだ。冷蔵庫は勇気いるんだよ……」


「あはは、変なの。それで何か有った?」


 冷蔵庫の中、大丈夫そうなのは……封の空いてない飲み物か。それにこれは……折角だし飲んでみるか。


「何入れたの?」


「帰ってからのお楽しみ。じゃ、そろそろ家に戻ろうか」


 秘密にされた事で沙生さんが口を尖らせて拗ねる。それを見て俺はこう思う。


 少しだけ沙生さんの表情が良くなった気がする。心配していたが、元気な沙生さんに戻って良かった。


「……暁門君、何でニヤニヤしてるの?」


「あはは、何でもないよ。さあ行こう」


 沙生さんから疑いの目線を背中に感じながら、俺達は家に戻ったのだった。




♦︎


 家に帰り、食べ物と飲み物をテーブルに並べた。


「さて、色々有ったけど……これからは過去を忘れて、生きるために前だけを向こう。沙生さんこれからよろしくね」


「うん。心配かけたみたいだけどもう大丈夫。暁門君、改めてよろしくね」


 そこで俺は隠し持った物を取り出してテーブルに乗せる。


「これ……」


「お疲れ様、とこれから頑張ろうって意味で」


 机に乗せたのは缶ビール。こんな状況だし、別に誰も怒りはしないだろう。……まあ、俺飲んだこと無いんだけど。


 俺と沙生さんは缶ビールを開けて上に掲げる。


「じゃ、これから頑張ろう!」


「「乾杯!」」


 お互いに缶ビールを当てて、口に運ぶ。そして一口……。


「うえっ!ぬるっ!マズ!苦!」


「うーん。確かに……美味しくは無いね」


 沙生さんも苦笑いで返す。


「けど、俺は飲みきるぞ……!大学生生活とか、新歓コンパとか全部できなかったんだ!憂さ晴らししてやる!」


「新歓で飲まされたりは、余程変な所じゃ無ければ無いだろうけど……。私も無理に勧められたりは無かったよ?」


「くっ、俺も一年早ければ……!沙生さんが恨めしい!」


「大学生活もそんな良いものじゃ無いと思うんだけどね……」


「沙生さんは経験してるからそう言えるんだ!俺が、どれだけ憧れてたか……!」


「あーもう、分かったから。先輩に愚痴を言いなさい——」




 そうして、崩壊しかけた世界での俺と沙生さんの生活は始まった。辛くても、楽しい日々になると思っていた。



 だが——その生活は数日で終わりを告げる事になる。

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