第10話 警察署の避難民 4
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「そうか……やはり食糧は確保出来なかったか……」
食糧の確保班である村田さんから報告を受けた加藤さんは肩を落とす。
「騒動から日が経つにつれ、食べられる物も減ってきています。このままのペースだと、数日で備蓄が尽きるかと……」
「かと言って解決策は無い。民家から調達するにも、日が経つにつれて移動距離が伸びていき危険も増える、か」
「正直言って、皆がそろそろ限界です。何か手を打たないと……」
加藤さんは眉間に皺を寄せるが、真剣な表情で話す。
「だが、それでも私は市民を見捨てるような事はしない」
「ですが、署長……」
「……村田君。もう一度スーパーへ行く。有志を募ってくれ」
「しょ、署長!それだけは絶対に駄目です!」
「危険なのは分かっている。だから、無理強いはしない」
「……皆に聞いてみます。私が黒薙さんも説得してみましょう」
「すまない、頼む」
暁門が来てから二日目。
警察署の避難所の命運を掛けた、遠征が始まろうとしていた。
♦︎
その日の夜。俺は沙生さんを呼び出して、二人で警察署の外に居た。周囲は街灯なんて付いているわけもなく、月明かりだけで薄暗い。
「沙生さん、早くここを出ないと大変な事になる。俺と一緒に出よう」
俺の言葉に沙生さんは浮かない表情をする。
「でも、外はゴブリンだらけで危険でしょ?……私たち二人で生き延びるのは無理よ」
「言ってなかったけど、実は俺には武器を作り出す『ホープ』が有る。その武器を使えば、ゴブリン位なら問題無い」
沙生さんは目を見開いて驚く。
「そ、そんな力が有るなら、避難所の人たちを助けてあげれば……!」
「武器を作るのにも限度があるんだ。多分、俺が守れるのはほんの一握りだけ。それに、もし俺の力を打ち明けても、今の状況はそう変わらないと思う」
今のままだと食糧難はもうどうしようも無い。ここは実働に対して保護している人達が多すぎる。
加藤さんがそれを変えようとする気が無い以上、俺には避難所が崩壊する未来しか見えない。
「避難民の人達を見捨てるようで気が向かないのは分かる。でもいつバランスが崩れてもおかしく無いんだ。だから沙生さん、明日にでもここを離れよう」
沙生さんは黙ったまま、思考を巡らせているように見える。
俺はそれ以上何も言わずに返事を待つ。
頼む、俺の提案を受け入れてくれ。
「……分かった。でも、離れるのは明後日の昼にしよう。それでも良い?」
「分かった、そうしよう。沙生さん、俺の提案を受け入れてくれてありがとう」
「ううん。暁門君が私の事を考えてくれてたのがよく分かったから。嬉しかった。暁門君、ありがとう」
その時、沙生さんが顔を近づけてきた。
それによって、俺はその笑顔がハッキリと見えた。更に距離が近いこともあり、少し……いやかなり意識してしまった。
すぐに俺は恥ずかしくなって顔を逸らす……本当に周囲が薄暗くて良かったと思う。
多分、俺の顔は真っ赤だっただろうから。
「じゃ、じゃあこれで!沙生さんまた明日話そう!おやすみ!」
「うん。暁門君、また明日ね。おやすみなさい」
俺は照れていたのを隠すようにその場を去った。ここを離れるのは明後日。たったの二日だ。
何故か胸騒ぎがする。……何も無ければ良いんだが。
——避難所生活三日目の早朝。
警察署内には慌ただしく走り回る音が響いていた。
俺はその音で目が覚めると周囲を見渡す。
警察の人達と黒薙さん達が居ない?
俺は布団を畳むと、警察署の入り口へと急いだ。
警察署の入り口には十数人の人の姿が有った。その中には警察である加藤さんや、村田さん。それに黒薙さんと数人の避難民の男性達。
皆が物々しい雰囲気で、それぞれが拳銃の弾や武器、荷物を確認していた。
「あの……どうしたんですか?」
俺が声を掛けると、村田さんが近づいてくる。
「これから私達はスーパーの攻略へと向かう。数人は残るけれど、警察署の警備は手薄になる。灰間君もいざと言う時は頼むよ」
その言葉を俺は信じられなかった。
「あそこに近づくなって言ったのは村田さんじゃないですか!十数人であの数のゴブリンは無理だ!危険過ぎる!」
俺は取り繕う事も忘れて大声をあげる。
「もう、あそこの食糧に頼るしか無いんだ。安心してくれ、駄目そうならすぐに戻るさ。死ぬつもりは無いよ」
村田さんは軽く笑って見せるが、それが俺には嘘くさく見えた。
考えろ。俺はどうすれば良い?俺なら彼らの生存率を少しでも上げる事が出来る。だが、それをすると沙生さんと逃げる計画が難しくなるかもしれない。
「そろそろ時間だ。じゃあね、灰間君」
——そう言い残し、俺の元を去っていく村田さん達の後ろ姿が、少し霞んで見えた気がした。
そして結局、俺は彼らをそのまま見送った。
その後も俺は入り口近くの椅子に座り、祈るような姿でひたすら考えていた。
俺はあの人達を見殺しにしたようなもんだ。力が有るのにそれを明かさずに無能を演じた。
俺は能力を明かして、攻略を全面的にバックアップすれば良かったのか?時間をかけて武器を揃えれば攻略できる可能性が有ったかもしれない。
だが、そのあとはどうする?俺はずっとここでいいように使われるのか?
幾ら悩んでも答えは出ないし、胸には罪悪感だけが残る。
途中で諦めて無事に帰ってくるかもしれない。いや、俺は百は居そうなゴブリンの群れを見た。それが一斉に襲いかかってきたら、無事でいられるわけがない。
壁に掛かった時計に目をやると、既に三十分近くが経過していた。
未だに悩み続けていると、俺に声を掛けてくる人物が居た。
「暁門君どうしたの?」
「……沙生さん。」
顔を上げた俺の表情がよほど酷かったのか、沙生さんは急に慌て始める。
「ど、どうしたの!?どこか怪我でもした?包帯貰ってこようか!?」
俺はその慌てようを見て逆に冷静になってしまう。
「怪我とかしてないし大丈夫だから!ただ、警察の人達がスーパーを攻略するって出て行ってさ……どうしたら良かったのかって少し悩んでたんだ」
「え……スーパーって、前に一度行って駄目だった所?」
「そうだと思う。どうしても食糧が足りないとか……」
「あの時、警察の人で死んだ人も居たんだよ?それなのにまた行くって……」
死んだ?昨日、村田さんは怪我人としか言ってなかった。もしかして、俺を心配させないようにそう言ったのか?
「暁門君……お願いだから助けてあげて。もし力が知られたくなくて足踏みしているのなら、助けた後は力尽くでもここを去ればいいじゃない。このままじゃ、私はここを離れてもきっと後悔し続けるよ……」
そうなったら俺もきっと後悔し続けるんだろうな、と思った。まだ、間に合うだろうか?
「沙生さん、約束してくれ。俺がした行動でどんな状況になっても、ここを離れて一緒に居てくれるって」
俺は沙生さんを真剣な表情で見つめた。
そんな俺を見て沙生さんは微笑む。
「大丈夫、約束するよ。私は暁門君と一緒に居る。だから、みんなを助けてあげて」
沙生さんの手が俺の頬に触れる。……暖かい。
「……俺の全力でやってみるよ。沙生さん、ありがとう」
「頑張ってね。待ってるから」
決意を決めた俺は、武器が詰まったリュックを担いで外へと駆け出す。沙生さんは門まで来て見送っていた。
一刻を争う。多少の危険は無視だ。
「『兵器作成』!『威力』と『石弾』を付与した『銃』を二丁寄越せ!」
俺はスーパーを目指して走りながら叫ぶ。
俺の両手には銃の重さが加わる。
頼む……!間に合ってくれ!
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