第48話 サンガの暴走


 サラが動揺してるあいだに、獲物をうばわれた妖魔たちとティッカの衝突がはじまっている。

 魔法を禁じられているのは人間だけのようで、妖魔たちはさかんに火や氷や毒をぶっつけてくる。いちばん近くにいるティッカはまともに攻撃をうけてさっきから防御に必死だ。

「ティッカ!」

 エㇽダが駆けつけようとするのを制して、

「近づくんじゃねえ。こんなのなんでもねえから心配すんな」

 なんてつよがってるけどもう、そこらじゅう火傷やけどだらけの傷だらけ。


「ティッカに傷つけたなあっ、おまえらあ、もうゆるさないっ!」

 エㇽダは雄叫びあげて、全力で魔法を放とうとするけどやっぱり魔法は出てこない。ティッカは妖魔の攻撃を受けっぱなしだ。なんて無力なんだろう。こんなときあの魔女だったらなんとかするのかな。もっとまじめに修行してたらどうにかできたのかな。みんなまもりたいのに、だからもっとすごい魔女になるって思ってるのに、でも修行はめんどくさいんだけど、あ、そんな考えでいるのがやっぱりいけないのかなあ、でもでもいまでも村いちばんの魔女だもんつよいんだもんあたしがみんなをまもるんだもん。

 渾身の力をこめてやっとびだしたちっさな火の玉は、投げつけようとするまえにふいっと宙に消えてしまった。やっぱりちゃんと修行しとくんだった。

「ああああん、ばかあっ、あたしのばかあっ」



 サンガとサラにも妖魔たちの攻撃は向けられている。というか、ティッカよりこっちが本命。

 火や氷や毒なんかがどんどん飛んでくるけど、サンガは妖魔に背を向け、胸に抱いたサラをそれらからまもっていた。背中にしきりに当たる攻撃をサンガはまったく無視している。そのからだは電気を帯びたみたいにぴりぴりとかがやいて、どんな攻撃もそのかがやきにはねかえされて、周囲に散っては霧みたいにきえた。

 魔法を禁じる妖魔の術も、いまのサンガには効いていないみたい。そもそもサンガは防御魔法を身につけちゃいないし魔法をかけたそぶりもないのに、なぜだか完全防御の魔法が完成している。

 いよいよ意地になって妖魔たちは攻撃をがんがんぶつけたけれど、サンガをまもる盾は破れなかった。放たれた火と氷と毒は、生みの親の命令を果たせなかった申し訳なさにちぢこまって、生まれてすぐというのにしゅんとなってこの世から消えてしまった。


「無駄だよ」

 サンガはふりかえらずに言った。首にはサラがひっしとしがみついている。

「もうやめようよ」

 夢中で魔法をぶつけていた妖魔たちがいっしゅん止まった。かれらが繰り出す魔法の火も氷も毒も、空中でびくっと身をすくめた。生まれたばかりの、ひとをきずつけることしか親からおしえられることのなかった、無垢でよこしまな攻撃魔法たち。かれらに、サンガを殺そうとむかっていく以外のなにができたっていうんだろう。


「ほら」

 サンガは切れ長の目を伏せて、はかなく散っていく火や氷や毒の最期を見とどけた。そのからだから陽炎があがるのを妖魔たちは見た。

「サラを狙って、ティッカを傷つけて、火や氷や毒たちを悲しませて」

 ぱりぃんっとかわいた音が耳のすぐそばで聞こえて、サラが顔をあげると目のまえで揺れるつののお守りに亀裂がはいっていた。亀裂はみるみるおおきくそだって、割れてこぼれた角のかけらがぽろぽろおちた。サンガの魔力を抑えるためにエリーがつくった呪具だ。それが割れたということは……? 封印のとけたサンガから魔力がちろちろあおじろい炎になってあふれ出だした。


 そういや私、いつまでこの子にしがみついてるんだろう。おずおず見あげればサンガの顔にはなんの感情もうかがえなくって、いつものサンガじゃないみたい。亀裂のはいった飴色の角から蛍のはねがこぼれおちてった。


 ひっきりなしにおちてくる滝の水がいつの間にか音をなくしていた。かわりに吹きあがってきた風が樹々をはげしくゆらし葉っぱが散って、いくつも泉のうえにおちた。つぎつぎ降ってくる葉っぱたちが泉を染める。緑、黄緑、うす緑。赤や黄、オレンジ。葉と葉のあいだに空の青が映る。空はうそみたいにまっさおで、ときどき雲が猛烈ないきおいで流れていった。


 空がふるえたのが、サラには合図だった。

「どっかかくれて!」

 エㇽダとティッカに大声で叫んで、サラはしがみついてる全身に力をこめた。つぎのしゅんかん、閃光と轟音が同時にサンガたちをつつんだ。まばゆさに目をつむったサラが片目をそっとひらいたそのときまた、天を裂いて雷電が森をおそった。現実味をなくした青い夏空にぐんぐん育つ雷雲、雲のあいだをつぎつぎ鳴りわたる稲妻。

「サンガの魔法?」

 おそるおそる聞いてみたけどサンガはこたえない。かわりにまた雷が森に落ちた。

 直撃をうけた老木がめらめら炎をあげて、燃えだした。さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでいた猿たちもいまは身をちぢこまらせて、森の奥で息をひそめている。



 サラは自分が水着すがたでサンガに至ってはほとんどはだかだってこともわすれて、サンガに抱きかかえられたままその首にしがみついている。ティッカはエㇽダを抱えて森のなかへ逃げこんだみたい。妖魔三匹は滝つぼのほとりから動けない。やぶれかぶれな戦意も萎えて、もはや天罰をただ待つかのように蒼白まっさおだ。けれども狂ったみたいに暴れ落ちる稲妻は妖魔三匹を狙っているような、そうでもないような。


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