第46話 妖魔と水着とどっちが大事
その頃ひとつうえの滝つぼで、サンガとティッカも水にとびこんでいた。ひっきりなしにおちてくる水が滝つぼを満たしたと思うとすぐあふれてまた一段下へとおちていく。水のおちていくさきがティッカは気になるけれど、がまんして下はぜったい見ないときめている。
水はどんどんおちてくる。ひとかたまりでおちてくる水はたしかな質量をもってて、シャワーっていうよりやわらかな殴打のよう。妖魔のわらい声も獣たちの啼き声も、ぜんぶ滝の轟音が吸いこんでしまって聞こえてこない。まだ青い葉が枝からはなれてひらひらと降ってくる。やがて着水した葉はしばらく滝つぼの
葉っぱを吸いこんだ境界線のむこうにひろがる森は、さまざまな色あいの緑が層をなしてはるかなさきで青空にとける。いまごろ葉っぱは下の滝つぼにおちたかな。エㇽダが拾いあげたりしてるかな。下からエㇽダの声が聞こえた気がした、殴打からのがれ耳をすませてみる、するとほら、やっぱり水の音にまじってエㇽダのはしゃぎ声。
「サンガ、おまえちょっと下のようすを見てみろよ」
「どうして?」
「どうしてって……どうしてるか心配になんねえか?」
サンガは目をとじ耳をすませた。
「だいじょうぶ。たのしんでるみたいだよ」
エㇽダの悲鳴がとどろいたのは、その直後。
谷を
滝はぞわっとおしりがこそばくなるよな高さ――ごくりと唾をのんだティッカはでもつぎのしゅんかん、目をぎゅっとつむって宙へ身を投げだしていた。どこまでおちても終わらない落下。空気が両耳でするどい音を立てた。
やっとで着水、豪快に水しぶきがあがって、
「エㇽダ、サラ、だいじょうぶ?」
よこから聞こえてきたのはサンガの声。移動魔法をつかってここまで来たのか、ティッカとちがって髪も呼吸もみだれず顔だってすずしげだ。
「だいじょうぶなわけないじゃん!」って半泣きの声で叫ぶエㇽダ。そりゃサラが妖魔にとっつかまってるんだからだいじょうぶじゃないよね。
「だいじょうぶじゃないのはエㇽダよ」とサラはサラで悲鳴をあげた。「自分のかっこ、わかってる? はやくシャツ着なさい!」
「かっこなんかどうでもいいよっ」
「よくないわよ! 女の子にとってそれ以上だいじななにがあるってゆうのよ!」って叫びかえすサラはもしかして、自分が妖魔たちにさらわれてるまっさいちゅうってことわすれてるのかな。
ふたりの言い争いに圧倒されて妖魔はなにも言えない。それはティッカもおんなじ、でも油断すると目線がエㇽダへ向かおうとするのを必死のぱっちの精神力でぐぐぐっと横へそらしてる。しかたないから泉のよこに放りすてられてたシャツをサンガがひろって、エㇽダの頭にかぶせてあげた。シャツから頭だけ出すとエㇽダはサンガを見あげた。
「どうしよう? 魔法が出ないの。なにやっても火の玉が出てこないの、葉っぱも枝も水も言うこときいてくれないの」
どうやらそれはサラもおなじらしい。すご腕の魔女ふたりがそろって妖魔に無抵抗なのをふしぎに思っていたけど、つまり魔法を封じられてしまっていたのだ。
それにしてもみんな油断していた。
たしかにエㇽダとサラの魔力なら、並みの妖魔に負けるはずがない。でも妖魔が三匹がかりで襲ってきたのも計算外なら、魔法を禁じる術をかけられるってのも計算外。ふだん魔法に頼りっきりのエㇽダはもちろん、サラも雑用なら家では使用人が、学校ではとりまきたちがなんでもやってくれてたおかげでからだひとつで戦うコツなどまったく知らない。なすすべもなくサラは妖魔たちにつかまってしまったのだった。
「サラをかえせっ。おまえらなんか、ぜったいぎったぎたにしてやるからなあっ」
エㇽダは吠えるけれどもサラを抱えた三匹は顔を見あわせばかにしたようにわらうだけ。
ところで――
まんなかの妖魔に抱きかかえられたサラは絶体絶命なんだけどじつは心のなかでは命の危険とかはひとまずよこに放っぽっといて、それより水着を着たままにしといてほんっっとによかった、とそんなことを考えていたのだった。女ふたりきりなら、と気をゆるして脱ごうといちどは思ったのだ。やっぱりその方がきもちいいしね。
それをすんでのところで思いとどまったのは、祖母譲りの勘とサラの性分だ。へいきで肌をさらしまくっている島の女たちとはちがってサラの考えでは、生まれたまんまのすがたを見せていいのは愛する旦那さまにだけ、なのだ。結婚なんてたぶんずっとさきのことだしまだ王子さまと出会ってもいないけれど……すてきなあなたといつかむすばれるその日まで、きっと守りとおしてみせます乙女のやわはだ! この心意気、これがサラにとっての乙女の
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