第38話 代理か否か、それが問題だ
夕ごはんの準備に立とうとするエリーに、サラが問いかけた。
「エリーばあちゃんは私が魔女になるの反対?」
サラが魔女になると言うのにアルバ村の者たちはだれもいい顔しなかった。もはや魔女ってだけで命をねらわれる時代ではない。それでもエリーの血をひく魔女は騎士団や教会から危険視されるだろうと皆が言うのだ。
「ばあちゃんは禁止って言ったでしょ」
それだけ言って、エリーはキッチンへ向かった。コンパクトな造りの魔女の家ではキッチンはリビング兼工房とつながっていて、夕ごはんの下ごしらえをはじめるエリーの背中にサラの声はかんたんにとどくから話はつづく。
「私の生まれた頃はエリーちゃんが筆頭魔女やってたんだよね」
「あー。むかしのことよ」
サラに背をむけたまま、まるでひとごとだ。
「いまでもいちばんの魔女なのに、責任ほっぽっちゃって逃げだしたって」
「だれよそんなこといったの」
「レベッカおばさん」
レベッカはいまの筆頭魔女だ。エリーが放り出した地位のあとをついで十五年になる。弟子をめったにとらないエリーがめずらしく鍛えあげて、だからみんなはかのじょをエリーの一番弟子と見ていた。そういやあの子、自分から弟子になりたいって来たくせにいま思いかえせばしょっちゅう口ごたえしてしかも師匠の私にむかって説教までしていたぞ。
「あのおしゃべり」
雷でも落としてやろうかしら、あの子のとんがり帽子のうえに。不穏なたくらみを敏感に察してそらに黒い雲がむくむく育ったけれどはるかかなたのブリトニケにまでとどくわけもなくって、けっきょく雷は雲のうえでぶきみにごろごろ鳴ったあと散ってしまった。
今夜のごはんはシチューだ。エリーは料理に魔法をつかわない。だから味は保証できないかと思いきや、意外と腕はわるくない。その点レベッカの料理はぜんぜんなってなかった。そもそも味をよくしようという意思がないのだ。弟子としていっしょに暮らしていたあいだいくらもんく言っても改善しなかったレベッカを思いだして、エリーは告げ口してやった。
「だからね、レベッカだってかなりいい加減なのよ。だまされちゃだめ」
「料理がいい加減なのは知ってる。自分でそう言うしね」
なにをいまさらって顔でこたえたあとサラは表情をきゅっとかためて、
「いま私、レベッカおばさんに魔法おしえてもらってんの」とできるだけそっけなく言った。
「筆頭魔女に? ぜいたくねえ」
エリーはおどろいた風にこたえた。魔女ならだれだって一流の魔女のおしえを渇望していてちょっと名のとおった魔女の門のまえにはまいにち行列ができるってぐらいだから筆頭魔女の弟子になるなんてそれこそ全魔女のあこがれだ。
「それに関しちゃエリーちゃんに感謝してる」表情をゆるめてサラが言う。「むかしの恩がえし、って言ってるよ」
「まあね。あの子を鍛えてあげたのは私だもん」
ふっふーんと胸をはるエリー。
「でもつぎ会ったらゆるさない、とも言ってたな」
「え。なにそれ」とたんにうろたえて、「なにをうらんでるのかしら……?」
ううむと考えこんでいるけどこれきっと、思いあたるふしがありすぎるんだな。この魔女のふだんの言動からすれば
「言っとくけど、けんかするなら私はレベッカおばさんのがわにつくからね。レベッカおばさんがおしえてくれるんならって、みんな私の魔女修行を認めてくれてるんだから」
「そりゃ筆頭魔女の弟子なんて、そうそうないことだもんねえ」
その理由のひとつは先代のエリーが弟子をほとんどとらなかったせいなんだけどね。
「ところで筆頭魔女と言えばさ」とサラは無責任な元筆頭魔女の目を見すえて、「レベッカおばさんによると、まだエリーちゃんが筆頭魔女らしいよ」
「あの子まだそんなこと言ってんの? あとは任せたって、あれだけ念をおしたのに」
いつの間にかサラのシチュー皿はからっぽだ。黒猫のカラがわずかにのこったシチューを舐めている。
「レベッカおばさんは、いっときだけの代理ですからねって、あれだけ念をおしたのに、て言ってるよ?」
筆頭魔女としてすべての魔女たちの尊崇をあつめるレベッカは、自分ではエリーの不在中の代理のつもりで、師匠の帰りをもう十五年も待っていた。年月は飛ぶように過ぎた。魔女のまえには罰のように無限のときが横たわっている。星はどんどんおちてくる。雹も、雪もつららも。そのうち月までおちてこようと先生はかえってこないつもりだろうか。
その夜。長旅でつかれはてたらしいサラがぐっすり眠っているのをたしかめ、魔女は自分の寝室にはいり鍵をかけた。
いつものとおり故郷との通路を壁につくると、あちらっかわの棚にみじかい手紙を置いた。サラが来たよと伝える内容だ。そこにエリーが手紙を置くだろうことはお見通しだったようで、棚のうえにはどっさりこちら宛の手紙が積んである。見るとほとんどはサラ宛に封がしてあるなかに、二枚だけ「エリーばあちゃんへ」と書いてある。
ひとつはサラをよろしく、と娘を押しつけるメアリのもので、もひとつはぜったい魔女にはさせないで。さもなきゃもういちごジャムはあげません、と脅しをかけるアンのものだった。
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