第31話 エㇽダ参上


 透明な水晶のなかでサンガはなんとかぎりぎり猛攻をしのいでいる。苦しまぎれにいろんな魔法を繰り出し、センビランの槍を風でよけたり氷の矢を熱で溶かしたり、でも反撃までは手がまわらないからじり貧だ。

「すごいすごい、すごいよサンガ、いままであんな魔法つかえなかったのに」

「必要は魔法発現の母なのよね。あれ、『発明の母』だっけ……まあなんだっていいわ」

「のんきに言わないでよっ。やっぱりこうしてられないや。あたし、行かなきゃ」がたがたっと立ち上がって魔女を見た。「あたしをあそこへ送って。あんたならできるでしょ」

 あんなにきらっていた魔女だけど、いまはそんなこと言ってられない。このさい悪魔だろうが神殿のばあさんだろうが、いけすかない魔女だろうが頼れるものには頭をさげるのだ――というのは言葉のあやで、じっさいはエㇽダはこんなときでもえらそな態度でまったく頭はさげないけどね。


「どうするつもり? 行ったところできみじゃあ勝てないよ」

「勝つよ、正義は勝つもん、ぜったいサンガをまもるもん」

 もちろん根拠なんてありゃしない。魔女は肩をすくめて虎と顔を見あわせた。ベンガル虎は首をかしげ、アメニシキヘビはとぐろを巻いたからだのなかに首をかくした。


「送ってあげてもいいけど、」

 魔女は目をほそめて言った。

「たすけられるかどうか、結果を出すのはきみ次第よ?」



  ***



 サンガは石灰岩の岩のうえに左手をついて、くずれおちかけのところをあやうくまだ立っていた。肩でおおきく息をして、センビランが怒涛のようにふるう剣を右の腕で受ける。硬くかためた腕はもうそこらじゅうが欠けて、白い骨がのぞいている。


「このおれに挑むには百年はやかったな。だがよく耐えた、ほめてやる。よい戦いだった――誇りに思うがよい」

 センビランがゆっくり剣を振り上げるのを、サンガはひとごとみたいに見あげた。


 自分でもおどろくくらいにいろんな魔法を繰り出し戦ってきたけどもう出し尽くした、魔力だってほとんどのこっていない。こんなとき魔女の余裕しゃくしゃくな笑顔が脳裏にうかぶ。振りかぶった剣をいままさにおろそうとセンビランが息を吸うのがわかった。ふくらむ胸、そこに描かれた戦士の文様はうつくしく威嚇的だ。


 息をおおきく吸ったあと戦士は、惜しいと思っていっしゅん剣をおろすのをためらった。

 だが敵だ。いまはハイヌウェレの魔力を吸収するのが第一だ。こいつはじゃまをしつづける。じゃまものは排除しなければならぬ。


 そのとき――

「待てっ、おっさんっ!」

 おそれも遠慮も知らない子供の声と同時に背中に熱いものがつぎつぎぶつかった。だが文様にまもられた肌にはやけどもきずもつけられない。

 悠然とふりかえった戦士が見たのは、崖っぷちに立つ少女。

「たすけに来たよ」

 げんきいっぱい、戦士もあきれる笑顔でエㇽダは言った。



「たすけるだと? ……それなりに魔法はつかえるようだ。だがこんなものではおれは倒せんぞ。威勢だけはこいつよりうえだが、」とサンガをゆびさしからからとわらった。「おれに立ち向かうとはいい度胸だ――うむ、今日はよい日だ」

 せっかくセンビランがかっこつけて語ってるのに、そのあいだもエㇽダったら火玉をどんどん投げつけてる。攻撃が効いてる気配はないけれど、話を無視され精神的ダメージはありそうだ。


 語りおえるとこっちに向かってきたセンビランに、必死で火玉をぶつけつづけるエㇽダ。

「なんで効かないのよお」

 戦士のからだから雷光がほとばしる。一歩ずつ、踏み出す足の下で火花が散って、その足あとには焦げた草がのこる。すさまじい力の充実だ――お話を無視された怒りと恨みがちょっぴりこもっているかもね。


「だめだ、逃げろエㇽダ」

 もはやセンビランは火玉をよけもしない。文様に守られたからだは火玉を難なくはじいて、力をうしなった火玉は生命を燃やし尽くしたあとの羽虫のなきがらみたいにさびしく地に落ちる。

「……こんのおっ、ずるいぞおっさんっ」

 なにがずるいんだかエㇽダの基準は凡人にはさっぱりわからないけど、こんな追いつめられた状況でにくまれ口をたたけるあたりはさすがエㇽダだ。苦情に耳をかさず戦士が剣を振り上げる、エㇽダは右へからだをかわす。そのすぐよこに落ちる剣。頬をなでる風、ぎろっとにらむ戦士の目。


「走れ」

 遠くからとどくサンガの声に、エㇽダははじかれたように走りだした。その背中を剣が追う。刃先が髪を切る。いまさらだけどこれ、本気で命のかかった戦いなんだ。

「うしろを見るな、走れ」

 魔力がすこし回復したサンガは魔法でふたりの間に割ってはいる。エㇽダを狙う剣を木の葉で邪魔し、草をセンビランの足にからませて、おかげで間一髪で剣はエㇽダにとどかない。




「ちょっとはがんばるじゃない」

 水晶球のなかの活劇を魔女はたのしそうに見ている。

「手助けしないのか?」

 ベンガル虎が問うた。そのわき腹の、ゆたかな肉へ魔女はうっとりおしりをしずめた。はずみでうつくしい縞もようが波うった。

「あまやかしちゃだめよ、あの子のためにならないわ」

 水晶球のなか、剣がエㇽダの背中をかすった。サンガの魔力はまた尽きてきたようだ。

「死んだらどうするんだ」

「そんなやわじゃないわよ」

「いや、お嬢ちゃんの方」

 エㇽダは足がもつれて、顔は汗にまみれて、剣を避けるうごきも限界が近い。

「……いっけない」

「おまえな」虎は魔女のしりの下であきれ顔だ。「すこしはまじめに考えろよ」

「そう言わないで。考えならあるんだから」

 なんて言うのは口から出まかせ。水晶のなかではエㇽダが崖っぷちに追いつめられている。


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