第23話 魔女の交換条件



「聞いてよサンガあ」

 オオトカゲを使い魔にしてやるぞってエㇽダのおもいは今日も成就しなかったみたい。壁のない高床式の家の、屋根のはしから星のばんばん流れるのが見える。今宵も月は金色だ。その月のまえを、人間と家畜とが寝しずまるのを待つ吸血コウモリたちがひらひら不吉によぎる。

 いちどは成功させた六角オオトカゲの召喚を、その後エㇽダはなんど試してもさっぱり成功させていない。しかたないから湿地にでかけて直接さがすんだけどオオトカゲはれなくって、だけどどれだけ避けられたってエㇽダはへこたれないのだ。

「だってあの子とあたし、心が通じ合ったんだもん。これって運命だよ」

 無邪気にエㇽダはそう言った。ならばサンガが森のなかでハイヌウェレの魂魄に出会って召喚されたのも運命で、なにか意味があるんだろう。

 今夜もヤモリはケッケッと鳴いた。ヤモリが月を慕うのは同じ金色の目玉をもっているからにちがいない。



  ***



「……それで?」

 と魔女はたいして興味もなさそなようすでつづきをうながした。お義理で聞いてあげましょって顔だ。

 ここは魔女の家のリビング。エㇽダに言うと心配するから、かのじょがいつもの通りオオトカゲをさがしに行ってるあいだにこっそり魔女の家を訪ねたのだ。


「ハイヌウェレがなにをたすけてほしいのかわからないんだ。あのあとはちっとも召喚されないし夢にも幻にもあらわれないし、手がかりなし。会いに行こうにも封じられているのがどこなのか見当もつかない。なにをたすければいいんだろう?」

「それは私に聞くことじゃないわねえ。私はハイヌウェレじゃないもの」

「ハイヌウェレともういちど会えるといいんだけど」

 サンガは期待をこめた目で魔女を見た。魔女は窓のそとへ目をそらせてそらっとぼけた。

「それは私の仕事じゃないわ」

「でもエリー、まえに言ったじゃないか」

 サンガが言うのははじめてかれがこの家につれてこられたとき、その別れ際のことだ。

「……たしかに言ったわね。困ったら頼りにしなさい、って」

 魔女は目を伏せゆっくり左右に振った、するとながい睫毛の影が頬におちた。

「おぼえてくれててうれしいわ。でもちがうのよね、こんなじゃないの。もっとこう――妖魔におそわれて絶体絶命のきみがおびえて祈るところに颯爽とあらわれて、そして私がかっこよく敵をやっつけたらきみはもう感謝いっぱい、うるうるの瞳で私をあがめるの」

 どこまで本気かわかんない発言だけど、たぶん八割がた本気だぞ。サンガは相手にしないで首にかけた飴色の角を手にとった。

「そうならないようにこのお守りがあるんじゃないの」


「まあね。こないだ会った程度のやつなら追いはらえると思うわよ。その紐にもたっぷり魔力を練りこんだし」

 たっぷりの魔力はじつはお守りとはべつの目的にもつかわれてるんだけど、いまはまだ秘密。

「お守りのおかげで、森をひとりで歩いても妖魔に会わないでしょ?」

 サンガはうなずいた。でもハイヌウェレには会ったし、召喚までされてしまった。

「それだけハイヌウェレがつよい魔力をもってるってことよ。女神とまでいわれたぐらいなんだから」

 たぶんそうなんだろう。でもだからこそ、そんなハイヌウェレがどうしてサンガにたすけを求めるのかわからない。首をかしげて答えを探しあぐねて、悩ましげに眉をひそめてこっちを見てくるサンガ、その目がしぐさが、それはもうずるいほどかわゆい。


「まあ力を貸してあげないでもないわ。こうやって頼ってきてくれたごほうびに、ね」

 サンガのようすを眼福と記憶にやきつけて、魔女は片目をつぶった。

「でもタダってわけにはねえ」

「ごほうびじゃないの?」

 びっくりしてサンガが問い返す。すこぉし声色が非難ぎみだ。

「べつになにかちょうだいって言うんじゃないの、子供から巻き上げたりなんかしないわ。ちょっと条件をつけるだけよ、そうねふたつだけ」

 にっこり魔女がわらった。サンガは身がまえた。ベンガル虎があわれむ目をちらっとあげた。


「条件そのいち」

 魔女が唇のまえでひと指しゆびをななめに立てる。

「これからまいにちここに通うこと。女神がどんなたすけを求めているのかわからないけど、たすけようっていうならまずはきみが力をつけないとね。きみはもっと魔法を身につけるべきだわ」

 エㇽダが怒りそうな条件だけど、すこしだけ考えてサンガはうなずいた。

「条件そのに」

 魔女はゆびを二本に増やした。

「私のこと『先生』って呼ぶこと。あ、『お師匠さま』でもいいわよ」

「それって」

「そ。私の弟子になるの。みっちり鍛えてあげる」

 にっこりわらう魔女につられて、うっすらサンガはほほえみをかえした。反射的に、意味もこめずに、でもそれだけでひとを幸せにしてしまうようなかわいいほほえみがやっぱりずるい。

「条件そのさん」

「条件はふたつじゃなかったの?」

「追加」うふふといたずらっぽく魔女がわらった。「いま思いついたの。気にいってくれるといいなあ。うふふふふふふ」

 魔女のえがおを、サンガはいやあな予感を抱きながら見た。


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