第15話 ごほうびのあとはピンチ


「お、こいつけがしてる。暴れたらやっかいだから、とどめを刺してから角をとるのがいいかな」

 ティッカは警戒しながらオオトカゲの左側から近づいて、背中から山刀をとりだした。オオトカゲはまぶたをおろした。森のあざやかな緑も太陽のひかりも消えて、生まれるまえのあたたかい闇がかれをつつんだ。



「殺しちゃだめっ」

 とおくから少女の声がとどくのを耳にして、オオトカゲは目をひらいた。ふたたび世界はゆたかにまばゆくひろがって、以前よりはるかに清新にかれをつつんだ。世界が価値あるものだとはじめて知った気がした。

「だって、こいつの角がいるんだぜ? 本気であばれたら大人が五人がかりでもかなわねえんだ。殺さないで、どうやって角をとるんだよ?」

 また妙なこと言いやがって、そう思いながらティッカは山刀をにぎりなおした。

「だめだめ、ぜったいだめ。殺さないで」

 必死のエㇽダをなだめてすかしてオオトカゲを仕留めようってのはかなりな難題だ。でも角がとれなきゃ魔女との約束はどうすんだよ。サンガが大事なんだろ。

「こいつをつかまえるために崖からおちるほどがんばったんじゃねえのかよ?」

「仲よくなったの。ともだちなの」

 エㇽダがなみだをぼろぼろこぼすからティッカも調子がくるってしまって、にぎった刀を振りおろせない。しばらくおもいきれずにそのまま構えていたのが、まっかなエㇽダの目を見てとうとう右腕の力をぬいた。

「わかったよ」

 山刀を背中にもどして、「とにかくどうやって角をとるかだな。まったくおまえの気まぐれは……」とぶつぶつ。

 六角オオトカゲはといえば――いつおまえと友になったんだ、と胸中不平をつぶやきまた目をとじた。少年と少女がふたりがかりで自分を抱きかかえようとして足をふらつかせた。湿原の王ともあろうものが子供たちに捕まるとはなんたる不覚、だがふしぎと不快感はなくむしろゆかいなきもちが湧いていた。



 やがてオオトカゲは舟にのせられ、ふたりと一匹をのせた舟はすうっと川へとすべり出した。

 もう陽は傾きかけて、川のうえをわたる風はすずしくなっていた。風に吹かれて黒髪がゆれる。シャツがはためく。風へ向かってエㇽダはまた歌をうたいだした、歌声がきずついた肌をやさしく撫でて、オオトカゲはやすらかに頭を舟底に置いた。うたうエㇽダが夕陽をうけ黒髪がうすく透けるのを、ティッカは夢のようだと思った。

 ティッカの視線に気づくとエㇽダは歌をとめて、「なに見てんの」とあどけないみを見せた。あいかわらずティッカの想いになんてまったく気づかないけど、べつのところでは妙に敏感だったりするから油断しちゃいけない。

「そういやさ…………さっき。なんかへんなことしようとしてたよね?」

 ティッカは答えに窮してしまった。ここへきてとつぜん絶体絶命がけっぷちだ。


 河燕かわつばめたちのさえずりが頭上に聴こえた。川が何百万年もかけ削った崖の中腹にかけた巣へと、つぎからつぎへと燕はまよいなく飛んでいく。そのすがたを追ってそらを仰いだエㇽダの喉はまっすぐなめらか。それに比べて自分ときたら、ぜんぜんまっすぐ進まなくって、そこらじゅうぶつかってまよいっぱなしだ。

「えっと……いやあれは、」

 じろり。その一瞥はティッカには効果ばつぐん。

「ちがうちがう、ちがうって。ぜんぜんそんなつもりはなくって――」

「それにあたしのはだか見たね? ばか、えっち」

 なにもなければふだん平気で見せてるくせに、見られてると思うと見せたくないのだ。相手がティッカと思うとなおさら見せたくないのだ。理屈もなんにもない、なものはやなんだからしかたない。


 ティッカはしゅんと、櫂を操る手もげんきをなくしてエㇽダの方へ顔を向けられない。エㇽダはエㇽダでへそを曲げるから互いに背をつきあわせるかっこで、ぶつぶつ言う声がせまい舟のうえをずっとただよった。

「もう。信じらんない。男の子ってなんでみんなそんなえっちなの。ティッカまで、ばか。……はっ! まさか、サンガまでこんなになっちゃうのかな。だったらやだな。でもティッカと一緒にいたらなっちゃうかも。もう……ティッカのばか。ばか。信じらんない。ばかばか」




 魔女の家へは川を下る方向だから、ティッカは座ったまま櫂をこいでいる。力をこめなくても舟はするすると水のうえをすべった。

「きげんなおしてくれよ、わるかったからさ」

「なにがわるかったの?」

 エㇽダの返事のつれないことったら。怒ってるんじゃない、拗ねてるんだ。こんなときティッカはどうしたらいいのかわからない。それでもとにかくまえへ進まなきゃ、なにか言わなきゃはじまらない。

「ええと、おれが――」

 そういやおれの、なにがわるかったんだろう。

「つまり、あれだ。とにかくおれが、えっちだったってんだろ? エㇽダがいやならおれ、もう見ないよ」

「むりむり、信じない」

 思いつめた顔するティッカがおかしくって、ついエㇽダはくすりとわらった。

「あー、もういいよ。ばかばか言ってたらつかれてきちゃった。どうせティッカのえっちは直らないんだろうしさ」

 そんでティッカの背中に頭をあずけて、おおあくび。

「だって、おれだってもうすぐ大人の仲間いりなんだぜ? 大人の男だったら、そんなのふつうなんだよ」

「ティッカが大人だなんて、わらっちゃうね」

 まのびした声で、またあくび。ティッカが大人ならあたしだって大人だもん。でもなあ、大人だったらもっと魔法の勉強しなきゃなんないしでも自由も手にはいるし、ううむ大人になるって……いいこととわるいことがあるみたい。

 なんてぐるぐる考えてるうち、舟の揺れの心地よいのに誘われるまま、エㇽダはうとうとねむってしまった。


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