第13話 はじめての共同作業
「あぶないよ、じっとして」
自分がオオトカゲに追われているってことをわすれてエㇽダはひなどりに声かけた。手を伸ばせばとどくかも。
崖にしがみついて茂る笹の葉が、エㇽダの伸ばすゆびのさきでゆれて動いていじわるにひなどりをかくした。もう、じゃまっ。いらいらっと葉っぱを雑にどけると、その下のひなどりがはずみで転げおちそうになる。
「うぉっと、あぶないあぶない」
ふうっと額の汗をぬぐった拍子に、ぐんぐん迫るオオトカゲの姿が目にはいった。いけね、わすれてた、あの顔かんぜんに怒ってるよう。
両手のふさがったエㇽダは足だけあげて、オオトカゲを制止しようと全身でうったえた。
「待って待って、この子たすけるまで待って」
もちろんオオトカゲは信じない。そうなんどもだまされるものか。
だがいよいよ近づいても自分の身をまもろうってそぶりも見せずに断崖へといっしんに身を乗りだす少女を見て、ふっとその手のさきへ目をやった。
はたしてそこには頼りなげなひなどりが、少女の手めざして必死で崖をのぼろうとしながらむなしく羽をばたつかせていた。ゆびはあとちょっとのところで届かない、そしてひなどりはいまにも崖下へとおちそうだ。
なにをもたもたしている。少女のこころみがいつまでも成功しないのを見て、オオトカゲはおもわず両の
べつにオオトカゲは博愛主義者ではない。生きるも死ぬもひなどりの運命、本来かれの知ったことではなかった。ふだん湿原にやってくる鳥獣が溺れようが底なし沼にはまろうが、あるいはそこらをうろつく妖魔どもにさらわれようがたすける義理などないし、まわりのちいさないきものたちが必死でいとなむ弱肉強食のあらそいも他人ごとだし、よわった小鳥なんぞはまもってやる対象どころか、なんならエサだ。
なのにいま、ひなどりのためしっぽを垂らしたのはなぜだろう。ふしぎな思いで自分に問うてみた、でも答えをさがす必要はないと思った。
垂らしたしっぽはひなどりのすぐそばで揺れた。だがひなどりは、しっぽにしがみつこうにもまだあしもつばさも力が足りない。じれったい、しっぽで巻きとってやろうか、そう思ってからだをくねらせたとたんに肢がずるりとすべった。ぱらら、ぱら、ばら、はがれて転げておちていく土。
しっぽのすぐそばでひなどりが格闘する、それをとなりで見ている少女がさっきから意味なく応援の声をあげては手をにぎりしめている。ふと、この少女がいま角に手を伸ばせばあっさり角はうばわれてしまうのではないかと思った。それともちょいと腹を押されれば自分は崖を転げおちるだろう。うかつな――横へ目をやると、ちょうどこちらを向いた少女と目が合った。
「ねえ、このしっぽ、あたしがつかまっても大丈夫?」
なにを言うのだ。オオトカゲが
「ふたり力をあわせたら、あの子助けられると思うんだ」
やがてしっぽをつたって断崖に身をおどらせた少女をオオトカゲは見まもった。命がけの空中ブランコ。しっぽから手をはなしたら、崖の下へとまっさかさまだ。なのに少女は敢然と右手をはなして、その手をひなどりへと伸ばす。手がとどくまであとすこし。
しっぽに体重がかかる。四本の肢の爪が地面に喰いこむ。罪過もないのにするどく爪を立てられ地面はぎゅう、と鳴いた。崖のふちの小石たちがこらえ性なくまたぼろぼろこぼれおちた。いくらちっぽけな子供といっても、さすがに宙にうかぶものをしっぽ一本で支えるのは荷がおもい。はやくしろ。オオトカゲは歯を喰いしばった。はやくしろ、爪と土とがさいごの力をのこしているうちに。
「とれたっ」
背中から少女のうれしそうな声が聞こえてきたとき、オオトカゲの
ところがことはそうかんたんではない。少女のほそい腕では、おりることはできてものぼるのは大仕事なのだった。いつもはむだにげんきいっぱいのエㇽダも、さっきのオオトカゲとの戦いですっかり魔力も体力もつかい果たしていた。
じりじりと爪が地面からはがれて、トカゲのからだは崖の方へと寄せられていく。
保護したひなどりは下穿きのなかにつっこんで、うろこに手をかけぐいっとからだを持ち上げようとしてエㇽダは、てのひらの痛みに「いッ」とおもわず声をもらした。ぴかぴかに
世話のやけるむすめだ。少女のつかまるしっぽを、オオトカゲは持ち上げようとした。お、もうすこし。エㇽダの左手が崖の頂上ちかくに生え出たムラサキ藤の茎の一本をつかんだ。すこしばかり頼りないけどいまはこれに賭けるしかない、左手に力をいれぐぐぐっと身を持ち上げる、もうゴールはすぐそこだ。下穿きのなかのひなどりもそれを感じていよいよ鳴いた。オオトカゲが四つの肢を踏んばらせているのが目にはいった。おねがい、あとすこしだから
つぎのしゅんかん一帯の土がまるごとめくれあがって、エㇽダは宙にほうり出されていた。刹那、オオトカゲは少女をすくうためその巨体を空中に投げ出していた。おおきな口で少女の足をくわえ、しっぽは木の根にからませて。だが柄になく平静を欠いたオオトカゲは自らの体重を忘れていた。根っこは巨体を支えきれずに切れてちぎれて、とうとうトカゲと人間とひなどりとはもろともにはるか崖下へと転げおちたのだった。
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