第11話 六角オオトカゲは湿原の王
モルフォ蝶を追ってティッカが去ったあとの丘にひとりのこされたエㇽダは準備万端。
「さてさて、うまくいくのかなあ」
にしし。大物を召喚するっていうのにむしろエㇽダは不敵にわらって、
「しっかり出てきてよおトカゲちゃん」と左のひとさし指を立てた。
いっしゅん笑みをおさめて宙をにらむ。ゆびさきに
「燃っえっろおっ」
とおもいっきり叫ぶと、頭のうえに張りめぐらされたガジュマルの枝にまで届くぐらいに炎があがった。おどろいた
炎はいっしゅんで消えて、消えたあとねずみ色のけむりは蛍のときのようには上にあがらずこんどはひたひたと地面を這った。かたまったりひろがったり、あらぬ方へ手をのばしたり、なにかを探すみたいにかたちをどんどん変えて、やがてけむりは笹がやたら茂って通せんぼするところにあたって止まった。ここだよ、連れてきたよとそっとささやいてけむりがすうっと晴れると、茶色い影がゆらゆら揺れた――。
そのおおきな、ずんぐりした影は、うろこにまとわりついたけむりをふるいおとすように、ふとい首をぶるんと振った。重量感たっぷりの頭のうえに、ぽつぽつぽつっと飴色の角が六つ――六角オオトカゲだ。どしんとしっぽを地に打ちつけて、ぎょろりと少女をひとにらみ。湿原でのんびりひる寝していたのがとつぜん魔法で丘のうえまで連れてこられて、これではふきげんな顔になるのも無理はない。
「やあ、トカゲちゃん。ようこそ来てくれたね」にらまれたっていうのにエㇽダの方は超ごきげんだ。「さすがあたし! やっぱりあたしって才能あるんだよ、むふふふふ。どんなもんだい、えっへっへ。魔女のばか」
それからトカゲに手を差し出した。
「さ、その角ちょうだい」
少女の呼びかけをオオトカゲはまるきり無視した。そっぽ向いてまぶたをとじて、目のまえの少女への警戒心はかけらもない。
なにしろ、六角オオトカゲは湿原に敵なしという王者なのだ。全長は二メートルをかるく超え、体重ならばエㇽダが五人分。うろこはかたくて密林のジャガーだろうが大蛇だろうが歯がたたない。おまけに知能もたかく、狩りもたくみだし人間たちが獲物をとるため仕掛ける罠にかかりもしない。
とつぜん呼び出されて目が覚めてしまったが、こんな人間の子供の相手などすることないと、しっぽに頭をつっこんでひる寝のつづきにはいる構えだ。
「あ、無視したなっ。なっまいき。こっち向けこら」
なまいきもなにも、オオトカゲにはかのじょのいうこときいてやる義理なんてみじんもない。そうなんだけど、泥水のなかのミジンコほどもないんだけど、まあそんなこと考えないのがエㇽダなんだな。
てきとうに木のきれはしを投げたら、みごと命中。果たしてオオトカゲはあかね色の目をひらいた。うるさそうに頭をもたげて、声をあげずにぎろりと目だけで威嚇する。
でもエㇽダときたら大型獣の威嚇にもこわいもの知らず。
「とっとと角をよこしな、あたしいそいでんの」
なぜにそんなにえらそうなんだ。
六角オオトカゲは、生来あまり好戦的ではないといわれている。ふだんは湿原の王らしくゆったり構えて、ほかの小動物たちがまわりでうるさくしててもたいてい放っている。
だがこのときかれにはなにかが癇にさわったらしい。エㇽダの、よくいえば天真爛漫、わるくいえば傲岸不遜で無神経で考え足らずでなまいきざかりなところを察したのだとしたらなかなか鋭敏な洞察力だ。
のっそり立ち上がって、ゆっくりエㇽダへ向かってあるきだした。背中からたちのぼるもわあっとした陽炎が不穏な匂いをさせている。まわりにいたカエルや蛇や、カワセミや蝶たちが逃げだした。蝉がなくのをいっせいにやめた。樹々に着生した蘭や羊歯たちもふるえあがって、葉のさらさらすれる音まで鳴りやんだ。
いつもは気ままな風もが息を止めて森じゅうすっかりしずかになった――さすがにエㇽダもまずいと気づいたか。
「うわわゎ。怒らないで、ひる寝をじゃましちゃったのはわるかったからさ。ただその……ちょびっとその角をさ、すこぉし分けてほしいんだよねえ」
猫なで声で言うが、オオトカゲは聞く気がないらしい。のしのしあるく歩みがすこしずつはやくなってくる。
「待って待って、待ってってば」
あとずさるエㇽダ。オオトカゲの足は意外とはやい。四本足で地を蹴り泥をはね上げ、しっぽをぶんぶん左右に揺らして、まっすぐエㇽダに向かってきた。
「げげ」
背を向け逃げだすエㇽダ、そのやわらかいおしりをトカゲの角が六本まとめてどんっと突きあげ、いきおいでエㇽダのほそいからだは宙を舞った。
「いったた……」
立ちあがろうとしたが、頭がふらふらして膝をついてしまう。おしりがずきずき痛む。ぺろんと下穿きをめくって上からのぞくと、まるいおしりに点点々とむっつの
「うゎ。やりやがったなあ」
きッ、とトカゲをにらむが相手は知らぬ顔で、もう気が済んだのか、ぶふうぅっとおおきく鼻息吐いてまた地面に腹をつけると目をとじた。
ひとをばかにしたよなその態度に、エㇽダはかあっと頭に血をのぼらせた。さっきあっさりやられたことなどきれいさっぱり忘れて、じつにいい性格だ。
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