第10話 浴衣の約束 その1
夏休みも1週間が経ち、毎日が休日、という非日常にも体が慣れてきた頃。
勉強の休憩を取るためにリビングに降りてきた俺は、ソファにごろんと寝転びながら、点けっぱなしのテレビの前でくつろいでいる紡希に遭遇した。
「紡希、また午後◯ー見てるのか?」
「うん。都民の特権だから」
「都民かつ毎日が日曜日の民の特権だな」
「でも全然ホラーやってくれないんだよ。わたし的にはパニックムービーみたいなのはちょっと違うんだよね」
「昼間から死人が出る映画を放送するといろいろ煩いんだろうな」
「じゃあ、イーストウッドの映画ばかりやるのはいろいろうるさくないから?」
「それはなんかまた別の理由だろ」
紡希が流し見していた昼の映画番組はCMに入る。大の大人がズラッと横並びして手ぐしで髪をかき分ける映像が流れ出した。
「ヤバいんだけど……!」
血相を変えた結愛が、リビングに駆け込んでくる。
体重計を抱えて。
「……なんだ? ドクトル・ワグナー・ジュニアごっこでもするのか?」
結愛はどう見ても100キロないから大丈夫だと思うけどな。
「体重!」
結愛の目がくわっと開く。
「増えたのっ!」
「……そりゃ増えるだろ。生きてるんだから」
女子が体重を気にする生命体なのは、俺でも知っていることだったけれど、結愛はあまり気にしないタイプなのかと思っていた。俺の前でも平気でめっちゃ食うし。
「慎治の家でご飯食べてるから~」
「俺のせいなの?」
「……慎治の家の料理当番なのをいいことに、食材いっぱい使っちゃったから、その分食べる量が増えて……」
体重計を抱きしめながらわなわな震える結愛は、青ざめた顔で俺の方を向き。
「慎治……謀った……?」
「結愛らしくない語彙を使ってるあたり動揺してるんだなってわかるけどさ、とりあえず落ち着け」
毒盛った? みたいな顔で見るなよな。
さらっと食材の横領を告白されたが、別に咎めるつもりはない。そういう約束はしていたわけだし。
怪我のせいで俺が上手く料理ができない都合上、結愛には名雲家の料理番を任せきりにしてしまっていた。普段の結愛は一人暮らしで、限られた食費で上手くやりくりしていたはずだから、いざ食材を使いたい放題な環境になった時、ついつい多めに作ってしまうことだってあるだろう。
俺は冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出し、グラスに注いで結愛に渡す。
ちびちびと麦茶を飲む結愛に向けて、俺は言う。
「別に、結愛は太ってないだろ」
先日に水着を見た時だって、特に体型の変化は感じなかった。
結愛は胸が大きくて、太ももが少々むっちりしてはいるけれど、概ね細身の体型をしている。ただ、どうしても胸のサイズが目立つせいで、女子にとっての大正義体型に見られることはなかなかないだろうが。
「慎治、そういうお世辞はいらないよ」
「疑心暗鬼になってんなぁ」
「正直に言って。『結愛、お前はデ~~』?」
「最後の一音を俺に託して中傷を完成させようとするな」
「結愛さん、シンにぃはお世辞言ってないよ。信じてあげて」
紡希のフォローに、俺は感涙しそうになった。
大の結愛シンパである紡希は、義兄の俺より結愛の味方をすることが多いのだが、ここに来て俺の味方をしてくれるとは。家族としての信頼度がいっそう上がってしまったということかな?
「ほら、シンにぃは、結愛さん以外で一番結愛さんの体見慣れてる人なんだから……本当のことに近いことを言ってると思うよ?」
すっげえ反応に困る誤解がぶっ飛んできた。
口にするのも恥ずかしい、って顔するくらいなら、言わなければよかったのに……。
まあ紡希は、俺と結愛が恋人同士だと思っているから……そういう男女の営み的なアレもあるものと思っているのだろうが。結愛が毎晩寝るのは紡希の隣なんだけどな。
「そうかなぁ。慎治ってば、いつも後ろから私の横っ腹のお肉摘んできて、『前はこんな掴めるくらいなかったのになー』って言うんだよねー」
「ウソを捏造するな。ちゃんと否定して」
結愛が言ったら、紡希は本当に信じちゃうんだぞ。
「まー、でもマジな話、運動不足なのは自分でもわかってるよ」
体重計を床に置きながら、結愛が言う。
「接客の仕事なら、それなりにカロリー使うんじゃないのか?」
俺は言った。
フロアを動き回ったり、声出しをしたり、厄介な客の面倒な注文を受けたり、と、わりと体力を使うイメージがある。
結愛はこの日も、朝から夕方近くまでバイトに出かけていて、帰ってきて軽くシャワーを浴びていたのだった。
「私の担当するとこは、座って休める時間多めだから」
俺は飲食店で働いたことがないからわからないが、そういうものなのだろう。
結愛は、俺たちと関わるようになる前は、ちょっとした筋トレをして体型維持に努めていると言っていた。
だが最近は、名雲家に関わりっきりになっているから、そんなヒマはなくなってしまっていたのだろう。
そう思うと、結愛が体重増加の原因を俺に求めるのも自然なことなのかもしれない。
「俺にできることがあるなら手伝うぞ?」
あんまり結愛に世話になってばかりいるわけにもいかないしな。
「ほら、一度ちょろっとだけ使ったことあるだろ? うちのホームジム。また使っていいから」
うちの庭には、体育倉庫程度の広さの建物があり、そこはいくつものトレーニングマシンで埋め尽くされた、ホームジムになっているのだ。
「じゃあ、慎治がトレーナーやってよ~」
ねだるように結愛が寄ってくる。
以前結愛にホームジムを貸した時、やたらと露出の多いトレーニングウェア姿でやってきたことがあった。
俺は結愛の補助兼アドバイス役としてその場にいたのだが、結愛が動くたびに胸はぷるぷるするわ、息遣いは妙だわで、脳みそからシワが消えそうになったのだった。
ただ、結愛も困っているようだし、この際仕方ないか。
いくら恥ずかしいからといって、世話になっている人間の頼みを無下にするわけにもいくまい。
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