シェアハウス~見えない地雷原~

渡貫とゐち

シェアハウス~見えない地雷原~

 見ず知らずの他人――四人で一つの家を共有するシェアハウスに住み始めてから一ヵ月が経っていた……、正直なところ、友達作りも兼ねて入居した、というのが本音だが、未だに他の住人とは会話をまともにしていなかった。


 キッチン、トイレ、バスルームは共有だ――決められた時間で分けているバスルームは別だが、キッチンやトイレは、不意にばったりと出会うことが多いが……、そこで交わされるのは会話ではなく、軽い挨拶だけだ。


 おはようございます、こんにちは、こんばんわ――、会話は挨拶から、だが、いつまで経ってもそこから先が進まない。

 距離を詰めようとしても全員が共有できる大広間は自由に使っていいはずなのに、今のところ誰も利用していない。

 一応、テレビもネット環境もあるんだけど……みな、自室にこもってそれぞれの作業に没頭している……。仕事にいく人がいれば、いかない人もいるので、誰がなんの仕事をしているのか、さっぱり分からなかった。

 そういう世間話さえもしていない――もしかして私以外の人は仲が良かったりするのだろうか……? 大広間にはいないけど、リモートで他の三人は部屋にいながら楽しくお喋りをしていたり……?


 いや、でもどうだろう。もしもそうなら、ばったりと出会った時、私以外の三人も、よそよそしい態度を取ることもないだろう。

 一番最後に入居した私に気を遣って、仲が良いところは見せないようにしているとか? ……そういう気遣いをするなら、混ぜてくれればいいのに。

 だからたぶん、他の三人も同じく、距離は縮まっていないと見るべきだろう……。

 でもどうして? シェアハウスって、もっと住人同士が仲良しなイメージがあったけど、意外とそうでもないのかな? ほんと、アパートの隣の部屋の人との距離感と同じ? たまたま、あまり他人に踏み込まない人が集まったとか?


 ……まあ、分かってる。原因は、この家のルールにある。


 どうして? なんて、知らない振りをするのはそろそろ限界かな。




「こんにちは」


「……こんにちは」


 キッチンでばったりと出会った住人さんと、いつも通りに挨拶を交わす。ここから先、会話を進めよう、と思うけど、やっぱり尻込みしてしまう……分からないなあ。


 どこにどんな地雷が埋まっているのか。


 このシェアハウス、守るべきルールがいくつかあるが、その中でも強調されているのが、『相手が不快に思うことはしてはならない(言ってはならない)』である。

 当然ながら悪口はアウトである、差別的な言葉も、そう取られてしまいそうな言葉も禁止――そしてここから先が難しいのだが、人が傷つくと感じるNGワードは、個人によって違う。

 つまり、大多数が傷つくだろうと予想できること以外に、その人に合わせて見極めていく必要がある。しかも会話をしていないから、情報ゼロの状態で、だ。

 探りさえ入れられない……。

 その探りが、NGワードに触れてしまうかもしれないからだ。


 だから、だ。


 まともに喋れない。どこに地雷が埋まり、傷ついてしまうのか分からない……。正直、今だって、一挙一動、なにが相手を不快にさせるのか、分からない。

 そのため、緊張しながら料理をおそるおそる作っている、という状況だ……――早く出ていかないかな、怖いんだけど……。


 幸い、挨拶を交わすことはNGではないらしい……、もしもそれが不快だと言われたら、こっちも不快なんだけどね……その場合、ペナルティはどうなるんだろう?

 家賃の増加以外にも、色々とあるみたいなんだけど……、怖くて聞けない。


 お金は死活問題である。だからNGワードを踏むわけにはいかない……みんながそうだろう。


 だからこそ、会話がない。喋ることがない。言葉が相手を傷つけ、行動が相手を不快にさせるなら、部屋にこもってなにも見せないのが正解だ。


 手を出さなければ、爆発するものに触れることはないのだから。


 シェアハウス――、

 ここは最も、人との距離がある、屋根の下だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る