第24話 妹と許嫁の仲が……!?

 お姑と嫁がひどく険悪な仲になるというのは、よくあることだ。

 元々、仲良くなれる間柄ではないのだろう、と思う。


 なにせ、どちらも同じ男性を愛しているのだから。

 喧嘩しない方がおかしいのだ。


 愛している時間の長さとか……愛の深さとか……育ててきたとか……体の隅々まで知っているだとか……そういう下らない争いをしているうちは、ある意味、平和なのかもしれない。

 そう……たとえば。

 殺意が芽生えないうちは――


 けれどまあ、夫の気持ちを考えると、胃が痛くなる話だ。

 そんな平和な戦いに巻き込まれている間、夫は両手両足を両側から引っ張られているような状態なのだ。

 

 反対に、嫁と、その夫の兄妹が喧嘩をするようなケースは非常に珍しいだろう。

 非常に――珍しい。


 んだけど。


 なんで、妹である朝姫と許嫁のマリンちゃんが険悪な関係にあるのか、さっぱり分からなかった。

 特に朝姫の方だ。

 マリンちゃんはむしろ、朝姫と仲良くしようとしている風に見えるが、朝姫がそれを拒絶している。

 会ったばかりだというのに……嫌う理由なんて――


 キス。

 キスキスキスキスキス。


 あるわ。あったわ。

 いや、待て待て。

 確かにそういうことはされたけど、あれは絶対、絶対絶対に強引にされたもので!

 俺に非はないだろ!


 第一、嫌いなら別にキスしようがなんだろうがいいだろ!

 殺したいほど、俺が嫌いなんだから。

 あーなんかむかついてきた。


「ご飯食べる?」


 夕飯を並べながらそう言うマリンちゃん。

 同棲を始めて3日目……彼女はすっかり、この家の一員となりつつあった。


「…………いらない」


 朝姫は乱暴に立ち上がった。

 マリンちゃんが心配そうに見つめる。


「でも、昨日も食べてないし……お弁当だって……」

「うっさい!」


 朝姫は持っていたスマホをソファに投げつけ、リビングから出ていった。

 いよいよガキだな、ありゃあ。


「悪い、な。マリンちゃん……妹があんなで」

「ううん、いいの。押しかけたのは私だし……」


 まあ、それはね。

 俺もいまだに許してないからね。


「ていうか、昨日も今日も、お弁当と夕飯作ってもらってるけどさ……」

「そう! どう……? おいしい……?」


 マリンちゃんはお盆を持ったまま、急接近してきた。

 近い。近いよ。

 顔が近いよ。距離を考えてくれ。


 き、きき、キスできちゃう? え? またしちゃうの?

 こ、今度は朝姫の邪魔もないし……できちゃうよね?


 だめだ。近い。かわいい。かわいいよ。かわすぎるよ!

 プルプルの唇があああああ!

 あーーーーーーー!!


 ――って、そうじゃなあああああい!!


「違あああああああう!」


 俺はなんとかかんとか、マリンちゃんの肩を掴み、離れさせることに成功した。

 彼女は少し頬を膨らませている。


 かわいい。

 ――いや、だめだだめだ! 惑わされるな!


「だから、マリンちゃん! マリンちゃんは今をときめくアイドルだろ? 毎日、毎日、こんなところでご飯なんて作ってる場合なのか? 仕事は?」

「あー……それなら、ほら」


 マリンちゃんは、朝姫が点けっぱなしにしていたテレビに視線を移動させた。

 やっているのは報道番組だ。


 芸能ニュースのコーナーに移り、そこでは一番のニュースとして、マリンちゃんの写真が画面いっぱいに映った。


「続いては芸能ニュースです。国民的アイドルグループ『サザナミシスターズ』の一人、日野マリンさんが、芸能活動の無期限休止を発表いたしました。突然のことで、多くのファンから……――」


 ――は?

 ドウイウコト?


「ナイトくんのお嫁さんになるんだからさ……花嫁修業って感じで、お休み貰っちゃった。復帰するかどうかは分かんないけど、とりあえず落ち着くまでは、ナイトくんとの同棲を楽しもうと思って!」


 とんでもないことしてない?

 国民的アイドルグループだよ?

 地下アイドルとは話が違うんだよ?

 ていうか事務所は? 他のメンバーは? 許してくれたの、これを。


「そんなことよりさ……食べて?」


 彼女は目の前の、色とりどりの料理に目を配った。

 ごくり。

 生唾を飲み込む。


 最高。

 何が最高って、この中に毒が入っていないのが確定しているのが最高!


 何一つ考えることなく、ただ腹を満たすためだけに食べるご飯!


「ねえ、折角だから、あーん、してあげる」


 マリンちゃんは言って、箸でウインナーを掴むと、それを俺の口元に持ってきた。

 なにこれ。

 夢? 夢なのかな?

 こんなにかわいい子が……いいんですか。


 あーーーーーん。


 ピンポーン!


 チャイムが鳴った。

 マリンちゃんが箸を置き、後ろを向く。

 ええ……生殺しだあ……。


「はーい」


 彼女はとことこと歩いていき、玄関に向かっていった……。


 ってだめ!


 あんた紛いなりにも芸能人だろうが!

 俺は慌てて席を立ち、玄関に向かった――が。


 その時にはもう、なにもかもが遅かった。

 彼女は既にドアを開けており、その先にいたのは……。


 朝姫の友達、すみれちゃんだった。


「あのー……どういうことだか、説明してくれますか?」

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