苺みるく男子
もこ
プロローグ
「え、今、何つった?」
八月の中旬の今日は、もう夕方だと言うのに、茹だるように暑く、頭上には雲ひとつない空が広がっている。うるさく鳴き喚く蝉の声に、ついに耳をやられたのかと思い、私は聞き返した。今の言葉が、嘘であって欲しい。聞き間違いであって欲しい。そんな淡い希望を抱きながら。
しかし、現実は残酷で。
「だーかーらー!何度も言わせんな!カ、ノ、ジョ!彼女ができたんだよ!」
部活終わりの午後六時半。弓道場前。
顔を真っ赤にした親友、晴翔に背を叩かれて、自分の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちる音がする。小学生の頃から築いてきた、心と心を結ぶ橋が壊されて、代わりに大きな壁が作られてしまったようだった。
なんで、どうして。そう言いたいのをぐっと堪える。私じゃダメなの、なんて少女マンガの中のセリフは、私には絶対似合わない。あれは、可愛い女の子だけのためのものなんだから。
ぐるぐると渦巻く気持ちを絶対に悟られないように、私は、短く切られた髪をかきあげる。
「え、だって晴翔だよ?あの晴翔に?彼女?は??こりゃ、天変地異起こる日も近いな」
「お前な。俺を何だと思ってんだ」
「だっておかしいじゃん!晴翔のどこを好きになるわけ?」
なんて、私自身が一番わかっている質問をぶつけてみる。笑顔の仮面を貼り付けた私は、現在進行形で知らない私になっていく。薄っぺらい笑顔とか、思ってもない言葉だとか、今の私は、まさに私の大嫌いなタイプ。
「そりゃ、顔だろな」
と言いつつ、変顔を向けてくる晴翔。整った顔を惜しげもなく崩す彼を見て、いつものように大口を開けて笑ってみせた。
「キモッ。マジやばいよ、その顔。彼女に見せたら幻滅される」
「分かってるって。さすがにやんねえよ。ってか、佑衣以外の女子の前でするわけないだろ」
「は、なんで私はいいわけ?」
「親友だからな」
ここで、佑衣はほぼ男だから、と言わないのが、こいつのズルいところだ。こんなの、誰でも好きになる。いや、私が弱いだけだろうか。もし私が、女の子扱いに慣れきった可愛い女の子だったら、晴翔を好きにならなかっただろうか。
そんな私の気持ちなど、微塵も気づいていない晴翔は、笑顔で続けた。
「ってことで、お前もせいぜい頑張れよ。ま、お前の場合、彼女ならすぐできそうだけどな」
そう言うと、晴翔は指を折り始めた。
「成績優秀、運動神経抜群、高身長、おまけにイケメン。お前こそ、なんで彼女できねえんだろうな。すぐできそうなもんなのに」
にやにや笑いのまま、晴翔がこちらを見る。彼の瞳に映っているであろう、短く切られた髪に、黒いスポーツタオルを肩にかけた、174の身長は、確かに女の子らしくないだろう。
でも、だからといって、彼女ができそうだなんて、こいつだけには言われたくない。
「馬鹿馬鹿しい。さっさと帰るぞ」
そう言って、晴翔の肩を叩く。そのままスクールバッグを肩にかけ、歩き出そうとすると、晴翔は、笑顔のまま首を横に振った。
「悪い。一緒に帰ろって誘われてんだわ。お前もそろそろ俺立ちしなきゃだし、ちょうどよかったじゃん。他にも友達作れよ」
そう言われて、これからもずっと一緒にいるものだと漠然と思っていた気持ちは、自分だけのものだったのだと、改めて気付かされる。晴翔の表情を見る限り、悪気は全くないのだろう。当たり前だ。私たちは親友。それ以上でも、以下でもないんだから。
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