4話 母の温もり

 死霊術ネクロマンスには2つの術がある

 人の死を操り命を奪ったり死霊を使役する『死の魔法陣サークル・オブ・デス

 その真反対の位置にある人の生を操り人に命を与える『生の魔法陣サークル・オブ・ライフ

 死の血の魔血は左手に『死の魔法陣』を右手に『生の魔法陣』を刻まれて産まれてくる。

 だが、生後7日目に右手の魔法陣を封印する儀式を行う。それ以降右手は封印の魔法文字マジックスペルが刻まれたバンテージを巻いて完璧に魔法を使えないようにしてしまう

 何故なら、『生の魔法陣』は死霊術師ネクロマンサーの命そのものを削って施される禁呪だったからだ。

 だけど、ザガロは一度だけその禁忌の『生』の魔法が使われた現場を見たことがある。

 傷つき飛べなくなった白い鳩。

 深緑の長い髪をした女性はその鳩を優しく抱くとその封印された右手で覆い隠した

 淡く優しい青白い光が当たりを包んだその時、彼女はその手をゆっくりと離した。

 空高く舞飛んだ白い鳩。

 幼いザガロはその様子を呆然と見つめていた

「母様、この魔法使って大丈夫だったの?」

 その一言に母は小さく笑った。

「本当は禁じられてるわ」

「じゃあ母様死んじゃうの?」

「大丈夫」

 心配するザガロに母ラファは優しく抱いた

「鳩くらい生き返すくらいならそんなダメージはないわ。それに――」

 そう言うとラファはザガロをぎゅと強く抱くと悲しげな瞳で言った。

「籠の鳥が一番可哀想なの私が知ってるから」

 幼いザガロにはその意味がよく分からなかったが、今になると母は死霊術師ネクロマンサーになりたくなかったのではないかと思う。

 普通に恋をすることさえも禁止された籠の鳥。それが母だったのかもしれない

「ザガロ·····」

 母はゆっくりと彼の目を見ると一言言った。

「この術は禁呪だけど、使っちゃいけないわけじゃない。いつかあなたにもわかるはず……この術を使いたいと思うその時が――」

 ベッドの上に寝転がったザガロは徐に封印のバンテージでぐるぐる巻きにされた右手を見た

 禁じられた『生』のチカラ……僕はこのチカラを本当に使う時が来るのだろうか。

 そして、それを誰に使う事になるのだろう――と。

 その時だった。ザガロははっとベッドの上から起き上がる。

 この部屋に明らかに別属性の魔力の流れを感じとったのだ。

 ザガロは警戒したように窓の外を見た

 そこには鴉のような青い鳥がバルコニーに泊まっていた。

「よく結界を抜けてこられたね」

 その見慣れない青い鳥にザガロは呆れたように一言言った

「まあさすが帝国一の高魔力の使い手だからこんなショボイ結界なんて意味をなさないって言いたいの?」

 ザガロのその一言に青い鳥は何も言わずじっと彼を見続けた

 ザガロはその意味を重々承知していた。

 言われなくてもわかる。あいつは僕を呼び出そうとしているんだ

「わかったよ」

 ザガロは少し不機嫌になりながらその青い鳥に話しかけた

「夜に君のご主人様の元に行けばいいんだね。だから早くどっかいってくれないかな?」

 ザガロはそう言うと青い鳥から背を向ける

 次の瞬間、青い鳥は羽音を立てて飛び立っていく

 ザガロはあの男の魔力が弱まっていくのを確認したあと、安堵したようにふうっとため息をはいた。

 ――どうやらまだイスラーグは僕の真の目的に気づいてないようだ。

 母を救い、父を殺す――その使命

 そして、間違いなくあの男は母さんの居場所を知っている。

 魔法騎士団団長イスラーグ・ジェラール。あの男の知る範囲に母さんは隠されている。

 あと少しで……その手がかりが見つかりそうなのだから。

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