3章 依頼者《クライアント》

1話 絶対零度の男

 最強軍事国家である魔法帝国連邦において正しく大陸最強を豪語する隊があった

 魔法騎士団――魔血五国が合併し魔法帝国が産み落とされた当初に成立し、その歴史は300年も続いている。

 魔法騎士団と名乗るように高い魔力を所持した選ばれた魔血のみに入団を許され、騎士団のキマイラの紋章を刻んだ隊服を着る者は、貴族の末弟や下級貴族の出があっても、誰からも賞賛され成功者となる。まさに魔血の夢が詰まった場所だった

 但し、魔法騎士団が最強であると言うのはもはや過去の栄光なのかもしれない

 昨今は唯一の敵国夜美ノ国とは和平を結んでしまい戦争はここ10年は起きていない平和の世。

 それを口実に魔法騎士団をステータスにしようと下級貴族たちが魔力ドーピングで入団するという不祥事も昨今問題である

 魔法騎士団18代団長イスラーグ・ジェラールは現状の魔法騎士団に大変な不満を持っていた。

 彼は訓練場に20名ほどの新兵を呼び出すと、ゆっくりとその中央に歩んでいく

 新兵たちの表情はとにかく複雑そうだ。恐怖におののいていたり、ソワソワ上の空であったり――イスラーグが求めるやる気のある新兵は見た目だけだと皆無だと思った。

「つまらんな·····」

 イスラーグは短い銀髪をかき分けると恐ろしく冷たい瞳で彼らを睨んだ

 彼の瞳は緑と青――オッドアイだった。

「君たち好きなように僕に襲いかかってごらん。僕に魔法傷ひとつでも付けられたら君たちの勝ちだ」

 イスラーグは一言そう言うと丸腰のまま彼らを手で挑発したん

 新兵たちは一瞬戸惑いの表情を浮かべ思わず躊躇していたが、次第にその目に本気が灯り、あるものは魔剣に魔法の刃を顕現させ、あるものはその手の中に魔力を貯め始めた

「そうこなくちゃ」

 イスラーグはニヤッと口元に笑みを浮かべた

「僕を殺すつもりでかかってきなよ。そうじゃないと――」

 そういったその瞬間だった、頭上から間髪入れずに火球が襲いかかった

 だがイスラーグはその火の魔法を手の甲で軽く払っただけで弾き返した

 弾き返された火球はイスラーグの周囲で破裂した

 それと同時に今度は複数の魔法剣士がその炎の影からイスラーグに次々と襲いかかった

「遅い――」

 イスラーグは魔剣から巻き起こる衝撃波を軽々と踊るようにかわしていく

 さらに5人ほどまとめて魔剣を振りかざしイスラーグめがけ襲いかかる

 イスラーグはそれを冷静な目で見透かすとそのまま右手をずっと振りかぶった

 魔剣フェンリルファング――イスラーグの愛剣はその瞬間、凍てつくほどの氷の刃を顕現させ、そのまま目のも止まらぬ速さでその場でその刃を一閃させた

 次の瞬間吹雪のように凍てついた衝撃波が彼らに一気に襲いかかる

 これでも手加減をしたつもりだ――イスラーグは退屈そうにそのまま訓練場に軽やかに着地する。

 目の前には騎士団長の地獄のシゴキに深く傷を負い恐怖に振るえている新兵たちばかりだった

「君たち本気で戦ってる?」

 そんな彼らを見下したような目で見ると苛立ちを露わにしてさらに追い込んだ。

「君たちがこの体たらくだから大陸最強という魔法騎士団がただの貴族のステータスに成り下がってるんだ。僕はそれが我慢できない!」

 そう言うとイスラーグは魔剣フェンリルファングを彼らに突きつけ言い放った。

「いいか!このキマイラの紋章はただのファッションなんかじゃない!これを背負う限り死ぬ気で戦って死ぬ気で勝て!」

 それで立ち上がりさらにイスラーグに歯向かうなら見込みがある新兵だったかもしれない。

 だがイスラーグの懇親の演説を前にしても彼らには反骨精神の欠片も存在してないのか何も態度が変わらない

 それにイスラーグは不満を顕にした。

「やる気がないならこの隊に君たちはいらない」

 その瞬間イスラーグは氷の刃を地面へと突き立てた周りの気温が急降下するのを肌で感じる

 彼は全て凍らせてしまうつもりでいた。

絶対零度アブソリュート・ゼロ

 イスラーグが突きつけた氷の刃はゆっくりと着実に地面を履いながら凍りついていく

 その様子に新兵たちは震え上がり侵食する氷を避けるようにひと塊になる

 まるで寒さに震える猿だな――そう思いながらイスラーグは魔法を完成させるため指をならそうとしたその時だった。

 彼は頭上から別の魔力を感じた次の瞬間、絶対零度アブソリュート・ゼロを解除しそのまま華麗に後退する

 目の前にいた召喚獣不死鳥フェニックス

 大きく燃え盛る炎の翼を広げイスラーグを強く威嚇していた。

「邪魔しないでくれる?オノリコ少佐」

 イスラーグはムッとした様子で彼女を睨みつけた

 セシリア・オノリコ。魔法騎士団召喚士部隊の隊長であり帝国首席召喚士の一人。そしてイスラーグの元恋人でもあった。

「邪魔しないで?あなた新兵を殺しにかかってたじゃない」

 セシリアはそう言うとまるで鷹匠のように不死鳥フェニックスに合図してその細い腕に軽々と止めさせた

「これでも大分手加減したつもりだけどね」

 イスラーグはそう言うとやる気をなくしたのかフェンリルファングを一振すると、一瞬で氷の刃を水に変換しそのままかき消した

「あなたの手加減は手加減じゃないのよ。何回言ったらわかるの」

 その一言にイスラーグは煩わしように舌打ちする。

 大所帯の魔法騎士団ではあるがイスラーグに向かってまともに諌言できる人間はセシリアくらいしかいない。

 だが、イスラーグはその煩わしい首席召喚士の話を素直に聞いていた。

「今日の訓練は終わりだ」

 そう言うとイスラーグはセシリアや新兵を見ることなく真っ直ぐ兵舎へと戻っていく

 そんな彼をセシリアは不安げな表情で見送るばかりだった。

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