第3話 美味しいティラミス作り
明るくなり飲み物提供のピークが終わると、
「よし、じゃあ作るか」
「おう」
「いつ!? いつできる!?」
「そう急かすなって」
知朗は苦笑する。
「早く食べたい!」
「あはは。できるだけ早よう作るから待っとってねぇ」
「謙太、手伝うぜ」
「トモのはええの?」
「ああ。それは後でな。何したら良い?」
「まずはスポンジケーキを焼くで。卵にお砂糖入れて混ぜて欲しいねん」
「前のスポンジケーキの時ぐらいになったら良いか?」
「うん。しっかり混ぜたってねぇ」
「よっしゃ」
知朗はボウルに卵を割り入れ砂糖を加えると、泡立て器で力強くかき混ぜ始める。
「ティラミスってチーズケーキだよね? チーズを使って何かをするんじゃ無いの?」
「チーズはもちろん使うで。でもこれも無かったらティラミスにはならへんからねぇ」
「そうなんだ」
「おう夏子、ちょっと混ぜてみるか?」
「良いの?」
知朗のせりふに夏子ちゃんはすっかりと前のめりになる。知朗はキッチンをぐるりと回って夏子ちゃんの前に行くと、ボウルと泡立て器を差し出した。
「混ぜ方は分かるか?」
「うん。トモさんがやってるの見てたから大丈夫だと思う。こうかな」
夏子ちゃんはボウルを抱える様に持ち泡立て器を握ると、空気を含ませる様にかしゃかしゃと混ぜた。
「お、そうそう。巧いぜ夏子」
「ほんまや。夏子ちゃんすごいねぇ、見ただけでできるやなんてねぇ」
「えへへ」
謙太と知朗に褒められた夏子ちゃんは、嬉しそうにはにかみながら泡立て器を動かす。
「これどうなったら良いの?」
「白くもったりするまで混ぜるんだ。疲れたり飽きたりしたら代わるから言えよ」
「うん。ありがとう」
夏子ちゃんは楽しげにボウルの中身を混ぜて行く。
「嬉しいなー。私お菓子作りなんて初めてだよー」
「そうなんや〜」
「うん。入院してなくても体力無かったし、寝てることが多かったからね。それに作っても自分では食べられないから。あ、でもママが良く果物のゼリー作ってくれたなー」
「そっか、果物なら食えるか」
「うん。オレンジジュースにゼラチン溶かして、缶詰のみかん入れてくれるの」
「あーそれ美味しそうだねぇ。家で作るんやったら、みかんもごろごろ入れられるもんねぇ」
「そうなの! 美味しかったよ!」
夏子ちゃんは嬉しそうに笑いながらも休まず手を動かす。が、徐々にその速度が落ちて来た。
「あー疲れて来た!」
夏子ちゃんは疲れたことすらも楽しそうにそう叫ぶ。
「代わるからちょっと休め」
知朗が手を出すと夏子ちゃんはぶんと首を振る。
「最後までやりたい。駄目?」
「いいや。けどそれは時間も掛かるし力もいるからさ、交代でやろうぜ。この前ケーキ作った時だって、謙太と交代しながらやったしよ」
「そうなの?」
「そうやで〜。手作業やと大変やからねぇ。今も夏子ちゃんがおらんかったら、僕が交代しとったで」
「そうなんだ」
夏子ちゃんは納得した様に呟くと、手を止めてボウルを知朗に渡す。
「後でまた混ぜて良い?」
「おう。俺が疲れたら頼むな」
「うん!」
夏子ちゃんは満面の笑みで返事をすると、次は謙太の元へ。
「これは何してるの?」
「エスプレッソを作ってんねん」
「エスプレッソ?」
「めっちゃ濃いコーヒーやな」
直火式エスプレッソメーカーのバスケットにコーヒー豆を詰め、水を入れて直火に掛ける。すると蒸気が上がり、数分後には上部のサーバにエスプレッソができあがって来る。
「コーヒーなんだ。コーヒーは苦いからって飲ませてくれなかったなぁ。身体にもあんまり良く無いからって」
「確かにカフェイン入ってるからねぇ。でもカフェインは紅茶にもたっぷり入ってるんやで〜」
「そうなの!?」
いつもアイスミルクティを飲んでいる夏子ちゃんはショックを受けた様で、叫ぶ様に声を上げる。
「あ、でも確かに生きてる時は、紅茶もあんまり飲ませてもらえなかった。そういうことだったのかー!」
「そうそう。お母さん? ちゃんと夏子ちゃんのこと考えてくれとったんやねぇ」
「うん! 厳しいところもあったけど、優しいママだったよ。入院してる時は泊まり込んでくれてたし」
今でこそ病院は完全看護だが、付き添いが必要な時代もあったのだ。
「もうホームシックとかはさすがに無いけど、元気にしててくれてるかなーっていうのは思うよ。パパと弟もいたんだけどね」
「弟さんかぁ。賑やかそうやねぇ」
「そう! 弟やかましかったぁー! お見舞いに来てもじっとしてないもんね!」
夏子ちゃんは言っておかしそうにからからと笑う。謙太はエスプレッソを
「これティラミスに使うの?」
「そう。ティラミスはコーヒー風味のチーズケーキやねんで」
「そうなんだ。私もしかしたらコーヒー初めてかも知れない」
「コーヒー牛乳とかも無かった?」
「あ、それは飲んだことある。でも甘くて美味しかったよ」
「牛乳と砂糖がたっぷり入っとるからね。どっちも入れへんコーヒーは苦いもんなぁ。僕も飲まれへんもん」
「大人なのに?」
「大人やけど僕は甘いもんが好きやからねぇ。コーヒーゼリーは砂糖入りで、生クリーム掛かってないと食べられへんなぁ」
「大人なのに!」
「大人やのにね!」
次はクリームの準備。ボウルに卵黄とグラニュー糖を入れて木べらですり混ぜる。
白っぽくなったらスプーンでちょこっと味見。少し甘みが少ないか。グラニュー糖を少量足してさらに混ぜる。
「それは?」
「チーズのクリームやで」
「チーズ! どれ?」
「これやで。マスカルポーネって言うねん」
謙太は手を止め、マスカルポーネチーズのパッケージを出して
「あれ、白い」
「うん。フレッシュチーズやからねぇ」
「普通のチーズと違うの? パパがお酒飲む時に食べてたチーズはもっと黄色かったよ」
「それはプロセスチーズとかナチュラルチーズかなぁ。チーズは牛乳から作るんやけど、フレッシュチーズは
「醗酵って、えーっと確か納豆とか?」
「そうそう。それぞれ醗酵させる菌が違うんやけどね。ヨーグルトとかお味噌とかも醗酵食品やねんでぇ」
「このフレッシュチーズってやつは醗酵させないから白いの?」
「そうやねぇ。酸と混ぜて水分を分離させて作るから、牛乳の色がそのまま残るんやと思うで」
「へぇー、よく分からないけど」
謙太は別のボウルに生クリームとグラニュー糖を入れ、ぴんと角が立つまでホイッパーで泡立てる。
「チーズの出番は?」
「もうちょっと後やで〜」
謙太は言いながら忙しなく手を動かした。
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