油断も隙もあったもんじゃない


 部屋に帰ってしばらくした後、そろそろお風呂にでも入ろうかと立ち上がった時。


「……おっと?」


 何もないところからヒラヒラと手紙が降って来た。

 うーん。この意味の分からなさはアテナかライラだな。

 てか何で手紙? 用があるなら直接言えばよくないか?

 まぁとりあえず読んでみるか。



『リリィへ

 今から遊びに行きます』



 えーと、うん。なんだこれ。

 文面的にはたぶんライラだと思うけど、何の手紙なんだ?

 ちょっと意味が……あ、いや、そうか。

 こっちに来る前に先に伝えて欲しいって言ったからか。

 確かに善処してはいるなぁ。


「大丈夫だよー。おいで」

「はい。来ました」

「うわっ!?」


 いきなり後ろに出て来るな!

 あっぶな。思わず殴りかかるところだったわ。


「ライラ、心臓に悪いからそういうのやめてくんない?」

「なるほど。では鼓動を直接確かめさせていただきます」

「お前に胸を触らせるわけないだろ」


 馬鹿なやり取りをしながら振り返ると、そこにはやはりライラの姿があった。

 ベルベットのような黒い長髪。白磁の肌。そして、夜のような瞳。

 ガラス細工のように緻密で繊細な姿はいつ見ても変わらない。

 やっぱ美人だなこいつ。中身はアレだけど。


「とりあえずお茶にしましょうか。今夜は特別製の茶葉を用意してきました」

「へー。高級品なの?」

「どうなのでしょう。何せ作ったばかりなので」

「は? 作った?」

「はい。リリィの好みに合わせて創造しました」


 え、わざわざ作ったの? マジで?

 うわぁ。相変わらず女神パワーの無駄遣いしてんな。

 あと関係ないけど、無表情なのに何となくドヤってる感じがするところが可愛いな。


「茶請けも万全です。これをどうぞ」

「……おい。さすがにこれはどうなんだ?」

「でもお好きでしょう?」

「いや好きだけど。大好物だけども」


 いや、うん。まさか異世界で『暴君ハバネ〇』を見ることになるとは思わなかったな。

 確かに私の大好物ではあるんだよなコレ。辛味は足りないけど。

 ていうか日本では今でも売ってるんだろうか。

 ちなみにこの名前、暴君ネロにちなんで付けられた名前らしい。

 それをライラが持ってくるのはちょっとシュールだな。


「ところでリリィ。今日は様々な方とお話ししていましたね」

「ん? あー確かに。でもそれがどうかした?」

「ずるいです」

「……えーと?」

「ずるいです」


 ずるいって言われても。

 これって多分、私がいろんな人と話したのがずるいんじゃなくて、私と話したみんなが羨ましいって事だよな?


「でも今からお茶するんでしょ? なら良いじゃん」

「茶会では食事に負けてしまいます。ずるいです」


 コミュニケーションに勝ち負けなんてあるんだろうか。

 言いたいことは何となく分かったけど。

 つまり何かしらの触れ合いを希望してるわけね。


 て言ってもなー。どうしろってのよ。

 うーん。とりあえず撫でてみるか。


 目の前にあるライラの頭に手を載せ、優しく手を動かす。

 指の間からサラサラと髪が流れ落ちていく。

 心地の良い手触りでちょっと癖になりそうだ。

 女神凄いな。些細なパーツまで完璧じゃん。


「リリィ。頭だけではなく他のところもお願いします」

「要求多いな。んじゃここは?」


 手を降ろして頬に触れる。

 ふにゃりと柔らかに感触。ハリがあってきめ細やかな手触りに、微かな体温を感じる。

 うぅむ、これは良いな。むにむに。

 なんかどんどん楽しくなってきた。


 指をなぞらせ、アゴから首筋に指を這わせる。

 細い輪郭を辿り白い肌の上を走らせ、産毛を撫でるように優しい手つきで。

 触れるか触れないか。そんな際どいラインで進み、ほんのり上気したライラの顔を見詰めながら開いた胸元に向かって。

 愛らしい反応をするライラに顔を寄せ、恥じらう姿に愉悦を覚えながら唇を近づけていき。


 寸前で、慌てて飛びのいた。

 あっぶな、何してんだ私。さっきとは違う意味でドキドキしてんだけど。


「残念です。もう少しでした」

「あ、お前また何かやったな?」

「リリィが発情するフェロモンを纏ってみました。反省点はありますが後悔はしていません」


 なるほど。それだと状態異常扱いにならないのか。

 いやそうじゃなくて。


「エロい事は禁止だって言わなかったっけ?」

「はい。ですから『私からは』何もしていません」

「同罪だよバカタレが。今後一切こういうの禁止な」

「分かりました。新しい抜け道を模索しておきます」

「分かってないだろそれ……」


 この女神様はどうあっても私とエロい事をしたいらしい。

 そういうのはマジで止めて欲しい……と思っている、はず。

 ちょっと抵抗がなくなって来たのが怖い。


「それよりほら、早く座んなさい。紅茶入れて来るから」

「その必要はありません。完成品がこちらに」

「お前のそれは何分クッキングだよ」


 分って言うか秒だな。


「いや、ていうか最初からそれ出したらよかったんじゃないの?」

「私は褒められて伸びるタイプなので、リリィに褒めて欲しかったのです」

「これ以上何を伸ばすつもりだよ」


 なんて言うか、うん。子犬みたいで可愛いけどさ。

 ……まぁいいか。


「ありがとね。嬉しいよ」

「はい。私も嬉しいです」

「んじゃ、世間話でもしましょうかね。つってもそっちは私が何したか知ってるんだろうけど」

「もちろん秒単位で把握しています」

「よーしその点についてもう一度じっくり話し合おうか」


 ごく当たり前に人の私生活を監視してんじゃねぇよ。

 これは再教育が必要だな。

 本当に、困った女神様だ。

 

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