こっち来んな、私に関わるな


 エリーゼという少女は生まれつき強者だった。

 周りに居るのは自身より弱い者ばかり。

 誰にも守ってもらう事が出来ず、誰かを頼る事なんて一度足りとも無かった。

 エリーゼより優れた者は、魔王軍に入るまでただの一人も居なかったからだ。


 自身を守ってくれる訳でも、共にいてくれる訳でもない。

 ただ自分の力を利用しようと擦り寄ってくる存在。

 エリーゼにとって他人とはそういったもので、だからこそ他人なんてものはどうでも良いと感じていた。


 歯向かうならば容赦などしない。

 情けをかけることも無い。

 相手が自分を『物』として見ている以上、こちらも相手を『物』として見るのも当然だろう。

 そう思って生きてきた。


 普通なら親から与えられるはずの愛も。

 友人から得られる優しさも。

 他人と触れ合った時の温もりも、全て。

 彼女は知らないまま生きてきた。


 更には、魔王軍に入ってから出会った己より強い者達は、恭順すべき相手だった。

 軍という枠で出会った以上は仕方なの無い事なのだが、彼女がそれを知る由もない。

 彼女にとっての真実とは、己を守ってくれる訳でもなく、共に居て安らぐ訳でもなく。

 ただそこに居るだけの、動く人形と変わりのないものだった。


 今日、この日までは。



「では行きますの!」


 バカみたいにでかい大鎌の横薙ぎ。

 嘘みたいに速く振り回されたその一撃は、しかし私を捉える事は無かった。


「では行きますの」の「では」くらいでスライディング土下座を決めたからだ


 プライド? そんなもんねぇよ。


「……へぇ、今のを避けるなんて、面白いですの」


 いや違う、そうじゃないから。

「お前なかなかやるな」見たいな顔しないで。

 どうみても土下座してんだろ私。

 よく見てみろ。綺麗な土下座だから。


「地に伏す程低く身を沈めてやり過ごすとは。かなりの対人戦闘経験があるようですの」


 ほう、そう取っちゃうのか。

 てかもしかして、この世界に土下座って文化は無いのか?

 やっべぇ。やらかした。


「それならば、次は本気で行きますの」


 うわ、何か大鎌が紫色に光り出した。

 必殺技か? 必殺技なのか? これ私死ぬんじゃないか!?

 良し! 全力で逃げよう!

 

「お眠りなさい。サイレントマーダー!」


 なんか霧みたいなのが出てきたけど無視!

 今だ! 回れ右!

 ぐるんと後ろを振り向きながら大きく一歩踏み出した時。


「えっ?」


 何故か目の前にエリーゼさんのぽかんとした顔があった。

 しかも大鎌を振りかぶった無防備な状態で。

 いや、なんでこんな所に居るんだよ。


 あ、てか無理だ。ぶつかる。


「ふぎゃあ!?」


 私は無様な悲鳴を上げながらそのまま推定幼女を押し倒した。やっべ事案だろこれ。

 咄嗟とっさに目の前に居たエリーゼさんを縋り付くように抱き抱えたけど、何の意味もなく地面でデコ打った。いてぇ。

 うわぁ、絶対血ぃ出てんだろこれ。


「あいたたた……」


 身を起こしても霧のせいで何も見えん。

 でも紫色に光ってる大鎌は離れたみたいだから身の危険は去ったみたいだ。

 よし、チャンスだ。逃げよう。


「お待ちになって」


 あ、捕まった。死んだわ私。

 

 さすがに首を両手で掴まれたら逃げようが無い。

 てか力強いな。あの大鎌を使えるんだから当たり前なんだろうけど、そもそもどうやってあんなもん振り回してんだろうか。

 あれか、魔法的な何かか。


「まさか私の技を見切っただけでなく、この身を案じてくれるだなんて思いもしませんでしたの……」


 ……は? いきなり何言ってんだこいつ。

 ちょっと言ってる意味が分からんのだが。

 おい、頬を赤らめるんじゃない。

 徐々に顔を寄せてくるな。


「私より強くて、私を守ってくれ……るリリィさん……リリィお姉様! 好き!」


 ちょ、まっ、力つよっ!?

 そんなに引っ張ったら……あ。


 やべ。幼女にキスされた。事案発生したわ。

 しかも首掴まれてっから動けない。

 今は霧で周りからは見えないだろうけど、かなりまずいのでは?


「んんんっ!?」

「んちゅ……れろっ」


 舌絡めてきた!? やめろ! 私はファーストキスなんだぞ!?

 こんなディープな初体験はいやだ!


「んんっ……ふんがぁっ!」


 火事場の馬鹿力発動。社会的に殺される前に何とか振りほどいて立ち上がった。

 あぶねぇ。二重の意味で命の危機に直面したわ。

 霧も晴れてないし、色んな意味で大丈夫だ。

 何か大事な物は失ったけどな!


「……何故避けるんですの?」


 私の初めてを奪った痴女がゆらりと立ち上がる。

 何故じゃねぇよ!


「いきなり何て事してんだ!」

「あら、この程度はまだ小手調べですの。次が本番ですわ」


 本番!? 本番って言ったかこいつ!?

 マジで痴女じゃねえか! 見た目ロリのくせに!


「ふざけるな! 人の命を何だと思ってんだ!」


 社会的な意味で。


「大丈夫、優しくして差し上げますから」


 うわ! 来るな! 無駄に動きが速いなおい!

 やばいまた捕まる! 今度こそ社会的に殺される!


「軍団長!」


 叫び声と共に霧を裂いて出てきたのはイケメン風のエルフ。

 細身の剣を構えて凄い剣幕でロリ痴女の前に立ちはだかった。


 ナイス割り込みだエルンハルトさぁぁんっ!


「いきなり広範囲の技を使うのはやめてください! リリィさんが止めなければ兵に犠牲が出ていましたよ!?」


 ナイス行動だ私ぃぃ!

 そんな物騒な状況だったのかあれ!


「あら。あの程度なら回復魔法で完治しますのに」

「だからといってまた犠牲者を出すのはおやめください!」


 またって言ったか。前科があるのかよこのロリ。マジやべぇな。

 ちょっと敗北宣言しとこうか。


「エリーゼさん、これ以上戦っても意味は無いよ。既に勝敗は着いてるんだから」


 その言葉にロリ痴女……もとい、正気を取り直したエリーゼさんが微笑む。


「そうですわね。私の完敗ですわ」


 は? 何言ってんだこの人。

 

「リリィ、事を荒立てずに治めてくれてありがとう。助かったよ」


 エルンハルトさんもちょっと待とうか。

 エリーゼさんが自滅して痴女って来ただけなんだけど。

 私は何もしてねーよ。ただの被害者だよ。


「戦わずして勝つ。兵法の基本にして理想だが、それを体現出来る者がいるとはな……世界は広いと実感したよ」

「リリィお姉様は素晴らしい方ですの。尊敬致しますの」


 うるせぇ黙れ。変な評価してんじゃねぇ。

 周りの兵隊さんの目が痛いだろうが。

 なんだその英雄でも見るかのような目は。

 やめろ。こちとらただの腐女子だぞ。


「リリィお姉様ならこの街でも問題なく過ごせるでしょう。何かあれば私も力になりますの」

「……それは嬉しいけど、さっきみたいな事は二度としないでくださいね」

「くす。それは保証出来ませんの」


 うっわ、イタズラな笑い方も可愛い。腹立つけど。

 エリーゼさん怖いわ、色んな意味で。

 さっさと逃げるとしようか。


「私はこれから街を見て回ろうと思いますので、失礼しますね」

「本当なら私もご一緒したいのですが……生憎と仕事がありますの。エルンハルト、よろしくお願いしますの」

「お任せください」


 ビシッと胸に拳を当てる。敬礼的なやつか?

 まぁ何でもいいか。とりあえず街を見て回らないといけないし、早く行こう。


 こんな所に居られるか! 私は別の場所にいく!


 いやまぁ、軍の寮に住む以上はまた会うんだろうけど。

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