4.悪役令嬢は入学試験前にふと閃く
「キュルケお嬢様!朝食はいつも通りお部屋の前に置いときますからね!ちゃんと食べてくださいね!」
翌朝。フィルマのその声で私は目を覚ました。
……え?試験勉強?
するわけないじゃない。
いやいやいや。あんな試験範囲で何を勉強しろって言うのよ?
魔法とは?ですって。そんなのちょろっと調べりゃすぐわかるじゃない。あの机の上にあるようなバカみたいに分厚い本なんか読まなくても……ほら、あそこの本棚の一番下の段にあるあの薄っぺらい本でも見ればすぐわかるでしょ。
そう思った私はまだ眠りたがっている体を無理に起こしてその本棚の下まで行き……
「はいビンゴ。『脳なしゾンビでもわかる魔法説明書』……これで十分でしょ」
そう言って私は薄緑の表紙の絵本のような本を取り出してパラパラと流し読みする。その内容はマナが〜〜とかエーテルが〜〜とかといったように、所々元の世界では見かけなかった概念についての説明があったが、そこまで難しいわけでは無かった。
「……いや?エーテルって光に関する何かだった気がするけど……まいいや。にしても随分と作り込まれてるわね……乙女ゲーなのに、なんでこんなに魔法の設定について考えたのやら……」
確かにそこまで難しいわけではないが、それでもある程度順序立てて覚えないといけない内容だった。それこそタイトルのいう「脳なしゾンビ」にこれができるのか?と、思うぐらいの難易度ではある。
「てか脳なしゾンビってなに?乙女ゲーの世界観にいて良い存在じゃないと思うんだけど……いや、冒険者がいる設定だったからそういうモンスターがいてもおかしくはないのか」
そんな事を考えはしたが、何はともあれ、とりあえずこの本の内容だけでも覚えておけば良いだろう。
「文系の暗記力舐めんなよ?社会のテストで80点超えた事ないけど。……あ、そういえばドアの前に朝ごはん置いてあるんだった」
フィルマが先程持ってきてくれた朝食の存在を思い出した私は、優雅にbreakfastを頂きながらmagicについてstudyする事にした。
うーん。我ながら素晴らしい英語力だ。
▷
「……ふーん。そういうもんなのねぇ……ほんっとうに作り込まれてるわね。まぁゲーム時代からこれがあったのかはわからないけど」
そう言いながら私は朝食の皿をサービスワゴンに戻す。高級なレストランとかでウエイターさんが押してくるあの台車だ。さすがは公爵家といったところか、朝食がお盆に乗せられて扉の前に置かれるというような、ジャパニーズヒキコモリへの扱いとは違っていた。
しかしどうやら私の扱いはソレに近いらしい。正確には引きこもりではなく、勉学に熱中するあまり部屋から出なくなった大変勤勉なお嬢様という扱いらしい。
なんで分かったかって?
朝食とこんな手紙が添えられていたからよ。
『明日は王立第一魔法学院の入学試験日でございますね。ここ数日はずっとお部屋にこもってお勉強されていたのですもの。キュルケお嬢様ならば間違いなく首席で合格できるとフィルマは信じていますわ。朝食のワゴンはいつも通りそのままお外に出しておいて頂いて構いません。昼食は12時にお部屋の前に置いておきますわね。お嬢様の一番の味方フィルマより』
……どうやらこの生活を始めて既に数日が経っているようだ。
しかし……キュルケって勉強熱心だったんだなぁ……
ゲーム本編だとクソの煮凝りをさらに濃縮して1000年漬け込んだレベルにプレイヤーにとってはウザい相手だったけど、まさかゲームの前日譚でこれだけ必死に勉強していたなんて。
私の中のキュルケに対する評価がちょっと上がる。
でも……でもねぇ……キュルケ君。
あなた試験範囲、間違えてない?
あんな単純な試験範囲を提示されて、なにをどう間違えたらあの超分厚い本を何冊も机の上に出す事になるわけ?
おかしいじゃない。あの本に書かれている事は誰がどう見ても15歳の少女が相手にするような内容じゃ無かったもの。となるとひょっとしてあのハゲ親父が相当な英才教育を……?
いや、今はそんな事はどうでも良い。
いま私にとって大事なのは――
「どっちにしろ、私がこの本の内容さえ暗記すればあの王立第一魔法学院に入学できる……ん?」
――魔法学院に入学する事……と思ったが、私はここである事に気づく。
「いや、待てよ?ここで私が入学しなければ、私が処刑されることも娼館に送られることもないのでは……?」
君フォルの魔法学院篇は、その名の通り魔法学院がゲームの舞台となっている。そこで私/キュルケはプレイヤーキャラであるクリスティーに色々とちょっかいをかけて、最終的には処刑なり娼館送りなりされる事になる。
だがもしも、最初から私が入学しなければ?
……いま私の前に立ち並んでいる破滅フラグを回避するどころか、もはやフラグを立たせることも無いのではないか?
「そうじゃん。入学しなければ勝ちじゃん。お?破滅フラグ消滅の可能性?」
そうだ。わざわざ自分からあの魔境に飛び込む必要はない。入学したら最後、クリスティーと私は絶対に揉める気がする。根拠など全く無いがどうもそんな気がする。というか私が何かしなくてもフィルマが暴走しそうだ。
だったら最初から王立第一魔法学院に入学しなければ良いでは無いか。
「……ひょっとして私はジーニアス?しまった溢れる英語力がっ!」
あぁ私ってば本当に天才!
「学院のイケメンキャラ達に会えないのは残念だけど、それでも破滅ルートに突っ込むよりはマシよね!うん!もう勉強なんかしなくて良いや!」
そう口にしながら私は手に持っていた本を本棚に戻した。もう二度と開く事は無いだろう。そしてそのまま私はベットにダイブする。
「あぁーーー。さいっこう。勉強しなくて良いとか勝ちじゃん」
その言葉をきっかけにして、私の体は二度寝する事を決めたのだった。
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