2.悪役令嬢は入学試験があることを知る


「んぐぅ……」

「おぉ、目覚めたかキュルケよ」


 思わず口から情けない声が出てしまった。いくらビールを飲みながらだったとはいえ、ゲームをしながら眠って……


 って!それどころじゃない!!


「キャァ!だ、誰よアンタ!?」


 ベランダからか!?窓からか!?

 それともまさか玄関から!?

 

「お、落ち着けキュルケ……寝ぼけているのはわかるが、あまり大きな声を出すでない」


 キュルケキュルケってさっきからこの中年ハゲ親父は誰を……ん?


「キュルケ……?」

「そうじゃ。お前はキュルケじゃ。ほれ、目が覚めてきたか?」


 ハゲ親父の言葉を聞いた私は周囲を見回す。

 この無駄に広い部屋は、どう考えても私の部屋ではない。


 え、どこだここ……


 いや……もしも私がキュルケなら……私がならば、20畳はありそうで、所々に高級そうな派手な飾りが置かれているこの薄暗い部屋は……


「キュルケ・ル・フラン・アレイドルの部屋……?」

「そうじゃ。……どうやら根を詰めすぎたようじゃな。今日はもう寝ると良い」


 そう言って中年ハゲ親父は部屋を出た。

 が、一方私はパニックを起こしていた。


 ――へ!?嘘!?ドゆこと!?


「キュ、キュルケ!?私がキュルケ!?あのクソ女キュルケェェェェェェ!!!?!??!」


 夢じゃないかと頬をつねる。


「い、いだい゛。夢じゃないんだ……」


 本当に私はキュルケになってしまった……


 驚きはしたが、だがそれよりも大きな疑問が私の前に立ちはだかった。


「い、今って何年何月!?私まだクリスティーに余計なことしてないよね!?処刑も娼館堕ちも嫌なんですけど!!」


 もしも本当にここが君フォルの世界だとして、更には私があのクソキャラであるキュルケになったと仮定しよう。

 主人公がハッピーエンドになれば私は娼館堕ち、バッドエンドになれば死刑なんだけど、その命運が決まるのはゲームの3年目の10月時点でのクライマックス近くのイベントでの、私ことキュルケの行動次第。まぁ正確にはクリスティーの行動次第だけど。


 それでも、どっちに転んでも最悪の結末を迎える私は、私が憑依する前のキュルケが何かをやらかしていないかを知りたいし、今が3年目の10月よりも前であるならば、この先の身の振り方を考えなければいけない。

 

「カッ、カレンダー……はあるわけないか」


 君フォルは中世ヨーロッパを舞台にしたゲームだ。勿論忠実に史実を再現したわけではなく大いにファンタジー要素が含まれているが、それでも作中でカレンダーを見たことはない。


 しかしカレンダーが無いからといって今が何月かを知る術が無いというのははやとちりだ。知る物が周囲に無ければ、知る者に尋ねれば良いだけだ。訳もわからずゲームの世界に放り込まれた私より、現にここで生きている人間ならば今が何月なのかぐらいはわかるはず。

 そう判断した私はすぐに椅子から立ち上がり、部屋を出ようとするが……

 

「うわ、なんじゃこの服!キュルケって家でもこんな服着てたのか!?」


 ゴテゴテに飾り付けられた……と言うほどではないが、それなりに派手なドレスを私は身に纏っていた。黄色の生地にはこれでもかと言わんばかりにフリフリがつけられており、私が日本でこれを着て歩いた場合、間違いなくイタイ人だと思われるだろう。原宿とかなら許されそうだけど。

 しかし同時に、キュルケならば普段着としてこれを着ていても不思議では無いような気もした。肌は色白で髪は金、そして瞳は黄色。顔も超美形で、もしも私が男だったら、そのキツい性格さえなければヒロインであるクリスティーよりもキュルケを選んだだろう。ゲームのように毒を盛られて正常な判断ができないような状態で無ければ、の話だが。


 しかし私はキュルケの性悪さを知ってしまっているため、たとえそんな状況でもキュルケを選ばない自信があった。


 それはともかく、キュルケの服装に驚いて思わず声を上げた私だったが、幸か不幸かそれが屋敷のメイドに聞こえたようだ。


「お嬢様!?いかがなさいましたか!?失礼しますよ!!」


 その甲高い声が聞こえたのと同時に、小太りの中年女性が勢い良くドアを開けて部屋に飛び込んできた。


 あぁ……

 彼女の顔には見覚えがある。


 キュルケと一緒になってクリスティーに嫌がらせをしてくる厄介なメイド。ゲームでは様々なデバフをかけてくるクソ面倒なキャラだった。


 そして何を隠そうこのメイドこそが、キュルケの性格をクソにした張本人である。キュルケの乳母でもある彼女の間違った教育のせいでキュルケは歪んだのだ。

 これは間違いない。だって公式のホームページにそう書いてあったんだもの。


「お嬢様!どういたしましたか!?」

「フィ、フィルマ……」


 中年メイドは、フィルマは私の腕をガシッと掴んで私の顔を覗き込んでいる。私はゲームを思い出して苦々しげにフィルマの名前を口にしてしまったが、彼女はそれを聞いてより一層顔を険しくした。


「フィルマですよ!フィルマがおりますよ!さぁ、お嬢様!何があったのでございますか!!」


 ……なるほど。

 学園ではクソ面倒なキャラだったが、家でのフィルマはこういう感じだったのか。


 っと、感心している場合ではない。


「お、落ち着いてフィルマ。大したことじゃないわ」


 私はフィルマを宥める。

 というかそうしないと困る。だって掴まれている両腕がものすごく痛いんだもの。


「だから、ほら。両手を離してくれないかしら?」

「こっ、これは失礼しました!」


 私の言葉を聞いたフィルマは咄嗟に手を離した。

 ……一体中年女性のどこからこれだけの怪力が出ているのか。

 

「えぇ、ありがとう……それで、フィルマ?」

「なんでございましょう?」

「今って王国歴何年かしら?」


 君フォルの魔法学院篇のクライマックス、それは3年生の終盤に行われる卒業パーティーであり、それまでにプレイヤーは攻略対象とのイベントを多数こなして親愛度を上げる。そしてその親愛度次第でエンディングが分岐するのが魔法学院篇の面白さだ。攻略対象が20人以上もいるというのに、各男性によって更にエンディング分岐があるという。エンディングを全て見るだけでも相当の時間がかかる事を私は知っていたからこそ、私は3日分もまとめて有給を取ったのだ。


 そしてその卒業パーティーは3月末の王国歴100年の記念式典の直前に行われる。エンディング次第ではカップリングが成立した男性キャラと一緒にその式典に出ることになる。


 ともあれそこから逆算して、少なくとも今が王国歴99年10月よりも前ならば私が生き残れる可能性は大いにある。


 そんな訳で、私にとっては超重要な質問だったのだがフィルマは怪訝な顔をしていた。


 しかし私もバカではない。すぐにその表情の意味する所を理解して咄嗟に言い訳を口にする。


「あ、あの、ほら?まだちょっと頭が回ってなくて?」


 うーん、下手な言い訳だ。

 だがそれでもフィルマの表情は何かを理解したように笑顔になる。


「あぁ、そういう事でございましたか!お嬢様も入学試験のご勉強に相当力を入れていますものね!」

「……………へ?」


 ん?フィルマは……フィルマは今なんて?


「安心してくださいお嬢様。今日はまだ王国歴97年の3月2日です。いえ……そろそろ3日になりますね」

「え?……い、いや、それより」


 どうやら王国歴99年の10月よりは前らしい。

 良かった。本当に良かった。


 ……それは良い。えぇ、それはそれで良いのよ。

 しかしそれよりも遥かに良くない事を聞いてしまった気がする。

 

「大丈夫です!試験試験はまだ2日も先ですよ!きっとお嬢様なら間違いなく合格できますわ!!」


 再び耳にしたその単語を、私はしっかりと脳で認識し――


「………………入学……試験ですってぇぇぇぇぇぇ!!!???!?!?」


 ――屋敷中に響かんばかりの大声で、そう叫んでしまった。

 

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